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第六章(7)

 

「アリーシェ・ステイシーと申します」

 礼儀として先んじて名乗る。

「……ブルフォードだ」

 男性は、疑り深い視線を向けながらも短くそう答えた。

 名乗り返したということは、少なくとも話を聞く気はあるということだろう。門前払いは食らわなくても済みそうだ。

「こんな辺境に、旅か」

 ブルフォードと名乗った男性は、アリーシェのみならず背後の団員たちをも険しい眼差しで眺めていく。

 その入念さは少し行き過ぎな気もしたが、表情には出さないよう努めてみる。

「ええ。一晩だけ休ませていただけると、助かるのですが」

「うむ……」

 にこやかなアリーシェの要求に、男性は低いうなり声を返した。

 視線を一通り飛ばし終わると、再びアリーシェを中心に据える。

「見ての通りの、小さな村だ。残念ながらそちら全員を泊めてやれるところも譲ってやれる食料も無い」

 男性の返答は、数ある予測のうちにあった。アリーシェは素直に折れて、妥協案を口にする。

「では、近くでキャンプをさせてもらえないでしょうか?」

 「む?」と、男性が意外そう眉を動かす。

「同じ野宿であっても、そばに人里があれば、安心して休むことができます。それ以上は望みません。食料は、自前の物がありますので」

「…………」

 男性は黙りこくり、深く考え込む。そして。

「少し待て」

 と告げ、住人たちのところへ戻っていった。

「しち面倒くせーな」

 アリーシェの背後から、エリスがひょっこりと顔を出す。

 村の住人たちは、なにやら話し合っている様子だ。

「良いなら良い、ダメならダメでさっさと決めりゃいいのに」

「迷っているということは、受け入れてくれる可能性も少なからずあるからよ」

 アリーシェは声をひそめて答える。

 このデリケートな場において、素直すぎるエリスが顔を出すのは正直言って喜ばしくない。

 どうにか引っ込んでいてくれるよう言葉を探しているあいだに、男性が再び歩み出てきてしまった。

 アリーシェにしてみれば挟撃もいいところである。

「そのくらいなら、構わん」

 男性の返答は、一応は前向きなものだった。

 アリーシェはひそかに胸をなで下ろす。

「すぐ東に湖がある。そのほとりなら、そちらの人数でも休めるだろう。だが、村には必要以上に近付くなよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「あっちでなに話してたんだ?」

 会釈するアリーシェの横で、エリスが無邪気にも質問した。

 アリーシェはハラハラしながら、エリスと男性の顔を交互にうかがう。これほど邪悪な無邪気さもない。

「……滅多にない出来事だ。だから皆の意見も聞いていた」

「にしたって、大げさじゃねーの? 別に村の中でなんかしようってわけでもねーんだし、もっとパパッと決められるだろ」

「エリスさん」

 下手なことを言う前にと、アリーシェは無理矢理話を切り上げさせる。

「それぞれ事情があるのよ。部外者の私たちが口を挟むことではないわ」

 そして彼女を抱きかかえるようにして引きずり、

「では」

 と男性に笑顔を見せながら、いそいそと後退した。

 

「東に湖があるそうよ。そこのほとりでキャンプすることになったわ」

 アリーシェは皆の前に戻り、交渉の結果を報告する。

「断られちゃったんですか?」

 パルヴィーが残念そうに眉をひそめた。

 目の前に村があるのにそこで休めないのは、なかなかに無念である。

「でも、近くでキャンプをするぶんには構わないそうよ。単なる野宿よりはマシと思わなきゃ」

 

    ◆

 

 パッと視界が開ける。

 その湖は、教わった通りすぐそばにあった。

 木々がなくなり充分な広さの原っぱがあり、そこから湖面へと続いている。

 岸には水鳥や野生動物の姿も見え、桟橋には数艘のボートが横付けされていた。

 恐らく村の住人らは、ここから生活用水を調達しているのだろう。魚なども採れるのかもしれない。

 たしかにキャンプをするには絶好の場所だ。先ほどのそっけない態度とは裏腹に、実は親切な人だったのかもしれない。

「いきなり水浴びとかは、するなよ」

 レクトが先手を打つようにして、エリスにクギを刺した。

 

