第六章(11)
「やはり……」
残念だが、と低く呟くクレイグ。
「ウソ……!?」
信じられない、と眉をひそめるパルヴィー。
リフィクの打ち明けた真実に、一同は思い思いの衝撃と驚きを感じていた。
『モンスター・リゼンブル』。『モンスター』と人間の混血種。長らく一緒に過ごしていた彼が、まさかそれであったとは。
言い切ったリフィクは、普段の気弱そうな瞳の中に、覚悟を決めたような強い光を宿していた。
「なんで、黙ってたんだよ……? 今まで」
内容云々よりも隠しごとをしていた事実を責めるべく、エリスが詰め寄る。
「すみません……」
謝るリフィクだが、それも無理はないだろう。
簡単に言えるわけがない。それは、まさしく今の状況が物語っていた。
「なんかショック」
ため息をつき、パルヴィーが呟く。一拍置いて、はっと気づいたように「……って、ちょっと待って」と声を上げた。
「つまり、ここに住んでる人たちが『リゼンブル』だっていうのもホントってこと?」
「そうなるだろうね。自然と」
クレイグは言いながら、手を添えていただけの剣をゆっくりとに引き抜いた。
鞘走りの音が響き、全員の注目が彼に集まる。
「これは一刻も早くミズ・ステイシーに報告して、戦闘の準備に取りかからないと」
「戦闘……?」
不穏な言葉に、エリスは表情を険しくする。
「そうです。この村を攻め滅ぼすための、戦闘準備を」
「!?」
さらりと告げられたのは、恐ろしい内容。エリスとリフィクは、驚いて目を見張った。
「なんでそうなる!?」
「なんでと言われても……当然でしょう?」
クレイグは、逆にエリスたちの反応を不思議がるように眉根を寄せる。
「我々銀影騎士団の敵は『モンスター』。ならばその『モンスター』の血を分けた『リゼンブル』も、等しく敵ではないですか」
「だから、なんでそうなるってんだよ! 誰が決めやがった、そんなこと!」
「方針ですよ。それが、銀影騎士団の」
「そうだよ」と、パルヴィーも同意するべくうなずいた。
「『モンスター』も『リゼンブル』も倒さなきゃいけない。いなくなんなきゃ平和な世界にならないって、アリーシェ様いつも言ってるもの」
「ふざけんなよ……!」
エリスは激情に任せて吐き出した。
ひとりの少女の姿が脳裏に浮かぶ。そんな理不尽な、わけのわからない理屈で、なにが攻撃だ。なにが敵だ。
「まず手始めに」
エリスのことには構わず、クレイグは切っ先を伸ばす。
瞳はまっすぐリフィクをとらえていた。
「ここにいる一体を始末しよう。逃げられて仲間でも呼ばれたら厄介だ」
「……!」
青い顔で相対するリフィク。
彼を背中にかばうように、エリスがあいだに割って入った。
「やめろよ。これ以上すんなら、笑って済ませられねぇぞ」
「――さっきから、何を言ってるんです、あなたは」
クレイグが苛立ちを含ませた声を出す。
彼からしてみれば、エリスの言動は敵の肩を持っているようにしか見えないのだろう。
「わけわかんないよね」
とパルヴィーも呆れるように言って、手にしたショートソードを引き抜いた。
「リフィクくんのことは嫌いじゃなかったけど、『リゼンブル』なんでしょ。だったらわたしたちの関係は、もうここまでだよ」
陽気という言葉の似合う普段の彼女から一転して、冷酷な台詞が言い捨てられる。
握る得物のきらめきは、その台詞以上に冷たい光を放っていた。
エリスはムッと口をつぐんで、ふたりをにらみつける。
状況的には一対二だ。
レクトは何を考えているやら、顔をそむけて黙殺を決め込んでいる。影になっていて顔色は読み取れないが、どちらの味方というわけでもないらしい。
エリスとしてはそんなどっちつかずな中途半端さがシャクに障ったが、関わる気がないならいい、と無視することにした。
次に困惑した表情のザットと、ばちりと目が合う。
見つめあったのは一秒にも満たない時間だったろう。
「ザーット!」
と叫んだエリスの声に背中を押されるように、疾風のごとく彼が動いた。
矛先は、クレイグ。
まず彼の握っていた剣を蹴りで弾き飛ばす。宙を舞ったそれが小屋の壁に突き刺さるよりも早く、ザットは彼の体を担ぎ上げていた。
「なっ……!?」
不意を突かれたクレイグは、その電撃的な動きに反応できずにいる。
「でぇぇいっ!」
ザットはそれに構わず、床の穴――先ほどまで入れられていた地下倉庫の中へ、クレイグを勢いよく投げ込んだ。
足元から、落下音とうめき声が響く。
「…………えぇっ!?」
一拍も二拍も置いて、パルヴィーが口を半開きにした。
まったく予想外の展開だったのだろう。
あわあわとしながら地下倉庫の中をのぞき込む。
エリスはその無防備な背中にひょいと近寄り、ショートソードを取り上げ、同時に軽く蹴飛ばした。
「にゃぁぁぁっ……!」
悲鳴を共に、パルヴィーも同じく地下へと戻される。
「そこで頭ひやしてろっ! ばーかっ!」
間髪を入れずに扉を閉めるエリス。
まるで打ち合わせをしていたかのように、ザットが手近な木箱を扉の上へと移動させた。
足の下からなにか文句らしきものが飛んでくるが、それは聞かないことにする。
ザットはパンパンと両手を打って払い、エリスと、そしてリフィクの顔を順に見た。
「『リゼンブル』ってのに何も思わねぇわけじゃねぇけど――オレはいつでも姉御派だぜ」
「当然!」
とエリスが誇らしげに胸を張る。
彼の心情がわかっていた、あるいは、信じていた、と言いたげに。
「おふたりとも……」
リフィクはうるる、と目尻を下げた。
