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第七章(7)

 

「お見せしましょう、私たちの戦い方を。オンステージ!」

 ハーニスが宣言しながら剣を頭上に掲げる。

 リュシールは反対に、足元へと剣を突き刺す。幕を上げたのは彼女だった。

 剣を刺した地点から、水面に波紋が広がるように、地面が凍りついていく。

 疾風の勢いで広がる薄氷は、ふたりの足元、そして寸前で跳び上がったキングの足元をも浸蝕し、あっというまに辺り一面を銀色に塗り替えた。

 ふわり、と跳んでいたキングが着地する。踏んだ薄氷は、それでもヒビひとつ入らない強度を誇っていた。

「ほう」と興味深げな声が漏れる。

「行こう、リュシール」

 かけ声と共に、ふたりは氷の上を滑って左右に分かれる。

 ふたりの靴底には、同じく氷で出来た『刃』が装備されていた。

「なるほど」

 うなるキングを取り囲むように、ふたりは軽やかな滑りで周回していく。

 氷を蹴りつけ、さらに速度を増しながら。

「考えたな。わざと滑ることで自身の移動速度を上げ……そして同時に相手の動きを封じる策か」

 キングは仁王立ちのまま、円を描くふたりを見回した。

 慣れない者では、この氷の上で思うように動けまい。

「ご明察」

「手強そうだ」

 しかし言葉とは裏腹に、キングの声音は嬉々に彩られていた。

「先手はいただきます」

 右回りのハーニスと、左回りのリュシール。その位置が重なった瞬間、ふたりは再び手をつなぎ、その場で回転し始めた。

 ハーニスを軸として、外側をリュシールが回る。徐々に回転幅が小さくなっていくと、それに伴い回転速度は上がっていく。

 そしてそれはみるみるうちに最高潮に達し、ふたりは手を離した。

 先ほどに倍加したスピードで、リュシールがキングに突撃する。

 通り過ぎざま、黒い剣身を一閃。斬り抜ける。

 しかし氷上に響いたのは、まるで金属同士が衝突したかのような甲高い硬質音だった。

 リュシールの表情にも、斬った手応えは見受けられない。

 ハーニスは回転を落としながら、見開いた目でキングを注視する。

 顔の前に出した左腕――斬撃で破れた袖の奥から、なにやら白磁を思わせる輝きが見て取れた。

 それは、表すとするなら鱗。

 まるで牙を寄せ集めたかのように並ぶ硬質な鱗が、リュシールの一撃を弾き返したのだ。

「わりと知れ渡ってしまっている話ではあるが」

 キングは腕を下ろしながら、ふたりを交互に見つめ返す。

「余の肘から先……そして膝から先には、刃物は通らないと考えてもらっていい」

 飄々と言いながら、両腕を水平に伸ばすキング。腕の鱗が生き物のようにざわざわと動き、手首、甲、指と、さながら篭手のように覆っていった。

「……便利な体ですね」

「なに、鍛錬の賜物だ」

 果たして鍛えれば出来るようになるものなのだろうか。

「己の弱さを嘆いていても仕方がない。鍛え、磨き、練り、培い、積む。そうした努力が道を開くのだ」

「同意見です」

 緩む回転の中で、ハーニスは彼女に視線を移す。

 斬り抜けた先でUターンし、同じ軌道で戻ってくるところだった。

「肘から先と膝から先と言いましたか……では、それ以外の部分は?」

「まだまだ鍛え方が足りないらしくてな。無防備同然」

「ならばそこを攻めましょう」

「的確だ」

 リュシールとアイコンタクトを交わし、ハーニスもキングへ向けて滑り出す。

 挟撃の構え。キングは、両腕を上げたまま動かなかった。

 不安定な足場で動けずにいるのか、迎え討つ用意があるのか。

 ハーニスはあらゆる迎撃を想定しながら、剣を真横に振りかぶった。

 キングを中心に、ハーニスとリュシールが高速ですれ違う。上段と下段、二条の斬撃が平行線を描く。

 しかしふたりの手応えは、硬かった。

 キングは瞬間的とも言える判断で剣の軌道を読み、両手それぞれで防御してみせたのだ。

 ハーニスは速度を落とさず旋回。九十度、回り込む。

 鏡合わせに同じ動きをしたリュシールと目を合わせ、先の軌道と交差するように、再び斬りかかった。