 キャンプの準備をしていると、あっという間に日が傾いてくる。

 ひとつのたき火を十人ほどが囲み、その輪が三つできる。すでに見慣れた食事風景だ。

 たき火には寸胴鍋がかかり、中には野菜のスープ。その周囲に湖で採った魚が串刺しにされて焼かれている。

 少し離れたところにはいくつものテントが並び、火の明かりを受けて複雑な影を浮かび上がらせていた。

 そして食事が済んだ頃にはすっかり日が落ち、辺りは暗闇に包まれる。

 団員たちは騒がしくない程度に談笑しながら、肉体と共に精神も休めていた。

 戦うための旅であるため、日中は常に気が張っている状態だ。緊張感を保てているのはいいことだが、やはり張りっぱなしというのは体によくない。

 こうして仲間たちと他愛のない会話を交わすことで気持ちがリフレッシュされ、明日を万全の状態で迎えられるのだ。

 エリスも同じく、そんな輪の中に加わっていた。

 皆いつも以上にリラックスしているように見えるのは、やはり人里が近くにあるからだろうか。

 『レジェーノ』で過ごした夜がどことなくピリピリしていたのを思い出すと、なんだか笑ってしまう話である。

 最後の休息ということを意識しすぎて、肩に力が入っていたのかもしれない。

 そんな直後に村に出くわしたとなれば、さぞや力が抜けていることだろう。

 ――そんな折。

「ちょっといいかな、エリスさん」

 と、クレイグが隣へ腰を下ろした。

 他の団員たち同様、武具を外した軽装である。

「ん、どうした?」

「話をしたいと思って」

 まぁ、大体そんなところだろう。

 クレイグが話とやらを切り出そうとした瞬間、

「おい」

 と、エリスは挟んで向こう隣に座るザットが口を開いた。

「お前、最近しょっちゅう姉御に近寄ってくるよな」

 言葉の矛先はクレイグへと向けられている。

 エリスは、そういえばよく話しかけられるっけ、と言われてから思い出した。

「どういう魂胆だ?」

 声には少し、尋問するようなニュアンスが含まれている。

 そんな問いかけに、クレイグは「魂胆?」と首をかしげた。

「オレは子分として、そういうのも把握しとかなきゃならねぇからな。万が一姉御が厄介なことに巻き込まれたら立つ瀬がねぇ」

 どちらかといえば、妹に悪い虫がつかないよう目を光らせる兄みたいな雰囲気である。

 ふたりの年齢的にはまさにそんな感じだ。

「別に魂胆はないけど」

 クレイグはそれを冗談と処理し、苦笑いしながら答えた。

「興味はある。津々にね」

「なぬっ?」

 そしてそんなザットから視線を外し、エリスの顔を見やる。

「いろんな段階を飛び越して『モンスターキング』を討つっていう考え方は、俺の中では衝撃だった。果たしてそんなことを思いつく人は、いったいどんな人間なのか。それは興味も持つでしょう?」

「そうだろうそうだろう」

 エリスはさも当然、というふうに「うんうん」と頷いた。

「あたしに興味をひかれない奴なんていないからな」

 断じてそんなことはないはずだが、この場にツッコむ者はいなかった。 

 

 

 火を囲った三つの輪から、ふらり、と抜け出す人影があった。

 ローブ然とした白くゆったりとした服に、少し長めの金髪。愛用の鞄を背負った足取りはやや重め。

 そして年齢よりも下に見られがちな童顔は、影になって表情をうかがうことはできなかった。

 それは、リフィク・セントランである。

 まるで人目を忍ぶように、そろりそろりと歩いていく。その進行方向は、テントではなく森だった。

「どこ行くんだ?」

 そんな姿を見つけて、エリスが声をかける。

 リフィクは、ビクリ、と体を揺らした。

「えっ、いや、ちょっと、散歩にでも……」

 目をそらして答え、そのままそそくさと歩き去る。

 木々の中に消える後ろ姿を、エリスは何を言うでもなく見送った。

「……ウソのつけない人ですね」

 クレイグが、リフィクの怪しい素振りをそう評する。

「もしくは素直というのか」

「ああいうのはバカ正直って言うんだけどな」

 彼も、正直が服を着ているようなエリスには言われたくないだろう。

「けど何の用すかね?」

 ザットが呟くように疑問をこぼす。

「あいつのことだから、あの村に女漁りに行くってわけでもねぇだろうし」

 真っ先に思いつくのがそんな理由なのだろうか。

 とはいえ、謎といえば謎である。本人は散歩と言ったが、それなら鞄まで持っていかなくてもいいだろう。

 たしかに彼が向かったのは、村があった方角ではあるが……。

「ちょっくら心配ですね」

 ザットが不安げな声を出す。

「夜の森ってのはただでさえ危険ですからね。そこをひとりなんつったら……いくらリフィクでも不用心すぎますぜ」

 山で暮らしていた彼が言うなら、相当に危険が多いのだろう。

 以前エリスが似たような状況で遭難したことも影響しているのかもしれないが。

「じゃっ、ついでにあたしらも散歩に行くか」

 愛剣だけを持って立ち上がったエリスを、ザットとクレイグは「えっ?」と疑問符を乗せて見上げた。

「あいつには悪いけど、ちょっと様子を見に行くだけだよ。安心できたらすぐ戻ってくる」

 なにより遭難した本人としては、やはり気がかりなものがある。

 心配する気持ちはザットと同じなのだ。

「ですね。このまま放っといたらロクに寝られやしねぇ」

 すぐさまザットも立ち上がる。

「お前はどうする?」

 と見上げたままのクレイグに訊ねたところ、少しだけためらったあと「お供するよ」という答えが返ってきた。

 

 

 リフィクの時と同じように、皆の輪から外れようとしている者がいた。

 正確には、者ではなく者たち。レクトとパルヴィーのふたりである。

 そんな姿を目ざとく見つけたエリスは、無遠慮に歩いていって彼の腕を引っ張った。

「お前も付き合え」

「ちょっと!」

 本人よりも早くパルヴィーから抗議の声が飛んでくる。

 そして、エリスとは反対の腕をつかんだ。

 はたから見ると、ひとりの男を取り合うふたりの女の図、である。あながち間違ってもいないが。

 レクトは助け舟を求めるように、ザットとクレイグのほうを見る。しかしふたりとも完全に静観態勢だった。

「そういうのはルール違反でしょ?」

「何のルールだよ。お前も一緒に来ればいいだろ」

 エリスはまどろっこしそうに、改めて誘う。

「……どこに? なにに?」

「単なる散歩だよ。まぁ、なんか面白そうなものが見れるかもしれないけど」

「面白そうなもの? うーん……じゃあ行く」

 パルヴィーはわりとあっさりとそう決め、エリスと同じ方向へ歩き出した。

 レクトは自分の意志を鮮やかに無視され、ふたりの少女に腕を引っ張られていく。

 助け舟を求めるようにザットとクレイグのほうを見たが、ふたりとも完全に静観態勢だった。

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