盲目(シリアス/ファンタジー)
ブログ短編
「いけません」
そう言って僕の手をつかんだ顔が哀しそうに顰められているのを見ても、もう僕は何の感慨も沸かなかった。
ただ無感動に目の前の人物を見遣っている。それだけの反応しか、起こす気が起きなかった。
けれど、そんな僕が不満だったのか、彼は更に眉根を寄せて口を開いた。
「人は平等ではないのです」
生まれつき価値のある者がいれば、それがない者もいる。初めは持っていなくても、素質が花開いて手にする者もいる。
けれど、そんなの一握りしかいないのだ。
じゃあ、それにあぶれた物はどうしたらいいって言うのだろうか。
つかまれた手から、もう片方の自由な方の手に柄を持ち替える。そして阻まれていたことを為そうとしたら、今度はさっきよりも強く自由だった手をもつかまれてしまった。
何をするのかと問うつもりで再び相手に目を向ける。
離せ、と喉元に仕込んでいた言葉は、けれど見たことがないほどに強い視線の前に、魂を得る前にしぼんで消えてしまった。
「いいですか」
よく聴きなさい。そう言って、更に彼は言葉を繋いだ。
「あなたは見ず知らず、会ったこともその存在を知りもしない人物の罵倒に傷つきますか?貴方を軽視し、蔑視している人物が貴方の言葉に重きを置いて貴方へ敬虔の念を抱くことが簡単に起こることだと思いますか?貴方が友と思い慕っていた者からの罵声と、初めから無意味に貴方を嫌悪していた物からの罵声の衝撃は同じですか?それはまるで重みの違うものではありませんでしたか?」
声は尚も降って来る。
「人の価値は違うのです。同じ者でも他によって価値は全く違うのです。与えられる価値は平等ではないのです。では、貴方は何に萎縮するのです。こんなに」
手が軽くなり、代わりに伸びてきた指が頬に触れる。
親指を擦り付けられた後、軽く上向くように促されるが、僕はそれに従わなかった。
微かな嘆息が零れたのが聞こえた後、頬の指はそのままに、もう片方の手が後頭部に回されて、僕は彼の腹に顔を押し当てられてられた。目元に触れるシャツは柔らかく、じわじわと湿っていっても柔らかさは損なわれなかった。
「こんなに、貴方に価値を見出している者がいるのに、貴方が傷つく必要がどこにあるのですか?誰よりも貴方を理解している私の価値は、貴方にとっても決して低い物ではないでしょう?」
それでも。
言葉は為せず、代わりに強く彼にしがみつく。
それでも、僕はそれだけじゃ嫌なんだ。そう思う貪欲な僕が、思ってしまう浅ましい僕が、何よりも嫌いだと思うのに。それでも渇望はやまないんだ。
しがみついた僕の手の上から彼の手が置かれる。
「それでも満足できないのなら、現状を変える努力をすればいいのです。貴方の価値をゆるぎないものになさい。…決して容易いことではなきにしろ、不可能なことではないでしょう」
それが成されるまで、私の価値だけで満足なさい。
そういって、彼は僕を温めてくれた。
足元にカシャンと金属の落ちた音が響いた。
(2007/12/14)