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第七章(12)

 

「その考え方には賛同しよう」

 機は熟したとばかりにキングが目を開く。そして両手両足に、防具のように炎をまとわせた。

 今までとは明らかに違う構え。

 警戒するエリスだが、ここで足を止めるわけにはいかない。恐れも躊躇も振り切り、剣を掲げて猛進する。

「余とて同じく、戦いの中であきらめたことは一度として無い」

 言い終わるが早いか、キングが地を蹴って動いた。

 リュシールに背を向け、エリスとザットのほうへとまっすぐに向かってくる。

「まかせろ!」

 得物を持たないザットには正面からの迎撃は不利。エリスは宣言し自ら前へと出た。

 進み合う両者の距離が瞬く間に縮む。

「そう、それはたとえ、先代の『キング』に挑んだ時だったとしても」

 衝突する寸前。キングは左拳を振り上げ、目の前を地面を殴りつけた。

 次の瞬間、巨大な『炎の壁』が立ち上る。

 意趣返し――!

 全速力で進むエリスには、先ほどのキングのように、『壁』を飛び越えられるほどの脚力はない。このまま突っ込んで黒こげになるのが目に見えている。

 ――反射に近い、瞬時の判断だった。

「止まれオーバーフレアぁぁぁっ!」

 エリスはそそり立つ炎の壁へ、自身の『炎の刃』を叩きつけた。

 『魔術』の炎同士がぶつかり合い、物理的な手応えが腕をきしませる。

 なかば跳ね返されつつも、なんとか炎に飲み込まれずに持ちこたえた。

 しかし安堵している暇もない。炎の壁の側面から、即座にキングが現れた。

 しかしエリスには目を向けず、脇を通り過ぎる。その進行方向には、ザットがいた。

「来い!」

 『モンスターキング』を正面に据えてなお、ザットは気迫の声を上げる。

「参ろう」

 キングが両手足にまとわせていた四つの炎は、いつしか左手のものが消失し、残り三つとなっていた。

 地面に打ちつけた攻撃で使用したから、なのだろうか。

「ザーット!」

 エリスの叫びに類する速度でキングが駆ける。会敵まで三歩とかからなかった。

 一秒にも満たない接触。

 キングの左拳が雷光のように放たれ、ザットの胴体に打ち込まれる。

 身構えていたにも関わらず為す術なく、彼の体は小石のごとく弾き飛ばされた。

 ――その攻撃した瞬間の隙を狙っていたのだろう。

 拳を突き出したばかりのキングへ、レクトの矢が光の尾を引きながら迫る。

 しかしキングは、それを予測していたかのように反応した。

 体を横に回転させ、振り向きざまに矢へと右腕を突き出す。

「リムズブレイズ!」

 腕にまとっていた炎が、拳の先から放たれた。

 炎と矢が空中でまみえる。

 せり勝ったのは、炎のほうだった。

 矢を焼き散らし、さながら滑空する猛禽の動きで灼熱の塊が走る。

 レクトは一も二もなく横へ跳ぶ。が、紙一重のところで逃げ遅れた。

 炎が左腕の外側をかすめ、握った弓ごと肌を焼き裂いたのだ。

「……!」

 レクトはうめき声を飲み込み、崩れ落ちるように地面に沈んだ。

「やりやがって!」

 体勢を立て直したエリスは、キングへ視線を戻し攻めかかる。

 背後からリュシールが追いついてくる気配を感じ、胸のうちで背中を預けた。

 キングの両足に灯る炎。瞬時に使用できるようまとわせているのだろうか。残るあれらをなんとかしつつ、奴の盤石の構えを可能な限り崩す。

 そして、しんがりの彼女に託すのだ。

 それが自分の役目と決め込んだ。

 実際にどうするか、を考えている余裕はない。こちらへ振り向くキングへは、もう二歩で切っ先が届く。

 一歩――ただ全力でぶつかるのみ、と単純ながらひとえに思った。

「何度目かの正直、オーバーフレアぁっ!」

「一本槍であるな。剣だが」

