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第七章(10)

 

「剣を向けるか、おなご」

 キングの口調は、まるで戯れにクイズを出題するような気楽さだった。

 少なくともさっきまでは戦いの最中であったというのに、覇気がみじんも感じられない。

 得体が知れない――それが直感的にエリスの抱いた印象だった。

「それが『継承決闘』への参加表明と知ってのことか?」

「なに言ってるかわかんねぇよ」

 しかし得体は知れなくとも、『モンスターキング』であるということは既知だ。ならばやることはひとつ。

「あたしはキングって野郎を倒しに遠いとこからはるばる来たんだ。その表明だよ。もっとも、てめーが今すぐ降参するってんなら剣を引っ込めてやってもいいけどな」

「この戦いに命を賭けてもよいと?」

「いつだって命がけ!」

「その覚悟が聞ければ充分」

 キングは組んだ腕を解き、しなやかに拳を握る。

「『継承決闘』、受けて立とう」

「よし。じゃあちょっと待ってろ」

 とエリスはあっさり背中を向け、ハーニスたちへと振り返った。

「というわけだ。選手交代、お前たちは休んでろよ」

「そういうところも変わりませんね」

 一瞬だけ苦笑うハーニス。

 一瞬にして蚊帳の外に出されたキングは、おどけて肩をすくめてみせた。

「とはいえ、そういうわけにも……」

 と抗弁するハーニスを、リュシールが手で制した。

「そうしていて。少しのあいだは、私たちで持ちこたえてみせるから」

 口元には血が滴り、顔色も悪い。立っているだけでも危うい。平然を装ってはいるものの、そんな状態の彼を見れば彼女たちでなくともそう言いたくなるだろう。

「……わかったよ。気をつけて」

 無念さを滲ませつつハーニスが折れる。

「長くは無理だから」

 リュシールはわずかに冗談めかして言い、のどかに佇むキングへと視線を戻した。

 前へと踏み出る。

 彼とは違い、彼女に目立った負傷はない。戦意も充分だ。

「お前、普通に喋れたのかよ」

 その背中へエリスが茶々を入れた。

 先ほども喋っているところを見たが、やはり違和感があった。今までは声すら聞かなかったのに、と。

「今は人見知りしてる時じゃない」

「ひとみし……」

「頼りにはしないけど、頭数には含める。エリス・エーツェル」

 正面を見たままで告げるリュシール。どうやら彼のほうとは違い、お世辞は口にしない性格らしい。

「つれねぇこと言いやがって」

 エリスは跳ねるように、そんな彼女の横に並び立った。

 観客席でキングや彼らのことを聞き、すぐに駆け下りてきた甲斐があったというものだ。

 いろいろあったものの、再び肩を並べることができる。エリスとしてはそれが嬉しかった。

 リフィクの一件以降、レクトの『リゼンブル』に対する意識は少なからず変わったようだ。そしてむかつくアリーシェも今はいない。

 誰に遠慮する必要もなく、こうすることが出来るのだ。

 そして、今だけじゃない。世界中のどこだって、いつだって、気兼ねなく肩を並べることができるためにも――。

「あたしは頼りにするけどなリュシール」

「オレだって頼りにするぜ、お姉さん!」

 誰か忘れちゃいないか、とザットも前に出る。

 そんなふたりを横目に見て、リュシールはわずかに口端を持ち上げた。

 

 

「乱入がオーケーとは、知りませんでしたよ」

 戦いの邪魔にならないようにと、いそいそと後退するハーニス。

 それならば一日待たずとも昨日の『継承決闘』に乱入していたものを、と。

 とはいえこういう状況になったのだから結果的には良かったのかもしれないが。

「……以前は、すみませんでした」

 そんなハーニスへ、弓を手にする青年レクト・レイドが短く謝罪を口にした。

 意外に思い、首をかしげる。

「……心変わりが?」

 彼とは過去に二度ほど会ったが、どちらの時も『リゼンブル』に対しての嫌悪感を露わにしていた。

 辛辣な言葉を投げてきた彼と今の彼とでは、まるで別人のような態度の違いである。

「やり直したいだけです。遅かろうとも」

 長話はすまい、と短く答えるレクト。それはハーニスにしても同意だった。

「気にしてませんよ。慣れてますから」

 と言いつつも、心の中には微笑みが浮かんでいる。

 ささいな変化であれ、関係が回復したのなら嬉しいものだ。

 敵意も悪意もなく会話ができる。それがどれだけ尊いことか、ハーニスは身をもって思い知っていた。

「それより、勝算はあるのですか? この人数で」

 人間がたったの三人。エリスの向こうみず加減は心得ているが、キングに挑むにしてはあまりに頼りない数字である。

「ありません」

 さらりと答えるレクト。ハーニスは、カクッと片方の肩を落とした。

「しかし、用意はあります。それまで時間が稼げれば……あるいは」

 彼にしても心許なさは承知の上なのだろう。声音には、そんな不安を振り払おうと努める響きがあった。

 不安も、恐怖も、そして立ち向かう勇気も人並みに持っている。そういう青年なのだろう。

「分の悪い持久戦になりそうですね」

 自分の体の具合を推し量りつつ、ハーニスは気休めに笑いかけた。

 

 