 そしてこれまた再び、二重の硬質音が鳴り響く。

 先ほどとぴったり同じく斬り抜けるハーニス。対するリュシールの動きが、そこで枝分かれした。

 キングの至近距離で、ジャンプ。スピン。遠心力を上乗せした剣のひと振りを叩き込む。

 キングは顔の前で両腕をクロスさせ、的確に防ぐ。刃は通らない。

 しかし一撃の重たさは、それまでとは桁違いだった。

 思い切り突き飛ばされたかのように、キングの体が後方へと滑る。

 素早く着地し体勢を整えたリュシールが、間髪を入れずに追撃を仕掛けた。

 正面から突っ込み、袈裟懸けに振り下ろす。当然のごとく受け流される。しかしリュシールは構わず、上半身の力だけで第二撃を打ち込んだ。

 電光石火の勢いで第三撃、四撃、五撃と畳みかけていく。

 キングはそのすべての斬撃を、拳と前腕で打ち払った。

「見事な剣さばきだ」

 つぶやく余裕すら見せつける。

 まるで両腕が別の生き物であるかのように、正確無比、疾風迅雷、縦横無尽に走り、刃の嵐を寄せ付けない。

 ガッガッガッガッ、と間断なく硬質音がかき鳴らされる。

 至近距離で打ち合うふたり。しかし剣を片手で持つリュシールに対し、キングは両手を駆使している。

 傍目からは一方的な攻撃に見えるが、水面下では、ふたりの形勢は逆転の兆候を見せていた。

 リュシールの剣速を、キングの拳速が上回り始めたのだ。

 その糸口を逃すキングではない。斬撃の間隙を狙い、反撃の片腕を眼前へ突き出す。

 しかし伸ばした手は、空をつかんだ。

 寸前、リュシールは攻撃をあっさりと中断し、転進して距離を取ったのだ。

 直後。

「ヴォルトールランス!」

 ハーニスの放った『魔術』――束となった無数の稲妻が、キングの姿を飲み込んだ。

 

 爆発的な光量が氷上を埋め尽くす。 ハーニスは目をすがめて、安全圏にいるリュシールの姿をチラリと確かめた。

 キングは光の中。直撃したかどうかは見えなかったが、これで終わるはずもないだろう。

 ハーニスは息をつく間も置かず、次の『魔術』のために力を練り上げ始める。

 彼は勝負を急いでいた。

 急がざるを得ない、と言うほうがより正確だろうか。

 この氷のステージを利用した戦い方は、いわば不意打ちのようなものだ。

 こちらの慣れた舞台に、慣れない相手を引きずり込む、意表を突くだけの奇策。

 ある程度の時間が経てば相手も自然と足場に慣れてしまうだろう。このアドバンテージは、まさしく氷が溶け出してしまうかのごとく、制限時間付きなのだ。

 その前に勝負を決めたい。少なくともこの間にさらなるアドバンテージを稼いでおくのが、彼の算段であった。

 ――しかし相手は強者たちの筆頭。そんな算段を上回るくらい、造作もないことだった。

「……!」

 ハーニスの見つめる先。明滅する光の中から、舞うようにキングが飛び出した。

 多少のダメージは負わせたと思いたかったが、その体は無傷。焦げ跡ひとつ付いていなかった。

 キングは着地すると、そのままハーニスたちと同じように氷上を軽やかに滑り始めた。

 息を呑むハーニスを尻目に、「良い手本があって助かったぞ」と微笑むような声が続く。

 絹のように薄い羽を展開させると、それを羽ばたかせて加速。さらに帆の要領で、速度を維持したまま旋回までやってのけた。

「自由に飛行できれば問題ないのだが、そこまで便利な羽でもないのでな。貴様たちの戦法を真似させてもらった」

「……お上手ですね」

 余裕を見せて返すハーニスだが、内心の焦りは増幅していた。

 たしかにコツをつかめればそう難しいことではない。発想を得た遠い雪国では、子供が遊び代わりに行なっていたくらいである。

 だが、この短時間で滑り方を会得するとは……。

「そしてこれは、なかなかに楽しい」

 動きと同じく軽快に言いながら、キングを氷上を回る。滑り具合を覚えていくように。

 ハーニスは冷静さを取り戻すべく、リュシールを見た。

 返された視線に揺らぎはない。その揺るぎなさは、彼を落ち着かせるのに充分すぎるほどの効果を秘めていた。

 

 

