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第六章(10)

 

 

「……どういうことだ? それ」

 クレイグの口から出た突拍子もない言葉に、エリスは眉根を寄せて聞き返す。

 『モンスターリゼンブル』。彼ら、というのは、この村の住人が、ということなのだろうか?

「確証はありませんが、そう考えれば辻褄が合うんです」

 とは言いつつも、彼の顔には確信めいたものが浮かんでいた。

「あの妙な言い回しも、あの取り付く島もない態度も、そして俺たちをこんなところへ監禁しているという、大げさな処置も。普通の人間だというにしては異常です」

 ひとつひとつなら地域ごとの文化の違いで済ませられるかもしれないが、さすがにこうも重なるとおかしいだろう、と。

 たしかに異質……とりわけ神経質な印象を受ける住人たちではあった。それを部外者というだけでなく異種族に対する警戒心とするなら、うなずける部分もあるにはある。

「『リゼンブル』か」

 言葉を宙に泳がすように、ザットが呟いた。

「オレは噂を聞いたことがある程度にしか知らねぇけど……この村の奴らは普通の人間に見えたぞ」

「外見での判別は難しいですからね。中には巧妙に正体を隠し、人間に紛れて生きている者もいると言います」

 ザットは「あ、そういやぁ」と、再び誰に向けてでもない言葉をただよわせた。

「レタヴァルフィーの時に会ったあいつらも、そうだったな」

 彼の脳裏に浮かんでいるのは、戦闘のさなかに出会ったハーニスとリュシールの姿だろう。

 彼らにしても、言われなければ人間に見える。見かけだけではまったくわからないということだ。

「くだんね」

 エリスは呆れたように吐いて、木箱の上でゴロリと横になった。

「そんなん言い出したらキリがねーよ。世の中の奴みんな『リゼンブル』かもしんねーって話になるだろうが」

「まぁ、そうですが。可能性の話です。俺が思いついた中では、その可能性が一番高いという」

「第一、『リゼンブル』ってのはあんなにたくさんいるもんなのか?」

 エリスの知る限りでは、彼らが生きていくにはなかなかに困難な現状である。自然と少数しかいないのだろうと思い込んでいたのだが。

「だからこそ、こんな深い森の中に村を築いているのかもしれません。人の目から逃れるために」

 『リゼンブル』の村だと仮定できる材料が、またひとつ出てきた気がした。

「……なんなら、ここを出られた時には、あのリフィク・セントランという人に聞いてみましょうか」

 皆が頭の片隅に抱えていた領域に、クレイグが遠慮なく踏み込む。

 彼の推測が当たっているのなら……そういう可能性も出てきてしまうのだ。

「あの口ぶりです。恐らく彼も……」

 最後の一線にまたがった、その時。

 扉をドンドンと叩く音が、地下倉庫内に響き渡った。

「!?」

 全員がビクリと身を固まらせる。

「皆さんっ、無事ですかっ?」

 そして聞こえてきたのは、話題の人物の声だった。

 

    ◆

 

