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序章「燃えろ! オーバーフレア」(1)

 

「イカれてるぜ、この野郎!」

 激戦の剣林飛び交う最中、『モンスター』のひとりが口汚く罵った。

「ぬかせ! あたしが野郎に見えるてめぇの目のほうがイカれてんだよ!」

 正面で剣を受ける少女が苛烈に言い返す。

「このイヌ野郎がっ!」

 言葉に呼応するように、後方から援護の矢が飛んできた。それは彼女の前に構える『モンスター』の右目に直撃し、痛みに悶絶させる。

 がら空きになった胴めがけて斬りかかる少女の剣が、その時、ごうごうたる炎を刃にまとった。

 なにもないところから生み出されたかのように。

「オーバーフレア!」 

 炎の剣が、目の前の敵をひと断ちする。斬り裂いた箇所から火が燃え移り、たちまち『モンスター』は火だるまと化した。

 断末魔が轟く。

 

 

 旅人、リフィク・セントランが目撃したのはそんな光景だった。

 神官然とした白いローブにマント。二十代なかばという実年齢よりも下に見られがちな童顔が、呆気に取られたように口を半開いている。

 旅歩きの道中、彼は辺境の村『フィオネイラ』へと立ち寄った。荒野と草原のはざまに位置する小じんまりとした村である。

 そんな村の入り口で、着いた早々それに出くわしてしまったのだ。

 人間と『モンスター』の戦いに。 

 様々なところを旅してきたリフィクにしてみても、それは驚きを禁じ得ない光景であった。人間がモンスターに歯向かうなどというのは。

 二十人ほどの人間たちは、ざっと見る限り大人の男ばかりである。恐らくこの村の住人なのだろう。使い古された『レザーアーマー』を身に、剣や槍、弓矢を手に立ち向かっている。