 一方的に攻められていたキングが、今度は反撃に転じ始めた。

 飛ぶように氷上を滑り、拳を、蹴りを繰り出していく。

 しかしまだ『リゼンブル』のふたりに一日の長があるらしく、攻撃は滅多に当たらない。当たったとしても、かすめる程度だ。

 動きにしても、やはりふたりのほうが目に見えて速い。

 銀世界を所狭しと行き交う三人の姿は、戦いというよりも一種のショーのようだった。

 観客の盛り上がりもさらに高まっている。

 キングが奇策を打ち破ったことに対する喜びか、あるいは予想以上に健闘している『リゼンブル』に対する賞賛か。

 ハラハラと見守る彼らの同胞たちは、無論後者であった。

「すごいな、善戦してるじゃないか」

 感嘆する仲間に、ジャンは「だろう?」と得意げな顔を向ける。

「応援の成果が出てきたみたいだな」

 しかしその胸中では、戦うふたりの焦燥を鋭敏に感じ取っていた。

 ああも早くキングに対応されたのは、はっきり言って想定外だったろう。せめていくらかのダメージを与えていれば話は違っていたかもしれないが……と。

 はたから見ていれば善戦しているようにも思えるが、昨夜ふたりからすべての策を聞いていたジャンには、旗色が悪くなったという以外の感想はない。

 人知れず眉間にシワを寄せたジャンは、ふと、観客席の一角に目を留めた。

 出入り口でもある階段のすぐ近く。通路に立ち尽くす、三つの『人間』の姿を見たからだ。

 観客席はほとんどが『モンスター』で占められている。ジャンを始めとした『リゼンブル』たちと合わせて、ほんのひと握りだけ人間がいないこともない。

 しかしその三人は、街の住人たちとは明らかに様相が違っていた。

 なにより旅姿である。旅の人間がこんなところへなど、普通は来るはずもない。

 ジャンは、頑張っているふたりには悪いと思ったが、そちらの観察へと意識を注いだ。

 青年がふたりに少女がひとりの三人組だ。

 なにやら驚いてフィールド上を眺める彼らの唇が、ハーニス、リュシール、と確かに動いたのを見て、ジャンはおもむろに席を立った。

 

    ◆

 

「なんだ……どうなってんだ?」

 とエリスは口に出したものの、誰もそれには応えてくれなかった。

 もっとも大歓声の波に消されて聞こえなかっただけなのかもしれないが。

 驚くことが立て続けにありすぎてさすがに驚き慣れたと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

 改めて周りに――観客席を埋め尽くす無数の『モンスター』たちに、見開ききった目を向ける。

 トュループを追って街の頂上まで来て、そこにそびえる城のような建物に入ったと思ったら、待っていたのはこの光景だった。

 数えるのも嫌になるくらい大量の『モンスター』が視線を注いでいるのは、丼の底。見下ろす形の中央部で行われているひとつの戦いである。

「あのふたりは……」

 ザットが記憶の底をすくうように呟く。

 エリスとレクトにとっては印象深い両名ではあるが、彼にしてみれば顔に見覚えがある程度なのだろう。

「あれは、ハーニス……さんと、リュシールさんだ。『リゼンブル』の」

 自身も確かめるようにレクトが答える。ザットは「ああ!」と合点がいった声を上げた。

「そうか! レタヴァルフィーにいた奴らか」

「んなことよりよ。ここはどこで、何がどうなって、なんであいつらが……!」

 漠然とした疑問をそのまま口に出すエリスだが、続く言葉はない。

 横に立つレクトとザットにもその答えがないのだから仕方ないのだが。

 と、そんなところへ。

「知りたいかい?」

 フードを目深にかぶった男が、どこからか現れて声をかけてきた。

「……人間っ!?」

 三人は、彼を見て思わず大声を上げる。

 フードの隙間からわずかにのぞく顔は、まさしく人間のものと言えた。

「……ジャンだよ」

 男は一瞬だけ苦笑いしたあと、肩をすくめて自己紹介する。人好きのする顔は、不審な服装に反してどこか陽気さが感じられた。

「驚いたぜ……まさかこの街に人間がいるとは」

 ザットが皆の気持ちを代弁する。住人にしろ旅人にしろ、自分たちの他にこんな酔狂な人間がいるとは思っていなかった、と。

「まぁ、その言葉は間違っちゃいないな。それよりおたくら、あそこで戦ってるふたりの知り合いか?」

「……うん?」

 今さっきの会話を聞いていたのだろうか。

 しかしそう問われて、エリスは逆に疑問符を顔に浮かべた。

 改めて知り合いかと聞かれれば、たしかに知り合いではあろう。しかし関係性となると、微妙かつ複雑なところである感じがした。

「二回しか会ったことない友達だ」

 エリスは要約して答える。隣でレクトが要約しすぎだろうと表情で表していたが、ジャンと名乗った若い男は気にした風もなく笑みを深めた。

「俺も、昨日知り合ったばっかりの友達だ。友達の友達同士、せっかくなら一緒に応援してくか? 空席ならまだあるぜ」

 親指で背後を指すジャン。もしかしたらそれを言いにきたのかもしれない。

「いや応援はいいけどよ。あいつら何やってんだ? そもそもここはなんなんだ?」

 先ほどのエリスの疑問に、彼は知りたいかと訊ねてきた。ならばその答えを持っているということだろう。

 ジャンは、きょとんとした顔でその質問を受ける。

「……まさかと思ったが、奴らが戦ってる相手が誰なのかも知らないとか言わねぇよな?」

「知ってるわけねーよ」

 エリスは横目でフィールド上に視線を落とす。

 ふたりが戦っている相手は、かなり小柄な『モンスター』。しかし見たこともなければ聞いたこともない。

 ジャンは呆れるように肩をすくめた。

「……外に住んでる奴らってのは、どうやら俺が思ってる以上に命知らずが多いらしいな」

 エリスたちが言葉の意味を計る前に、「あれは――」と彼が答えを続ける。

 そして三人は、今日何度目かもわからない驚きを、またしても味わうことになった。

「さすがに名前くらいは知ってるよな? ――『モンスターキング』だよ」

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