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第六章(19)

 

 リフィクの葬儀は、エリスの意向通り人間側の流儀で執り行われた。

 村の外れ。日当たりが良く、草花の生い茂るなだらかな丘。そこに採寸に合わせた穴を掘る。

 身だしなみを整えたリフィクを横たわらせ、別れの言葉をかけながら一杯の花で全身を覆う。そして、上から静かに土を被せていく。

 参列した村民たちの中には難色を示す者もいたものの、特に問題が起きることもなく葬儀は済ませられた。

 板状の石で作られた墓標を珍しそうに、あるいは名残惜しそうに眺め、村民たちは帰路につく。

 そしてその場には、三人だけが残された。

 

 墓標の前に佇むエリス。

 しばらく石に彫られた「リフィク・セントラン」という文字を見つめていたが、いつしかその視界が、じわじわとにじんできた。

 目の中に収まらなくなった涙がぽろぽろとあふれ出す。

 ひとたびこぼれてしまえば、もう歯止めは利かない。

 表情は変わらず墓標を見つめている。

 しかしとめどなく流れる涙は、まるで降り始めの雨のように、頬をつたって地面を濡らしていた。

 

 

 そんな彼女を目にして、ザットはかけるべき言葉を見失う。悩んだすえ、無言でその場を離れた。

 少し距離を置いて立つレクトと目が合う。彼はもっと早くにザットと同じ結論に至っていたのだろうか。

 今はそっとしておいたほうがいいかもしれない、と。

「……なんだかな」

 ザットは所在なげに、レクトへとささやきかけた。

「そりゃあ、いつだって強い姉御でも、ああやって泣くことはあるだろうけどさ。いざ見ちまうと……どうもな」

 弱ったように頭をかく。見慣れぬ姿に、正直なところ戸惑いを隠しきれなかった。

 皆が去り、ひと息つき、ようやくリフィクのいなくなった実感がじわじわと湧いてきた……といったところだろうか。

 一足先に目覚めていたザットと違い、エリスは目覚めてすぐにあの騒動だ。今の今まで、気持ちを整理する暇もなかったはずである。

 それがここに来て決壊……。

 感情の波が一挙に押し寄せてきたのだろう。

「いや……エリスは強いわけじゃない」

 いたわるように、レクトが返す。

「いつだって、強くなりたくて、強くなろうとして、強がってるだけだ」

 付き合いの長い彼だからこそ言える言葉だろうか。ザットからしてみれば、思ってもみなかった所見である。

「泣いたりもする。弱音を吐いたりもする。だからそういう時は、お前がしっかりと支えてやってくれ。たったひとりの『子分』なんだからな」

 向けられた眼差しは、保護者然とした温かみに満ちていた。

 兄妹のようなもの、と以前誰かが言っていた気がする。ふたりの関係はまさにそんな言葉通りのものなのかもしれない。

 たとえ一度は仲たがいしたとしても、その強固な絆が揺らがない。強く結ばれている。

 だからエリスは、ここに至ってもレクトを非難することがなかったのだ。

 賊だったザットを受け入れたように。彼を許した。

「……まぁ、ひとりっちゃひとりだけど。お前もいるだろ、『弟分』」

 ザットはあえて明るく振る舞い、レクトの肩に組みついた。

「済んじまったことはもう言わねぇ」

 そして少しだけ声に真剣味を含ませる。

「これからは、ずっと姉御の味方でいてくれ。頼りにさせてくれ」

「……ああ。約束しよう」

 レクトは誠意をたずさえて、力強くうなずいた。

「あの……レクトくん」

 いつからそこにいたのか。パルヴィーが、遠慮がちにふたりのもとへと歩んできた。

 

 

 銀影騎士団出立の知らせを伝えられ、レクトは目をパチクリさせた。

 まだ事態が解決したわけではないと用心していたのだが、こうもあっさり引き下がるとは。

「『リゼンブル』と戦うのはもうやめたってことか?」

 ザットにしても意表を突かれたように眉根を寄せて聞き返す。

 つまりそういうことになるのだが。

「それはわかんないけど……」

 パルヴィーも同様らしく、不可解そうに小首をかしげた。

 しかし同じく心変わりをしたレクトには、あながち理解できない話ではなかった。

 彼女自身の中で、なにかが推移した。琴線に触れた。

 もしかしたらリフィクの『訴え』が届いたのかもしれない。

 心情的には、そう思いたかった。

「わかった。エリスにも伝えておこう」

「レクトくんは……どうするの?」

「エリスと共に行く。それが、俺にできるせめてもの罪滅ぼしだからだ」

「そう……」

 返答を聞き、パルヴィーは残念そうにうつむいた。

 恐らく彼女としては、アリーシェに傷をつけたエリスにあまり良い感情は抱いていないだろう。

 心境は複雑。霞がかっているはずだ。

「……でもやっぱり、わたしはアリーシェ様についていきたいし……」

 ぽつりと呟いた言葉には、懸命に迷いを振り切ろうとする響きがあった。

 

 用件だけを伝え、足早に去るパルヴィー。

 レクトとザットはためらいつつも、いまだ墓前に立ち尽くすエリスへと歩み寄った。

「うぇぇぇ〜ん……」

「むせび泣きっ……!?」

「エリス。……使え」

 まるで子供のようにおおっぴらに泣いていたエリスに、やや面を食らうザット。

 とは反対に、レクトはさして表情を崩さずスカーフを手渡した。

 エリスは遠慮なく、涙と鼻水をじゅるじゅると拭く。

 そして返却。

 レクトは、返されても困るが、と露骨に顔に表したが、最終的には黙ってぐしょぐしょのスカーフを受け取った。

「……。じきに銀影騎士団がここを離れるらしい。アリーシェさんが改心したと思いたいが……。俺たちはどうする?」

「……別に。どうもしねーよ」

 泣きやんだらしいエリスが、さっぱりとした様子で答える。

「同行はしないということか」

「したくねー。顔も見たくねー。あいつらのこと嫌いだし」

 エリスはすねるように、ツンとそっぽを向いた。

 やはりか、とレクトは小さく息を吐く。そんなことだろうと思って、無理を押してでも村に滞在を許してもらったのだが。

「しかし、それは現実的じゃないぞ。俺たち三人だけで何ができる?」

 気持ちはわかるが、とレクトは言葉を続けた。

「新しく仲間を見つけようというつもりなら無理だ。『モンスターキング』の住みかは、もう近く。この周辺には他の人里もない」

「そんなつもりねぇよ」

 エリスはもう一度、リフィクの墓標へと視線を向けた。

「もともと『三人』で始めた旅だ。だったら、『三人』で締めくくんのも悪かない」

「それは……」

 レクトは言葉に詰まる。

 旅立ちの少人数さは、世間を知らなすぎたとしか言いようがない。今からすれば、とてもじゃないがそこには戻れない。

 だがエリスは、自分の意見を曲げないだろう。

 この先に待ち構えているのは、『モンスター』の王者。『キング』と呼ばれる者。

 それを相手に、たった三人で立ち向かうというのだろうか……?

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