 どことなく山賊のようだ、とリフィクは一瞬だけ呑気に思った。

 対する『モンスター』たちは、全身が銀色の毛で覆われ、前方に尖った口元から牙がのぞき、頭頂の両側に三角形の耳がピンと立っているといった風貌。

 ちょうど狼に似た種族のようである。

 数は人間たちより少ないだろう。一様に鉄製の胸鎧をつけ、やはり剣や槍などを手にしている。

 数の上では互角に見えるが、戦況は人間たちが劣勢のようだった。

 無理もない。一般的に人間よりも『モンスター』のほうが体も大きく力も強いからだ。現にぱっと見ただけでも、その狼族は戦っている男たちの一.五倍はある。

 元々より不利な勝負。

 人間たちも互いに協力し合って奮戦しているが、それもどこまで保つのかわからなかった。

「……どうしましょう……」

 リフィクはつい、戸惑いを口にしてしまった。

 迷っているのだ。

 亜人、獣人、魔人、化け物。地域によって差異はあるものの、通俗的な呼び名は『モンスター』。彼らは、この世界の支配者なのだ。

 圧倒的な力を振りかざす弱肉強食の体現者たち。彼らは人間を襲い、蹂躙し、そして文字通りに食らう。

 リフィクも当然、逆らおうとは考えもしなかった。

 しかし目の前の人間たちは、戦っているのだ。そんな常識などものともしていないように。

 そして敗れようとしている。

 そんな彼らを、リフィクは見殺しにはできなかった。見て見ぬふりなど。決して。

 だから迷っているのだ。手を出すべきか、出さざるべきかを。

 その時。

「ぐあああっ!」

 人間たちのあいだから、大きなうめき声が上がった。

 モンスターの振るった得物が直撃し、彼らのひとりが傷を受けたのだ。しかも、かなり深い。遠くから見ているリフィクでさえもそれが致命傷だとわかった。

 おびただしい量の血が地面にまき散らされる。

 その凄惨さによる衝撃が、リフィクの背中を後押しした。

 彼の体がほのかに輝く。

「……フラッシュジャベリン!」

 そして。リフィクの周囲から、無数の光がまるで矢のように射ち出された。

 それは空を駆け、モンスターの陣営へと襲いかかる。おおよそ半数を、その光が貫いた。倒れるモンスターたち。

 突然の乱入による動揺か、両陣営の動きがぴたりと止まる。

 そこから最も早く動いたのは、たくましい男たちの中に混ざった、ただひとりの少女だった。

 年の頃は十代後半。外にハネた短い茶髪に赤いハチマキを巻いた、勇ましい顔つき。

「オーバーフレアぁっ!」

 彼女の振るう剣から炎が生まれ、モンスターの一体を斬り倒した。

 それが合図となったように、再び戦鐘がかき鳴らされる。

 しかしモンスターたちは、リフィクの攻撃によって戦力を半減させられていた。

 数での圧倒。戦況は見るまに反転していった。

「……次はこうはいかん! 覚えていろっ!」

 やがて既視感にまみれた捨て台詞を吐き、わずかに残ったモンスターが誰からともなく退却していく。

 それは村人側の、ひとまずの勝利を意味していた。

 リフィクはほっと胸をなで下ろし、すぐさま彼らのもとへと駆け出した。 

 

 

「誰が覚えててやるかっ! 顔の見分けなんかつかねぇよっ!」

 律儀なのか無粋なのか、わざわざ捨て台詞に言い返す少女がいる。名はエリス・エーツェル。

 退散する『モンスター』たちをにらみつけてはいたが、

「しっかりしろ、レクト!」

 という仲間の叫びを聞き、背後へ振り返った。

 そして息せききるように走り出す。

 モンスターの攻撃によって大ダメージを受けてしまったことは、戦闘中も目に入っていた。

 胸元に真っ赤に染めた青年、レクトは仰向けに倒れている。その周りを彼やエリスと同じ『自警団』の面々が取り囲んでいた。

 他のみんなも大なり小なり傷を負っているが、命に関わるほどの重傷は彼だけのようであった。

 すでに顔からは血の気が引き、呼吸も弱々しくなっている。

「レクト! 死んだら承知しねぇぞ!」

「早く医者つれてこい!」

「止血だ! 止血!」

 仲間たちは一様に、自分のケガなど後回しにして彼の処置に奔走していた。

 とはいえ。彼は素人目に見てももう手遅れであった。いまわのきわ。血は止まらずどんどんと流れ出てきている。

 しかし周囲の仲間たちの表情には、決してあきらめは浮かんでいなかった。

 そんなところへ。

「すみませんっ、通してくださいっ……」

 仲間たちの野太い声に紛れて、相反する細い声がなにやら割り込んできた。

 エリスは、こんな時にどこの脳天気だ、とそちらを見やる。 

 声の通りに割り込んできたのは、やはり声の通りに線の細そうな若い男だった。ややウェーブがかった金髪にタレ気味の目。白っぽい、旅人なのか聖職者なのかよくわからない服装をしている。

「すみませんっ……失礼します」

 若い男はレクトへ駆け寄ると、大量の血を見てはっとしたように息を呑んだ。

「なんだ、あんたっ! 医者か!?」

 仲間のひとりが懐疑の瞳を送る。

「いえ、残念ながら……ご希望にそえられなくて。しかし、彼は僕がなんとかしてみます」

 口調はともあれ表情は真剣に、若い男はヒザを落とし、レクトの体へと手をかざした。

「ヒーリングシェア……!」 

 そしてなにかを呟くと、彼の手がほのかに光を帯び始める。

 するとあろうことか、レクトの胸にざっくりと開いていたはずの傷が、見る見るうちに小さくなっていった。

 周囲が驚きの声を上げ、どよめく。

 やがてレクトの傷口がぴったりと閉じ、彼の顔から苦痛の色が消え去っていた。

「はぁ……」

 安堵と疲労を混ぜ合わせたように、若い男が深い息を吐く。

「他に、ケガのある方はこちらに」

 驚きのあまり呆然としていた仲間たちであったが、その言葉によって我に返り一斉に歓喜の声を響き渡らせた。

 レクトの命を取りとめたことと、今の光景の神秘さを称えるように。

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