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第一章(5)

 

 エリスが目の前の敵を倒した時には、すでにリュシールは残りの一体へと攻めかかっていた。

 まさに風のように素早い身のこなしでロングソードを振りかぶる。

 そしてまったくの無表情のまま。ためらいも情けも感じさせずに、『モンスター』の左腕を肩からバッサリと斬り落とした。

 轟く悲鳴。

 驚異的な身体能力である。剣の腕前も、恐らくエリスを上回っているだろう。

 強い、と認めざるを得ない

 またたくまに仲間と片腕を失った『モンスター』は、今や混乱の境地にあった。

 完全なる弱者としか見ていなかった人間に、手痛いまでの反撃を食らってしまったからだ。

 ことの異常さを実感し始め、彼は一目散にその場から逃げ出した。なき片腕をかばうように必死に走る。

「逃がすかっ!」

 それを追いかけようと吠えたエリスの視界に、紫の血にまみれた剣先が飛び込んできた。

「!?」

 無意識的に目を見開き息を呑むエリス。リュシールの握るロングソードは、眼前で、まるでそこに見えない壁があるかのようにピタリと寸止められた。

 紙一重とはまさしくこのことを言うのだろう。互いに少しでも動いていたら、紫ではなく赤い血が流れ落ちていたに違いない。

 そこからひと呼吸、ふた呼吸を置いても、リュシールは剣を下げようとはしなかった。

 エリスを封殺するかのごとく突きつけたまま。

「……なんだよ?」

 トゲを多分に含んだ声で、エリスが口を開いた。彼女の燃えるような視線とリュシールの凍えるような視線が、火花を散らすまでにかぶつかり合う。

「逃げられるだろうが。おめおめと。……どかせよ」

 手負いの『モンスター』は、すでに見えなくなるほど遠ざかっていた。

 しかしリュシールはなにも答えない。まるで人形のように表情を変えず、言葉も発さず、鋭利な剣先と視線をエリスに突きつけているだけであった。

「てめぇに言ってんだよ、根暗女」

「彼女の悪口はそれくらいに。ブレイジング・ガール」

 ひとりで勝手に一触即発状態になっていたエリスをなだめながら、ハーニスが割り込んできた。

 その場に彼がやってきた途端。リュシールはあっさりと剣を引き、空振って『モンスター』の血を払い腰もとのサヤへと収めた。自分の役目を彼に譲り渡すと言わんばかりに。

 エリスの矛先が、自然とハーニスへ移る。

「女の『しつけ』くらいちゃんとつけとけっ!」

「彼女の悪口はそれくらいにと言いましたが」

「奴らをとっつかまえて寝床の場所を吐かせなきゃならねぇってのに、みすみす見逃すようなことしやがって」

「私の思惑通りですよ」

「あー!?」

 『ブレイジング・ガール』というより『レイジング・ガール』なエリスにもまったく臆することなく、ハーニスは瓢々と言葉を並べていく。

「わざわざ白状させるよりも自分から案内させるよう仕向けたほうが楽だということです。こういう風に」

 ハーニスは地面に目を落とす。つられてエリスも見ると、紫の血痕がところどころに散らばっていた。今々行われていた戦闘の残滓である。

 その血だまりが一方向へ、まるで足跡のように伸びているのが見て取れた。先ほどの『モンスター』が逃げて行った方向へ続いていり。

「……」

 エリスは面白くなさそうに顔をしかめた。

「『モンスター』というのは大抵、群れを形成していますからね。不測の事態が起これば必ず根城かボスのところへ逃げ帰る。この血のあとが道しるべになるという算段ですよ」

 なにやら得意満面に、ハーニスが説明する。

 たしかに、絞め上げて口を割らせるよりは早いかもしれないが。

「途中でくたばったらどうすんだよ?」

 道しるべ代わりになるほど血を流しているのだ。アジトにたどりつく前に力尽きてしまうことだってあるだろう。

 しかしハーニスはかぶりを振る。

「あの程度では死にません。『モンスター』ですから。人間と同じと思わないことです。そしてしばらくは血も止まらないでしょう。生かさず殺さず必要量の血を流させる、彼女の手加減の巧妙さを一緒に称賛しましょう」

 ハーニスは一方的に言い放ちながらエリスなど眼中にないと言外に表して、凛々しく立つリュシールへと歩み寄った。

 彼女の手をやさしく握り、今度はその甲へ唇をつける。

「ありがとう、リュシール」

 そしてうっとりと、見つめ合った。

 すぐにふたりだけの世界を作ってしまうのは、まぁ悪いことではないだろう。仲が良いということは。

 ただ時と場合と話の流れは考えて欲しいものである。

「ふざけんなっ!」

 自然と無視された形になったエリスは、ただよう甘ったるい空気を踏み荒らすように声を大きくする。

「死なねぇのは別として、途中で川とかに入られたらどうすんだよ? 止血とか……なんかとか、血のあとを消されたらよ!」

「そこまで頭が回る連中なら、きっと今頃あなたもここに転がっていたことでしょう」

 『モンスター』はエリスの力を見誤り、娯楽ついでに返り討ちにしてやろうと考えていた。もしエリスの自信の源を推測し、警戒して最初から三体で対峙していたのなら、リュシールが駆けつける前に勝負がついしまっていただろう。ハーニスはそう言っているのだ。