 炎を噴き出す切っ先を切り下ろす。即座に応対したキングが、右足を跳ね上げた。

 剣と蹴り。炎と炎が再びあいまみえる。

 しかし先と同じ轍は踏まない。二の手を講じたのは、両者共に、だった。

 接触した瞬間、エリスはわざと肩の力を抜く。足を踏ん張り、蹴り飛ばされる腕を強引に引き寄せ、その場で旋回。そのまま逆方向から第二撃を繰り出す。

 キングも同じく接触した瞬間、軸足となる左足から、真下――すなわち地面へ向けて、炎を放出した。

 一拍を置いて、地中へ潜った炎が炸裂。

 エリスが二撃目を斬りかかった刹那、周囲の地面が間欠泉のごとく弾け飛んだ。

「!?」

 爆風の威力は絶大。エリスとキング、ふたりそろって軽々と空中へ舞い上げられた。

 キングはすぐさま羽を広げ、悠々と滑空に入る。

「飛遊の経験は? なかなか心地よいものであろう」

 二度目だよ、と返す余裕はエリスにはなかった。

 人間に飛ぶ習慣は無い。不意打ちまがいに打ち上げられれば、もはや頭の中は真っ白だった。

 激しくきりもみし上下左右の感覚が削り取られる。

 瞬く間に軌道の折り返し地点を過ぎると、あとは地面まで真っ逆さまだった。

 ――そんなエリスの体が、空中だというのに突如誰かに抱き止められる。

 跳躍してきたリュシールだった。

 しかし、単に助けたというわけではない。

 リュシールをそのまま上半身だけをひねり、エリスを勢い良く、キングめがけて投げつけた。

 恐らくキングにしても予想外の行動だったのだろう。避ける間もなくふたりはぶつかり、もつれ合ったまま墜落した。

 地面に触れる寸前、キングは再び羽を広げて減速。なんなく着地をしてみせる。

 エリスは振り落とされる形で、かたわらの地面を数度転がった。

 とはいえキングの減速が彼女にも働いたため、ダメージは打ち身と擦り傷のみ。まともに落下するよりは遥かに軽傷に収まった。

「奇抜な策は、案外ハーニスではなく貴様が発案者という可能性も出てきたな」

 転がるエリスには目をくれず、キングはリュシールに破顔を向ける。

 エリスがなんとか顔を上げた時、リュシールの放った巨大な氷塊が、キングに襲いかかっていたところだった。

「!」

 そんな攻撃もできるのか、と驚いたのはエリスだけだったらしい。

 キングは動じることもなく、

「そう連発する技でもないのだが、致し方ない――リムズブレイズ!」

 右足に残っていた最後の炎を、回し蹴りの要領でうち放った。

 氷塊と炎弾が衝突し相殺する。それによって生じた強い衝撃波と爆風、砂嵐が、周囲を駆け抜けた。

 目をすがめるエリスの前方には、風圧に耐えるキングの横顔があった。

 倒れたエリスには何ら注意を払っていない。その価値も無いと言われているようで、彼女の頭に血が上る。

 その時。リュシールとは反対側――キングの背後から、幾本の氷柱が音もなく殺到した。

 ハーニス!? エリスは直感的に思う。

 恐らく殺傷力がないほど弱い『魔術』だったため、キングも気配を感じ取るのが遅れたのだろう。気付いた時には、すでに氷柱は片足に命中していた。

「ほう?」

 しかし前述のように力の弱い『魔術』であるため、それでダメージを負うということはなかった。

 代わりに『魔術』の効果のみが表れてくる。

 キングの片足と地面とを瞬時に凍りつかせ、その場に縫い付けたのだ。

 動きが封じられる。罠にかかった小動物とでも言うべき状態だ。

 千載一遇のチャンス。

 身動きの取れないキング。そして駆け出せばすぐに剣の届く位置に、エリスはいる。

 いかにキングといえども動けなければ脅威ではないだろう。

 いける。

 確信に近くそう思う。

 だが肝心の体が、思うように動かなかった。

「……こんな時に……!」

 いくら力を込めようと、まるで地面に貼りつけられてしまったかのように、微動だにしない。