 なんとかして五人を救う手立てを考えていたリフィクであったが、まったく妙案は浮かばなかった。

 浮かばなかったものは仕方がない。とキッパリ開き直り、彼は実力行使でいくことにした。

 エリスらが監禁されている場所は聞かされていた。森で狩りをする際に使う道具が保管されているという、村外れの小屋。そこの地下だ。

 小屋の前には見張りが立っていたため、見つけるのは簡単だった。

 彼には、こっそりと『魔術』で電撃をお見舞いし、気絶していてもらう。

「……ごめんなさい」

 さすがに申し訳なさが頭をのぞかせて、倒れた男性へそう呟いた。

 ――大胆なことをやっているな、と自分でも思った。しかし彼女らが死ぬよりは、と自分を納得させて、小屋の中へと侵入する。

 見張りが外のひとりだったのは幸いだった。こっそり持ち出してきたエリスらの荷物を床に置いて、小屋内を物色する。

 照明はなかったが、外の松明のおかげでどうにか周りの様子を見て取れた。

 いくつか並んだ棚には剣や弓といった武器の他に、ロープやスコップ、つるはしやクワのような物まで保管されている。

 狩りだけと言わず、採掘や農作業に使う道具も一括して置いてあるのだろうか。

 一番奥の床に、四角形の切り込みが見て取れた。それが地下室への扉だろう。

 鍵はついていないが、扉の上に、重そうな木箱が半分ほど乗せられている。このフタが鍵代わりということなのだろうか。

「…………」

 リフィクは扉を眺めて、一度、大きく息を吐いた。

 ここを開けたらどうなるのだろうか、と改めて考える。

 逆に開けなければ、エリスたちは殺されてしまうかもしれない。疑わしきは罰せよ。そんな言葉に則って。

 開けたら、彼女たちは助けられる。しかしその場合、果たして自分はどうなるのか。

 先ほどの見張りに、一瞬だけだが顔を見られている。バレたらこの村にはいられなくなるだろう。

 そうでなくとも、合わす顔がなくなる。

 気の遠くなるようなあいだ探し求め、ようやく見つけることができた、この『パーシフィル』に。

 どちらを選んでも失うものは大きい。

 いや……と、リフィクは頭を振った。

 本当はわかっているのだ。比べるまでもなく、どちらが真に大切なものなのかなど。

 だからこそ、こんなことをやっている。土壇場になって迷いが出てくる自分の優柔不断さに、苦笑いすらしたくなった。

 同胞は大事だ。倫理や理性以前に、恐らく本能的に、そう感じる。

 ただ、それ以上に大事なものがあったというだけだ。

 自分は、それを持つことができた。それを守ろうとするのは、当たり前の行動ではないか。

 誰に非難されたとしても構わない。胸を張る。自分の生きる道は、こうなのだと。

 リフィクはその場にしゃがみ込み、トントンと扉をノックした。

「皆さんっ、無事ですかっ?」

 …………。しかし耳をすませてみても、返事らしいものは聞こえてこなかった。

 そんなに分厚い扉なのだろうか?

「すぐに開けますからっ。逃げてくださいっ!」

 念のためにもう一度呼びかけてから、木箱をどかす作業に取りかかった。

 

    ◆

 

「――すぐに開けますからっ。逃げてくださいっ!」

 リフィクの声が続けて聞こえてくる。

 内容はありがたいものだったが、地下倉庫内には、妙な沈黙がただよっていた。

「……」

 全員が息を呑んだように静まり返る。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 もし出られたならば、事実を確認することができるだろう。

 この村の実態。リフィクの素性。ある種の危険性を含んだ真実が、明るみに出るかもしれない。

 単なる考えすぎ……思い違いであれば、何も問題はないのだが。

「逃げて、って……?」

 ぽつり、とパルヴィーが呟いた。

 どうやらリフィクは、自分たちを逃がそうとしているらしい。

 住人たちに見つかってから今の今までまったく姿を現わさなかった彼ではあるが、見捨てたというわけではないようだった。

「レクト」

 と、エリスが彼を見る。

「もしこいつの言う通りここが『リゼンブル』の村だったら、どうする気だ?」

「…………」

 しかしレクトは、なにも答えなかった。黙って天井を辺りを見つめている。

 そんな視線の先から、ず、ず、と何か重たい物を引きずるような音が響いてきた。

 

 