「あんだと?」

 それは『モンスター』に対する皮肉であったが、引き合いに出されたことがエリスの逆鱗を刺激してしまったようである。

「あんな奴ら、三体だろうが百体だろうが目じゃねぇよ!」

「あなたのそういうところ、好きですよ。頼もしい」

 ハーニスはのらりくらりと言い抜けながら、戦闘で乱れたリュシールの髪を柔らかな手つきで直していく。

「でも君のほうがもっと好きで、もっと頼もしいよ、マイ・ステディー」

「そういうのは見えないところでやってろ! 濡れごとバカ!」

 物言い以前に話のかみ合わなさにもフラストレーションを募らせていくエリス。

 そんなところへ、やや遅れてレクトとリフィクもやって来た。

 避雷針に誘われる雷のように、エリスの八つ当たりがそちらに向けられる。

「何なまけてたんだよ、てめーらはっ!」

 なにもしていないリフィクはともかく、しっかり弓矢による援護を行ったレクトにしてみればいいとばっちりである。

 とはいえそのリフィクも『魔術』を詠唱しているあいだに戦闘が終わってしまっただけなのだが。

「エーツェルさん、その……」

 言い訳……という様子ではなく、なにやら狼狽しながらリフィクが口を開く。

 彼の言葉を継ぐように、ふたりの後ろからこの村の住人たちがぞろぞろと湧いて出てきた。

 二十人、三十人はいるだろうか。エリスは彼らへ向き直る。

「おう、礼はいらねぇぞ」

「なんていうことをしてくれたんだっ……!」

 てっきり感謝のひとつでも返ってくるかと思いきや、どうやらそうではなかった。村人たちはなにやら責め立てるような目でエリスらを見ている。

「『モンスター』に逆らうようなことをして……目をつけられたらどうするんだ!」

 代表者なのかなんなのか、壮年の男性が先頭に立ってエリスに詰め寄る。

「奴らを怒らせでもしたら、こんな村はひとたまりもない……。よそ者が勝手なことをするな!」

 正論、ではあろう。それを恐れてこの村は『モンスター』に従ってきたのだから。

「どう責任を取るつもりだ! この村すべての命、その責任がお前に取れるのか?」

 ははーん、とエリスは気付く。きっとレクトとリフィクは、先ほどまでこうして彼らにからまれていたのだろう。取りつく島がなさすぎたためにエリスに助けを求めにきたと、そんなところか。

 たしかにこういうことはエリスに任せたほうが早い。

「我々はただ平和に暮らしたいだけだ。それを……」

「ねちねちねちねちと、卑屈なことぬかしてんじゃねぇーっ! 頭だけじゃなく目までヤられてんのかてめーら!」

 レクトの期待を裏切らず、男性の声をさえぎって怒鳴り返すエリス。

「なっ…」

「よく聞け!」

 一切の反論を許さず、たたみかける。

「そんでもって見ろ!」

 そして地面を指差した。人差し指の先にある『モンスター』の死体。そこに全員の視線が集まった。

「てめーらがビビって恐れておののいて、へり下っておべっか使ってご機嫌とってた『モンスター』って奴らだ! やられてるだろうがっ!」

 迫力に圧倒されてか、村人たちは息を呑んで言葉を失う。

「今度はあたしを見ろ!」

 言われるがままに、集まった視線がそのままエリス一点へと移動した。

「あたしがヤったんだよ! この妖怪変化も裸足で逃げ出すエリス・エーツェルが、てめーらが勝てねぇとあきらめた『モンスター』をぶった斬った!」

「片方は『彼女』が、ですが」

 細かく口をはさむハーニス。

「黙ってろ色情魔!」

 あしらうように吐き捨てて、言葉の続きを叫び散らす。

「わかるだろうがっ! 連中よりあたしのほうが強いってことが! その強くてカッコイイあたしが連中をぶっ倒してくるから、てめーらは景気良く祭りでも開いてイイモン食ってろっ!」

 献上すべき『モンスター』がいなくなれば、かき集めた食料は村のものとなる。たしかに祭りにしても余るくらいの量はありそうだが。

「以上! 終了!」

 一方的に言い終わると、エリスは脇目も振らずに村の外へと歩き出した。『モンスター』が逃げて行った方向へと。

 あとを追うようにレクト、ハーニス、リュシールも続き、

「しっ……失礼します」

 最後にリフィクが律儀にも頭を下げ、いそいそとその場を去って行った。

 騒がしかった村の入り口付近が、一気に静まりかえる。

 残された村人たちはまくし立てられた勢いに負けて言葉を飲み込んでしまっていたが、やがて息を吹き返すように小さな喧騒が生まれ始めた。

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