 というのも無理はなかった。技を頻発させて走り回った上に、最後はあの有り様だ。重大な外傷はなくとも体の内部にはかなりの負荷がかかっているはずである。

 当然の消耗と言えよう。

 だがそれで納得できるエリスではない。

 ――立てない。力が入らない。もう戦えない。体がそう訴えている。

 それでも必死に奥歯を噛み締めて、自分の体を引き剥がそうとするのをやめなかった。

 あと一手、が。あと一歩が、届かない。目の前に突破口があるかもしれないというのに。

 悔しさに視界が滲む。

 挑戦して失敗したなら悔いもないが、挑戦すらできないことがたまらなく悔しかった。

 自分にもっと力があれば。

 もしくは、もっと仲間がいれば……。ここに『彼ら』がいたとすれば、この手は届いたのだろうか……。

 女々しく、みっともなく、それでいて最後まで諦めきれない思いが彼女の脳裏をよぎる。

 揺らぐ視界の中で――エリスは目を見開く。

「なんだっ……!」

 大量無数の火炎弾が、彼方の空からキングめがけて飛来したのだ。

 キングが気づいて振り扇ぐも、直後に着弾。先刻に倍する爆風と砂嵐が巻き起こり、エリスの体をも容赦なく吹き付けた。

「今のは……マジかよ」

 まぶたを閉じる刹那、エリスはたしかに見た。

 彼方の大地に居並ぶ見慣れた姿を。陽光を反射するまばゆい銀の光を。その集団を。

「ありかよ、そんなの……!」

 エリス・エーツェルは、たしかに見た。

 

    ◆

 

 決闘場のフィールド内にその一団が現れた時、

「また飛び入りか?」 とジャンは目を丸くした。

 継承決闘への乱入などそうそうあることではない。しかもそれが人間の集団であるとなれば、前代未聞も甚だしかった。

 他の観客たちからもどよめきが上がる。しかしそこにいる誰も、彼らの素性を知らなかった。

 それも当然だろう。長らく表舞台に上がらないよう、影となって戦ってきた者たちなのだから。

 もし知っている者がいれば、こう声が上がっていたはずである。

 銀影騎士団、と。

 

    ◆

 

 広大な土と砂の上を、銀の武具に身を包んだ一団が駆ける。

 アリーシェ・ステイシーは、先制攻撃となる『魔術』の一斉射を命じた直後、

「『フォワード』は着弾点を包囲、キングの機先を制して! 『サポーター』はエリス・エーツェル、レクト・レイド、ザット・ラッドの救護に! 『レフトウイング』は術策用意、距離を取られたらすぐに第二射を!」

 淀みなく指示をまくし立てる。

 戦いとなれば、彼らの連携力は存分に発揮された。迅速かつ正確に、指示通りの展開がなされていく。

 アリーシェは自分を除いた三十人の団員たちを、役割ごとに四つの班に分けていた。

 ゼーテン・ラドニスやファビアン・イーバインを始めとした、武器による接近戦を行う『フォワード』を七人。

 『治癒術』を扱える者を五人、これを便宜上『サポーター』と呼ぶ。パルヴィー・ジルヴィアとクレイグ・クルシフィクスは支援役となるこちらに含まれている。

 そしてベッカー兄弟を含めた残る十八人を『ライトウイング』『レフトウイング』と二分し、『魔術』攻撃を専任させた。

 『モンスターキング』がどのような戦い方をするかわからなかったため、すべての状況に対応できるよう選んだのがこの陣形だった。

 爆炎の渦中から、キングとおぼしき小柄な『モンスター』が飛び出す。大きなダメージは負っていないようだったが、ところどころに焼け焦げた跡ができていた。

 初手としては上々といった具合だろうか。

 飛び下がる仇敵へ、先鋒隊が突き進む。

 彼らに気後れはなかった。『モンスターキング』に挑むという恐怖と緊張は、すでに飼い慣らしているようである。

 それはアリーシェにしても同じだった。不安も後悔も、今は胸の奥深くに押し込めている。

 仲間と共に『モンスターキング』に打ち勝つ。考えるのは、それだけでよかった。

 

 