味方が増えたという喜びか。向けられていた刃が消え、緊張の糸が切れたというのもあるかもしれない。
しかし状況は、そんな安堵の暇すら与えてくれなかった。
「何をしてる、貴様らっ……!」
小屋の中にまったく見知らぬ声が投げかけられる。
エリスたちははっとして、その声の出どころ――入り口のほうへと振り向いた。
男性がひとり。
一様にぎょっとするが、リフィクだけは少し違った反応を示した。
それは、小屋の前に立っていた見張り。リフィクが気絶させたその彼が、運悪く目を覚ましたのだ。
彼の行動は早かった。エリスたちが地下から脱出したのを見て取るや、すぐさま身を翻し、どこかへ向かって走り出す。
エリスが追いかけるべく小屋を出た時には、すでに姿は見えなくなっていた。
「逃げ足の速い野郎め」
周囲に視線をめぐらせて、エリスが吐き捨てる。
他の住民たちに知らせにいったのだろう、と容易に想像がつく。脱出したのが広まれば騒ぎが大きくなり、さらに状況が悪くなってしまうのは明白だ。
「ど、どうしましょう……?」
リフィクが不安げな息をもらす。
一難去ってまた一難だ。しかも今回の難は、どこまで膨れ上がるか予測がつかない。
「む、村の人たちは、エーツェルさんたちを殺そうとしてたんです。だから逃がそうと思って来て……それがバレたら……!」
あたふたと説明するリフィク。エリスは「殺す!?」と、意表を突かれたように聞き返した。
「話を聞いておられたみたいなので、もしかしたら『僕たちのこと』に気付いたかもしれない、ということで……」
リフィクは「それは当たってましたが」と小屋の中に視線を向けてから、再び眉をハの字にした顔でエリスを見た。
「とにかく、皆さん危険なんです」
「大げさな連中だぜ、まったく!」
エリスは呆れるように言葉を吐く。行き過ぎてる、と。
「それは……しょうがないんです。そうでもしないと、生きていけないんです」
住民たちをかばっているのか、あるいは己を嘆いているのか。リフィクは物悲しそうにうつむいた。
「難儀な世界じゃねぇかよ、くそ!」
エリスは地団駄を踏む。理不尽な理由だが少なからず理解できてしまうことが、無性に腹立たしかった。
「姉御、のんびりしてるヒマありませんぜ!」
「わかってる。ずらかるぞ、野郎ども!」
エリスは声をかけながら、リフィク、ザット、レクトの顔を見回した。
その折。レクトがひどく重苦しい表情をしていることに気付く。
それは他の人間ならば気にも留めないほど、ささいな異常。しかしエリスには、その機微がはっきりと感じ取れた。
伊達に長く一緒にいるわけではない。
エリスがその真意を訊ねようとした寸前、レクトのほうから口を開いた。
「……悪いが、俺は一緒には行けない」
「あぁ?」
エリスは怒るような、もどかしいような眼差しを彼へと向ける。
問いただすまでもなく、その真意には見当がついた。
それについて、何度も衝突済みなのである。
「この期に及んで、まだそんなことぬかすつもりかよ!」
「エリス……お前は本当に、何も感じないのか?」
押し殺した声でレクトが訊ねる。
リフィクが『リゼンブル』であったこと。そして『リゼンブル』という全体に対して。接することに何も感じないのか、と。
「いま感じてんのは、てめぇはどうしようもねぇ大馬鹿野郎だなってことだけだよ!」
エリスは「第一!」と、リフィクに人差し指を突きつけた。
「こいつは、お前の命の恩人だろ! なのにその態度か! 恩知らずっ!」
当のリフィクが、はたと目を見張る。
それは彼らが初めて会った時の話である。『モンスター』の攻撃によって致命傷を負ったレクト。それを『回復魔術』で治療したのが、リフィクだったのだ。
故に彼は一命を取り留めることができた。
「そういう男だったのかよ、お前は!」
「だから何もしなかった!」
抑え込んでいたものを爆発させるように、レクトが言い返した。
「あのふたりが剣を向けた時も! そして今も!」
こうも激情をほとばしらせるレクトもめずらしい。それほど彼も思い詰めていたということだろうか。
「何もせずに、見逃そうとしている。それが俺にできる、最大限の恩返しだと思ったからだ……!」
「そんな程度の恩しか感じてなかったのかよ!」
「エーツェルさん、ここは一旦……!」
落ち着かせようとリフィクがあいだに入る。
エリスがこうも熱くなっているのは、自分の気持ちを受け入れてもらえないことに対する歯がゆさだろう。
過去にも同じ衝突はあったが、今回ばかりは状況が状況だ。仲間のことが関わっている。命が関わっている。単純な好き嫌いの問題ではなくなっているのだ。
なのに思いが違ってしまう。
それも誰よりも同じ思いでいてほしい相手が、違う思いを感じている。違う方向を向いてしまっている。それがとても悔しいのだ。
そしてそれは、レクトにしても同じだった。
わかり合えない。そうわかり合えてしまうことが、苛立ちを加速させていた。
「お前が『その人』と一緒にいる限り、俺は隣には並べない」
「そこまで話のわからねぇ奴だとは思わなかったぜ!」
リフィクの仲裁が果たして利いたからか、エリスはぷいっと顔をそむけて、そのままくるりと踵を返した。
「もうお前のことなんか知んねー。なんでも勝手にしろ!」
捨て台詞を吐いて、つかつかと歩き出す。
レクトも何も言わず、小屋の中へと引き返した。
リフィクとザットは困ったように顔を見合わせて、あわててエリスを追いかける。
遺憾だが彼らの入る余地は、なさそうだった。