表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/168

第六章(14)

 

「……だとしても、力を抜くなんてのはやりたかねーな」

 エリスとザットは慎重に、両側から回り込むように位置取りを図った。

 先ほどは打ち合う前だったため挟撃の形を取るのも簡単だったが、今はもう違う。少しでも気をそらせば、あの剛剣が容赦なく襲いかかってくるだろう。

「目の前にやることがあんなら、それを全力でやりゃあいいだろ。力も息も、終わってから抜いたって遅かねぇ」

「手遅れになってからでは、遅い」

 ふたりの位置がラドニスから見てVの字を描いたところで、彼の眼差しが変化した。

 それ以上の展開は許さぬと、物言わぬ剣先が語っている。

 エリスは射すくめられたように足を止め、一瞬だけザットと視線を交差させた。

「なら、手遅れになるまでは大丈夫ってこった!」

 視線を前に戻した瞬間、ふたりが同時に攻めかかる。

 ラドニスの右手側からエリス、左手側からザット。挟撃とは言いがたいが、それでも彼の注意を散らすのには充分だ。

 対するラドニスは、動かない。迎撃に専念するように、迫る両者を凝視していた。

 こういう相手に正面から攻め込むのは危険。……とわかってはいたが、今さら引き下がる気はなかった。

 歩調を合わせたふたりが、左右から飛び込む。

 ラドニスはギリギリまで引きつけてから、左手側――ザットへ向けて動いた。

 銀の刃が斜めに振り下ろされる。素手であるザットに反撃を許さない、切っ先だけを当てる軌道。だがそれだけに、踏み込みも浅かった。

 ザットは片足の力だけで進行方向を曲げ、紙一重のところで斬撃をやりすごす。

 ラドニスは即座に、その場でターンするように剣を払い、側面から斬りかかるエリスを弾き飛ばした。

 そのスキに体勢を立て直したザットが、彼の背中へ蹴りを放つ。

 さすがにその波状攻撃はさばき切れずに、銀の鎧がいびつに凹む。痛打の衝撃までは防げず、ラドニスは苦悶の息を漏らして間合いから逃れた。

「……『あの技』は使わないのか?」

 刺すような眼光を、エリスへと差し向ける。

「『敵』にしか使わねぇよ」

 エリスの左腕から、一筋の流血が滴っていた。

 先ほどの攻防で刃が肌は撫でたのかもしれない。動かすのには、支障ないレベルだ。

「みくびられたものだ」

「バカ言え。充分、敬ってるよ。知らねぇのか? 強いあんたを、頼もしいくらいにな!」

 ラドニスの眉がわずかに動く。意表を突かれた言葉だったらしい。

「オレだってそうだ!」

 と、ザットがその勢いに続いた。

「時に厳しく、時にやさしく。言うのは簡単だが、剛と柔を合わせ持つのは中々できるもんじゃねぇ。それをやってのける男! 姉御の次に付き従ってもいいと見込んだ男だ!」

「そこまで言われれば、こちらも言い返すしかあるまい」

 ラドニスは、ふっと息をつくようにして言い放つ。

「エリス・エーツェル! お前を見ていると、どうにも娘を重ね合わせて目をかけてやりたくなる。そしてザット・ラッド! 昔の自分によく似ていて、懐かしくもあり親しみを抱く」

 意外な反撃に、ふたりも同じく眉を上げた。嘘にしろ本音にしろ、初めて聞いた言葉である。

「戦意が揺らいだか?」

 挑発するようにあざけるラドニス。

「全然!」

「まったく!」

 エリスとザットは、意気揚々と笑い飛ばした。

「よかろう!」

 わずかな休息の時間が終わる。呼吸を整えたラドニスが、今度は自ら斬りかかってきた。

 

    ◆

 

 そんな三人の戦いを、固唾を飲んで見守っているリフィクである。

 面持ちは悲痛だが、決して目をそらすことなく見つめ続けていた。

 それが自分にできる最大の応援、というように。

 その時。リフィクの片腕が、誰かによって強く引っ張られた。

「!?」

 小路に引き込まれても力は弱まらず。リフィクはそのまま、つられて走る格好になった。

 自分の腕をつかむ腕。そこから伸びる男性の背中に、リフィクは「ブルフォードさん……!」と戸惑いの声をかけた。

「こうなった経緯については問わん」

 ブルフォードは振り返りも立ち止まりもせずに言う。その簡潔な言い回しが彼の心情を表しているようで、リフィクは返す言葉を飲み込んだ。

「今はとにかく、安全なところに避難するのだ」

「……しません!」

 しかし迷ったのも一瞬。リフィクは彼の腕を振り払い、追従する足を止めた。

「なに!?」

 ブルフォードも驚きをもって足を止める。振り向いたその表情には、理解に苦しむという困惑が浮かんでいた。

「リフィク君……! この状況がわからないわけあるまい。仲間のフリをしていた連中だからと、見逃してもらえるとでも思っているのか!?」

「思ってません。誰かに斬りかかられるかもしれない……それは承知の上です」

「ならば」

「それでも!」

 ブルフォードの言葉を完全に食い、リフィクは強い口調で訴えた。

「こうなってしまった責任だけは、果たすつもりです」

「責任だと……?」

「そのために尽力してくれている人たちもいます。だから僕のことはお構いなく、他の人の避難をお願いします」

 だいぶ来てしまった道を引き返そうと踵を返す。ブルフォードはその背中に、

「君に何ができるというのだ」

 と投げかけた。

「何ができるかはわかりません。でも僕はまだ、何もしていませんから」

 リフィクは「それでは」と小さく頭を下げ、ふたりのもとへ戻るべく駆け出した。

 

