かわやの話(トンチ?/和風)
昔ばなし風のちょっとホラーな、ある意味気付いてしまえば笑い話にもなる話。
むかしむかし、ある所にかわやさんがありました。かわやさんは村でとても有名でした。その頃、かわやとは便所のことをいっていて、それは土にふかーい穴をえっちらおっちら掘って、掘って、掘ってして作ったものが普通でしたから、村人はみな、かわやさんとは家の中全部が便所なのだといっているのだと思っていたのです。村人たちはかわやさんの家の前を通るたんびに、やれ早く通らなきゃ匂いがうつる、やれ変なにおいがするなぁ、とはやし立てては哂っていたのでした。
ある日もそうやってからかってやろうと、一人の村人が笑みを抑えられない顔をこさえてかわやさんの前までやってきました。けれど、とある妙なことに気付いたのです。家中がかわやなら、そりゃあ肥しの匂いがすごいだろうに、そんなものはちっともしないのです。いつも閉まっている玄関の戸の隙間に鼻をつけてみても何のにおいもしません。もしかしてかわやさんは便所やさんのことではないのかと疑問が湧いてきました。そうなると答えを知りたくて知りたくて居ても立ってもいられずに、とうとうその男はかわやさんの扉を開けた最初の村人になったのでした。
その夜。男がいつまで経っても帰ってこないことを不思議に思った女房は、男のいそうな屋台やら賭場やらをさがし歩きました。しかし男は見つかりません。村の人にきいてみても知らないよ、という返事しかかえってきませんでした。ほとほと心配になって村中をさがしまわっていた女房は、こんな時分に家を抜け出して遊んでいたいたずら小僧に会いました。女房は普段なら叱りつける小僧に、藁にもすがる気持ちで男を知らないかとたずねると、なんと小僧は男がかわやさんへ入って行くのを見たといいました。けれど女房はそんな馬鹿なことがあるわけがない、だってあそこはくさいじゃないか、と言って小僧の言葉を信じようとはしませんでした。小僧はムッとして、ウソじゃない、おいらはおじさんが不思議そうな顔してかわやに入っていくのをみたんだい、と怒鳴ってどこかへ走っていってしまいました。女房は小僧の話を信じることはできないながら、他に何の手がかりもなかったので、仕方なくかわやさんへ行ってみることにしました。
次の日、朝になっても畑に出てこない男とその女房を不思議に思った隣の夫婦が、男たちの家へいくと、そこには晩御飯が手をつけられないまま冷えて残っているのを見つけました。あれまぁどこへ行ったんだろうとそのまま帰っていきましたが、次の日も、その次の日も隣家には明かりが灯ることはありませんでした。こりゃあおかしいと思った隣の夫婦は長老のところへ話しにいくことにしました。しかし報告で終わるはずの話はそこで聞かされた、似たような村人のいくつかの話のせいでずっと頭の中にこびりついて離れませんでした。似たような話は日が過ぎるごとにちょっとずつ増えていき、やがて村の半分の人たちがいなくなってしまいました。
こうなると長老や村長も黙っていることはできず、たびたび話に上がるかわやさんへ訪ねて行って、直接話を聞いてこようと言うことになりました。畑仕事が終わった幾人かの残った村人の少しを連れて村長の一団はかわやさんへ乗り込みます。何人もが入ったままかえってこないと言うかわやさんの戸に手をかけると、喉をゴクリと一回鳴らしてから思い切りガタンッと力いっぱい横に引きました。するとどうでしょう。かわやさんの中には目の前には見たこともない顔の人間が、帰ってこない村人の数と同じだけ座っているではありませんか。中の様子を見て、ずっと便所だらけなのだと思っていたかわやさんが、そうではなかったことに村人はようやく気付きました。
けれどそれじゃあかわやさんは何屋さんだったのか、いなくなった村人はどこへ行ってしまったのか、村長は首を捻ります。そこへ奥からおっとりとした笑みを浮かべた、やたらと掘りの深い顔をした男が出てきていいました。
これはまた一度にたくさんのお客様が来なさった。今までだあれも来やしなかったのに最近はいっぱいお客様が来るもんだからちょっと道具が足りなくなりましてね、すこーし待っていただくことになっちまうんですが勘弁してくださいね。ああでもご安心下さい、ちゃあんと新しい気に入るような素敵な皮をご用意しますから。さ、まずは空いてるところに座ってお茶でもどうぞ。
村長はぽっかり口を開けて言われたことの意味をゆっくりと飲みこんでいきます。男は皮を用意すると言った。それも新しい皮だと言った。それはつまりどういうことか…。最後の最後で答えがわからなくて悶々としている村長を置いて、男はさっさと奥へ戻ってしまいました。その代わりのように一人のこれまた見知らぬ男が村長に話しかけてきました。気心が知れた風に話かけてくる男の声に、村長は聞き覚えがありました。それは確かに、最初にいなくなった村長とは竹馬の間柄の男の声でした。
そうしてしばらく経って、村長、長老、その他半分の村人と、残りの半分の村人は新しい皮をかぶったどれが誰なのか覚えきれずに、また、覚えてもすぐにまた違う顔になってしまう様にたいそう苦労したと言うことです。
苦労はするけどみんなでそれを楽しんでいる様子を見て、水面に映った見慣れない顔を見つめながら長老も楽しそうにわらいます。しかし、時々ふっと気になることがありました。これだけたくさんの皮をかぶっているのに、前と同じ皮を被っている人は一人たりとも見たことがありません。それだけたくさんの皮を、あのかわやさんは一体どうやって用意したのだろうか。不思議ではあるけども、それをかわやさんに聞いてみたいけども、もし、それが知ってはいけないことだとしたら、今度こそ帰ってこられないのではないかと思うとどうしてもできないでいるのでした。
(2007/6/28)