 地下のよどんだ空気から解放されて、エリスはすぅーっはぁーっと心地良く深呼吸をした。

「おう、助かったぜリフィク」

「いえ……。でも、びっくりしました。まさかエーツェルさんたちがいるとは思わなくて……」

 リフィクの表情には、なにやら彼女らの顔色をうかがうようなものが浮かんでいる。

 エリスはばつが悪そうに、「まぁ、そりゃ」と視線をそらした。

「お前のことが心配だったからな。こんな夜にどこに、って……黙ってたのは悪かったけど」

 小屋の中をさまよっていた視線がふと一カ所に止まり、エリスは「おっ」と目を皿にした。

 一角に置いてあった革の袋から、見慣れた『柄』がのぞいていたのだ。

 持ち上げてみると、それはやはり愛用の剣だった。袋の中には、皆の武器など他に没収された物も入っている。

「おい、みんなのもあったぞ」

 エリスは袋を抱えて、レクトたちへと振り向いた。

「サンキューな、リフィク」

 入れ替わるようにザットが、彼の肩をポンと叩く。

 ちなみにザットは手ぶらでここまで来たため、取り上げられたものは特になかった。

「やっぱ持つべきものは仲間だよな!」

「はは……」

 リフィクは控えめに愛想笑いを返す。本心からはなんとも言えない、といった様子がにじみ出ていた。

「さっき逃げろって言ってたけど、なんかまずいことにでもなってんのか?」

「ええ、まぁ、なんというか……。とにかく、すぐに村から離れたほうがいいと思います。アリーシェさんたちにもそう言おうと思って」

 リフィクの表情に真剣味がただよい始める。

 口調にしても、いつにない断固さが含まれていた。事態の緊急さを物語るように。

 ザットを始め、皆の顔にも険しさが灯る。

「そんな大変なことになってんのか……。けど勝手にオレたちに手ぇ貸して、お前はいいのか? この村の奴らと知り合いとかなんだろ」

 さらりと言及された質問に、リフィクは「えっ……」と固まり目を泳がせた。

 そんな態度が、さらに疑惑を強めていく。

「知り合いというか……それは……」

「それは俺も、じっくりと聞きたいですね」

 引ったくるように袋から剣を取り出したクレイグが、問い詰めるべく口を開いた。

「答えにくいのなら、こちらから言いましょうか」

 鋭い眼光は、わずかな虚偽も見逃さない、とばかりにリフィクを射抜いている。

「俺たちは、ここが『リゼンブル』の村ではないかと疑ってるんですよ。無論、あなたのことも含めて」

 

    ◆

 

 どくり、と一際大きく心臓が跳ねる。

 ブルフォードの懸念を思い返しつつ、リフィクは息を呑んだ。

「…………」

 硬直した体からはなんの声も出てこない。

 そんなリフィクに、クレイグを始めとしてザット、レクト、パルヴィー、エリスの視線が注がれる。

 リフィクは無言のまま、助けを求めるようにエリスの顔を見た。

 その動作は、無意識だった。

「……どうなんだ?」

 クレイグとは別種の熟視を送るエリスが、確認するように訊ねる。

 その声音に敵意も害意もなかったことに、リフィクの頭は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 そう、だ。自分の信じていた通り……そしてハーニスたちから聞いた通り……彼女は『自分たち』の味方だ。

 少なくとも、理由なく敵対するようなことはない。

 エリス・エーツェルは裏切らない。

 その一事が、逃げ出したくてたまらないリフィクの背中をかろうじて支えていた。

「――知ってますか?」

 リフィクからの返事がないと見るや、クレイグは追い詰めるように言葉を連ねていく。

「『リゼンブル』というのは、見かけは人間にそっくりですが、体の中を流れる血は『モンスター』と同じ色をしているんですよ」

 彼の手が、腰に差した剣に添えられる。

「このまま何も答えないのなら、直接たしかめることも考えますが……」

「……!」

 冷水のような瞳に見据えられ、リフィクは、じり、とわずかに後ずさった。

「おいっ!」

 エリスがクレイグの腕をつかむ。が、彼は姿勢を崩さなかった。

 一触即発の様相。

 エリスは気遣うような目で、再びリフィクを見た。

「斬られる前に、ちゃんと正直に言ったほうがいいみたいだぞ。合ってるなら合ってる、違ってるなら違ってるって」

「………………」

 リフィクの口から、嗚咽にも似た息が短く漏れる。

 沈黙は数秒。

 夜の静寂。薄暗い小屋の中に、「……仰る通りです……」と消え入りそうな声が吐き出された。

「僕は、『リゼンブル』です」

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