    ◆

 

 弦を引く指が震える。それは決して恐怖や緊張のせいではないのだと、レクトはわかり始めていた。

 彼の前方では十人ほどの『リゼンブル』と、その半数程度の銀装戦士とが攻防を繰り広げている。

 数と力では劣っているが、そこはさすがに歴戦の銀影騎士団である。互角どころか完全に相手を圧倒していた。

 それもそのはず。相手の『リゼンブル』には戦術的な動きはおろか、まともに武器を扱ってる者のほうが少なく見える。

 戦闘そのもの、そして訓練にしても、さほど経験していないのだろう。持ち前の身体能力でそれなりに対抗してはいるが、冷静に見極めれば素人同然である。

 制圧も時間の問題だろう。

「……」

 レクトは黙々と援護の矢は放つ。

 すとん、と、何にも命中せず建物の壁に突き刺さった。

 終始こんな調子だ。

 意識を集中し直し、狙いもつけ直し、再び射る。

 今度は『リゼンブル』の肩口をかすめ、わずかに紫色の尾を引いた。

 その負傷に気を取られた隙を突き、前衛の刃が『彼』を斬り裂く。

 悲鳴はレクトのいる位置まで届き、飛び散る血の軌跡、人間とさして変わらぬ体が地面に沈み込む様も、はっきりと見ることができた。

「よくやった、レクト」

 仲間の誰かが言う。

 手の震えがいっそう強まった気がした。

 彼の体を支配しているのは、明らかな迷いである。

 『リゼンブル』は敵。『モンスター』と同じ血を引く悪鬼。決して相容れないもの。……そう思っていた。

 だが、ならばこの迷いはなんだ? 彼らを討ち、血を流させ、攻め倒す。それを望んでいたのではなかったのか?

 望んだことをしているのに、なぜこうも胸が痛くなる?

 この期に及んで……。目の前で、自ら手をかけて、初めて頭をもたげた逡巡。揺らぐ士気。

 それは猛毒のように、急速に全身へと回っていった。

 体の動きが鈍る。いつしか武器は下がり、レクトはその場に立ち止まってしまっていた。

 ――しかしいくら圧倒しているとはいえ、そこは紛れもない戦場である。

 一時の隙も許されるものではない。

「……!?」

 突然背後に現れたかのように、『リゼンブル』の大男がレクトに襲いかかってきた。

 いつのまに……!? しかし気付いた時にはもう目前。

 巨大な斧が頭上高くに振り上げられる。

 動く暇も、声を出す暇もない。レクトは見開いた目で、降りかかる刃を見つめることしかできなかった。

「スラッシュショット!」

 まさに大斧に断ち切られる寸前。『リゼンブル』の男が、はり倒されるように右から左へ吹き飛ばされた。

 そして武器と共に地に伏す。裂けた胴体から流れた紫の鮮血が、立ち尽くすレクトの足元にも飛び散った。

「レクトくん大丈夫!?」

 パルヴィーが駆け寄ってくる。

 窮地を救ったのは彼女だったのだろう。

 しかしレクトは、黙って地面の血だまりを凝視していた。

「どこかケガとか……?」

 怯えているわけでも放心しているわけでもない。だが明らかに様子のおかしい彼に、パルヴィーは不安顔を向けた。

 負傷などは、していないようだが……と上から下まで見回す。

「……なんの血を引いているかということが、そんなに大事か……」

 唐突にレクトが呟く。パルヴィーは「えっ?」と聞き返した。

 そんな彼女のことなど眼中にないように。レクトは懐からナイフを取り出すと、それでためらいなく自分の左腕を切りつけた。

「なにやってるの!?」

 パルヴィーが悲鳴まじりの声を上げて飛びつき、『治癒術』を使おうとする。しかしレクトは、それを強引にふりほどいた。

 飛び散った赤い血が足元に落ちて、紫色の血とマーブル状に混ざり合う。

「それがなんだっ……!」

 続いたのは、毒を吐き出すような怨嗟の声。

 パルヴィーはびくりと肩を震わせる。

「血の色が違うというのが、そんなに大事なことなのか……!?」

 それは自分に対する、責め苦のような問いかけだった。

 脳裏に浮かんできたのはラドニスのこと。彼が過去に賊であったことを聞かされ、レクトは当惑した。戸惑い悩み、しかし最後には受け入れた。

 過去に何があったとて、彼は彼だ。信頼に値するゼーテン・ラドニス。素直にそう結論を出した。

 そしてザット・ラッドにしてもだ。出会った頃はどうあれ、背中を預けたこともある。

 経歴や素性をすべて受容した上で、彼らを仲間と認めることができたのだ。

 ……ならば、リフィクの場合はどうなのだ?

 たしかに彼は『リゼンブル』だった。しかしレクトがそれを知っただけで、彼は何も変わっていない。

 共に旅してきたリフィク・セントランは、変わらずそこにいるはずだ。

 変わってしまったのは、むしろレクトのほう。一緒に苦難を乗り越えてきたあの日々は、紛れもない本物だったというのに……。

 たった『そんなこと』で崩れてしまうような日々だったのか? 変わってしまうような絆だったのか?

 それでもなお、受け入れられないと言うつもりなのだろうか?

「……くっ!」

 レクトは腕の傷にも構わず、どこかへ向かって走り出す。

「あっ……」

 パルヴィーは止めることも声をかけることも出来ず、呆然とその場に立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