「勇敢なる人間、話は済んだか?」

 一方的に待たされていたにも関わらず、キングはのほほんとして言った。

 泰然自若とはこのことだろうか。 しかしあまりに動じなさすぎて、かえって不気味さを感じるエリスだった。

「悪かったな、待たせて。けどそんな大雑把な呼ばれ方はされたくねぇな」

「ではなんと呼べば?」

「教えてやる」

 エリスはその言葉を待っていたとばかりに深く息を吸う。

 そしてたっぷりと間を置いてから言葉をついだ。

「エリス・エーツェルだ」

「なっ……バカな、姉御が普通に名乗っただと……!」

 隣でザットが狼狽する。てっきりいつものように名乗り口上を言い放つものだと……と言いたげに。

「今までになく気合いが入ってるみたいだなエリス」

「逆に!?」

 振り向いたザットは、レクトが矢を弓につがえるのを見た。

 矢が光をまとい、細かなスパークが弾ける。

「口火は俺が切る。レールストレートで!」

 指を放した瞬間、目にも止まらぬ速さで矢が射ち出される。

 弦の弾かれた音を合図に、前衛三人は一斉に飛びかかった。

「物怖じをしない」

 顔面を狙って、電撃の尾を引いた矢が迫る。だというのに身構えさえしないキングのほうこそ、物怖じしないと言うに相応しい。

 キングは上半身を最低限だけ曲げて、あざやかに矢を回避する。いっさい無駄の無い動き。

 上体が戻る前に、素早く接近したリュシールが斬りかかった。

 漆黒の刃が直上から振り下ろされる。

「人間と仲のよい『リゼンブル』というのは初めて見たな」

 体を起こすと同時に拳を突き上げて迎え撃つキング。

 刃先と硬鱗が激突し、拮抗した。

「――微笑ましい」

 もはや何度目かもわからぬ相克。並の武器であったならとっくに砕け散っていたところだろう。

 そんなリュシールの背後から、エリスが回り込んで攻め込む。

「まったくよ! 『モンスターキング』なんて言うからどんなイカツい奴かと思ってたら!」

 横なぎに振りかぶったライトグリーンの刃から、間欠泉のごとく炎が噴き出した。

「拍子抜けついでのオーバーフレア!」

「ほう!」

 キングは拳を引き、リュシールとの均衡を自ら崩す。即座に彼女を蹴り飛ばし、くるりと回ってエリスと向かい合った。

 迫る炎の刃を、その両掌で受け止める。

「期待外れをさせてしまったのなら、申し訳ない」

「!?」

 ぎょっとするエリスだが、単に素手で防がれたわけではないようだった。

 涼しい顔をしたキングの両掌から、また別の炎が噴き出している。それがベールのように手を覆い、『オーバーフレア』を寄せつけないのだ。

 燃えさかるせめぎ合い。実際の炎とは違い『魔術』で生み出された炎は、物理的な力をもって互いに互いを削っていく。

 だが形勢は悪い。

「こんにゃろっ!」

「良い技だ」

 足腰を踏ん張り押し込もうとしているエリスへ、なおも涼やかにキングが続けた。

「焼き、溶かし、燃やし、広がり、すべてを灰と化す。圧倒的で攻撃的な火炎こそ戦いに最も相応しいものと言える」

「そりゃ、たしかに!」

 両掌はいまだ刃をつかんだまま微動だにしない。

 技を防がれてしまった以上、単純な腕力では勝ち目がないだろう。

 二種類の炎が陽炎のように揺らめく奥で、エリスはキングの微笑を見た。

「この大火の前では恥ずかしいが、余も小火で応じよう」

 キングのまとう炎が、一瞬にして勢いを増す。

「リムズブレイズ!」

 両掌から突風のごとくうち放たれた猛火は、到底エリスに耐えられるものではなかった。

「ぐぅぅっ!」

 風に吹かれた枯れ葉のように、軽々と吹き飛ばされてしまう。それでも自身の炎を強く保ち、体が焼かれることだけは防いでみせた。

「姉御っ!」

 キングの背後からザットが走り込む。キングは振り向きざま、回し蹴りを繰り出した。

 ザットはスライディングの要領で足から飛び込み、その蹴りを頭上でやり過ごす。

 そしてすり抜けざまキングの軸足をからめ取り、巧妙に重心を傾けた。

 体の小柄さもあわさってかキングのバランスがわずかに崩れる。彼の仕事はそれで充分だった。

 支えになるものが失われれば、どんなものでも立ってはいられない。それは『モンスターキング』と言えども同じだった。

「ふむ!」

 次の瞬間、キングは意外にあっけなく背中から倒れ込んだ。

 跳ねる水しぶきのように、砂埃が舞う。

「……なるほど。相手の力の流れを読み、逆らわずに利用する戦法か」

 仰向けのまま独りごつ。ザットのたった一度の動作で、即座にそれを見抜いたらしい。

「それなら足りぬ力でも対抗できる。弱き余も見習いたいものだ」

 キングの上に影が落ちる。周囲の砂埃を割って、リュシールが踏み込んできたのだ。

 高々と振りかぶられた剣は、さながら断頭台の光景だった。

 キングはまるで慌てず、薄い羽を一気に押し開く。起き上がった時には、先ほどと比較にならないほどの砂埃が巻き上げられていた。

 ふさがれる視界。リュシールの振り下ろした剣が地面を叩いた音が、いち早く煙幕の中から飛び出した。

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