「生憎、『炎』というのは共に育った朋友だ。別の攻撃であったなら、致命傷も免れられなかったろうな」

 爆炎から飛び下がりつつ、キングは相も変わらず微笑する。

 被弾したもののダメージは小さい。もとより、体ひとつで炎の技を使うのだ。耐性も自然と備わっている。

 無論アリーシェがそれを知っていれば、最初から別の攻撃方法を取ったであろうが。

「しかし他にも仲間がいたとは驚きだ。余とてまだまだ人間のことを知らぬらしい」

 新たに現れた戦士は約三十人。そのうちの数人が、剣や槍といった武器を掲げてキングに殺到してきた。

「略式だが継承決闘と認めよう。戦う相手となれば、出来うる限り名前を聞いておきたいところなのだが」

「銀影騎士団がひとり、ゼーテン・ラドニス」

 急先鋒を担った偉丈夫が、低く滑らかに名乗りを上げた。

「筆頭アリーシェ・ステイシーを代行し、『モンスターキング』へ討ち入りを告げる!」

 言明と同時に、振りかぶったロングソードを一閃。打ち下ろす。

「覚えておこう」とさらに飛び退くキングへ、斜め両方から槍を携えた戦士が追撃をかけた。

 槍の長さというのは中々馬鹿にできない。キングは後退をあきらめ、一転上空へと跳躍した。

 穂先が足先をかすめる。しかしそれで逃れられたわけではなかった。

 中空のキングへ、電撃の群れが襲来する。後陣に控える戦士たちが放った『魔術』だ。

「進むもならぬ、退くもならぬか」

 行く手を狙う攻撃を前に、羽を勢い良く広げて急制動、さらに急降下してすんでのところで回避する。

「ならば弱者らしく、退路を追求しよう」

 落ちる真下の地面では、人間の戦士たちが銀の武器を手に待ち構えていた。

 

    ◆

 

 地にヒザをつくハーニスは、疾風のように乱入してきた一団に目を見張った。

 キングに怒涛の勢いで返り討ちにあったエリス、レクト、ザットへ救援隊が走る。

 専守防衛を決め込んだキングへ『魔術』の攻撃隊が休む間もなく猛攻をかける。

 武器を構えた隊が、包囲しようと追い立てる。

 一様な銀装――。統率の取れた動きは、それだけで戦い慣れているということが見て取れた。

 戦闘の流れが様変わりする。

 ハーニスが銀影騎士団という名前を思い出すのに、そう時間はかからなかった。

 水面下で『モンスター』に徹底抗戦している人間たちの組織……。過去に出会った同胞から聞いたことがあった。

 彼らの討伐対象には『リゼンブル』も含まれているので気をつけろ、ということも含めて。

 たしか以前エリスらと行動を共にしていたはずだ。レクトの言っていた『準備』とは、なるほど彼らのことだったのだろう。

 なぜ最初から戦いに参加しなかったのかは謎だが、同じ敵を相手取るのなら頼もしい援軍と言える。

 もっとも、キングを前にしてもなおこちらにトドメを刺しにくる、というのなら話は別だが。

 と心中で苦笑いするハーニスへ、近寄る団員がひとりいた。

 長い髪をした、全員を指揮していた女性である。

 見覚えがあった。一度だけレタヴァルフィーで顔を合わせている。

 しかし彼女のアリーシェという名前までは、ハーニスは知らなかった。

「……」

 アリーシェは無言でそばまで来ると、負傷している彼の体を手早く見回す。

 そして片手を突き出し、

「ヒーリングシェア」

 と、『治癒術』を施した。

 ほのかな光がハーニスの全身を包み、またたく間に傷が治っていく。

 思いがけない行動に、ハーニスはつい警戒心をゆるめた。

「……意外ですね」

 と探りを入れる。

「気にしないで。借りを返しただけよ」

 彼のほうは見ず、短く答えるアリーシェ。抑えた声から心情をうかがうことはできなかった。

「借りと言われても……身に覚えはありませんが」

「気にしないでと言ったはずよ。あなた個人にではなく、自分の中での問題だから」

 振り返りもせず、用は済んだとばかりにさっさと自陣に戻っていく。

 ハーニスとしては釈然としない。

 しかし理由は不明だが、治療をしてくれたのは事実だ。それは厚意から来るものだろう。

「助かりましたよ」

 去っていく背中に、ハーニスは元気を取り戻した声を投げかけた。

 なにはともあれ、だ。体は復調した。これで再び戦いにも加われる。

 リュシールが戻ってきたのは、ちょうどそんな時だった。

 巧みに連携する戦士たちの中で、下手に立ち回らないほうがいいと判断したのだろう。

 今のやり取りを見ていたらしく、やはり不思議そうな表情を浮かべている。

「頼もしい味方が来たみたいだよ、リュシール」

 何も心配ない、と表わし、ハーニスは立ち上がった。

 痛みは嘘のように消えた。消耗していた体力も、じきに回復してくるだろう。

 リュシールのほうも目立ったダメージは無い。この辺りさすがと言える。

「待たせたね。もう大丈夫」

 微笑みかけるハーニス。安堵したらしく、彼女もふっと顔をゆるませた。

「さぁ、二回表を始めよう」

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