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短編集  作者: かわ
一話完結
25/28

観察者の底意地(コメディ?)

ブログ短編

 瞼を持ちあげることに、かつてこれほど苦労したことがないと思うほどギスギスしている。余分な力が入っているのか、せっかく開いた瞼が痙攣して今にも閉じてしまいそうだ。

 間近で聞こえ、瞼を開くっかけとなった人声の大元を探して眼球を動かすと、やはりこちらもぎちぎちとしか動かない。

 一体これはどうしたことかと疑問が浮かぶのと同時に、その声は放たれた。

「俺のすべてを、あなたに捧げさせてください」

 …一体、何事だろうか。


 医師や親族とやらの怒涛の訪問がひと段落し、漸く詰めた息を吐いた。どうやら長期間眠っていた、いや、半ば植物状態となっていたところからの目覚めに彼らはいろいろな反応を見せた。驚く者、不快そうな者、興味を持つ者、喜ぶ者。そしてばつの悪そうな者が、それぞれ複数。

 目覚めのきっかけとなった二人はそれぞれに違う反応を示したが、それほど特出した反応を示しはしなかった。むしろ、ありきたりなつまらない反応を言えるだろう。

 察するところ、彼らは聞く者がいないとたかを括って、よりにもよって病人のいる病室内で大告白劇を展開するという奇行を繰り広げていたというのに、凡庸なその後の反応が残念でならない。そんな奇行を冒した一人は我が家の、というよりも一族の使用人、もう一人は一族の人間で従兄にあたる人物らしい。なるほど、驚き、そしてばつも悪くなるわけだ。


 目は醒めたものの、すぐに退院とはいかないらしく数週間は検査漬けの日々を送らなくてはならないらしい。足の機能も衰えていることもあり、歩行訓練も兼ねていん内の散歩に空き時間を費やしていると、件の従兄殿が同行してくる。もちろん、心酔ベタ惚れ駄犬状態の従者殿も一緒だ。

 所で余談だが、従者というのは主人の半歩後ろを付き従うように歩くものだと思っていたが、どうやらその認識は正しくないらしい。

 従者殿は懸想人の隣を奪われまいと思っているのかは知らないが、従兄殿の隣に強力接着剤を塗りたくったかのように張り付いて離れない。三人並んでは対向者の邪魔になってしまうので、前から二人と一人に別れて帯となっている。これではどちらが従者か分からないではないか従者殿。こうなれば従者役に徹し、二人を背後から観察することに努めようではないか。勿論、慎ましい所作や丁寧な物言いも忘れてはならない要素だと、まずは一人称を整える事にしよう。…従者も楽ではないと、早くも思い知る。

 従兄殿はと言えば困った表情を浮かべつつも状況に気づくこともなく受け入れていることから、満更でもなく感じているのではないかと予想くしている。目覚めて以降、この二人の観察くらいしか面白みのない日々を送っている物からすれば、そろそろ何らかの進展があって欲しい所だ。もう一押し、頑張れ従者殿。振られるなり捥ぎ取るなりしてくれ。

 二人の後をよたよたと付き従いながら、眠っている間に世は随分と進化したらしいと感じる。医療システム、テレビ、それを通じて知る世界にしてもそうだが、何よりこの二人。元気溌剌に動いていた頃には見られなかった男同士でのほれたはれたの愛憎劇は、時の流れをいまいちつかみ切れずにいた感情を怒涛の勢いで突き動かした。だがしかし公の場での猛アタックは控えてほしいと思うのが今の心境だ従者殿。従兄殿も浸ってないで止めるくらいの建前を身につければいいものを。これでは傍から見れば従者の位置にいる身のこちらの方が恥ずかしいぞ当人等め。

 この恥ずかしいで賞を総なめできそうな責め苦は入院中も、そして退院して屋敷と呼ばれる邸宅の庭を散策中も絶えることなく催された。

 院内のように対向者とすれ違う事はなくなったが、身についた習慣か二人の一人に別れて歩く位置関係は変わらずにいる。妙なところで奥手な二人ははなかなか進展を見せず、最近は観察することにも飽き始め、いつ付き添いを断るかという段に来ている。とはいえ、この二人の行く末が気になるのも事実。あの病室での勢いをもう一度見せてもらいたい思いが、付き添い辞退申し出の妨げとなっている。

 今日も今日とて初々しいを通り越し、鬱陶しいの域に達している二人から目をそらして広い庭を眺める。

 そこここへ配された植木などの感覚は絶妙で、どの位置から見ても互いが互いを生かす見せ方を呈している。それはそれで美しいとも言えるが、けれど自然的でない作られた美しさは今ひとつ迫力に欠ける。

 眠りにつく以前の記憶がどうしてだか判然としないが、そう感じるからには自然体の持つ迫力というものを身を持って知ることのできる環境に身を置いていたのではないかと思う。想像するのは簡単だが、けれどどうしても眠りこんだ原因を探ることは難しい。

 事故、過失。偶然起こったことか必然的に起こされたことか、それすら断定は難しかった。体に残る痕跡は全くと言っていいほど見られないことから、おそらくは心因性の健忘。故に医師や庇護者から芳しい情報は得られなかった。とすれば、この一族の半端者が頼りと思ったが、誰一人として目ぼしい情報を教えられたものはいなかった。

 そんなことを思い出していると、ふと足音が多く響くことに気づいた。広い庭で、しかも高々足音だ。遠くの音が響いてくるとも思えない。そうしているうちに段々と複数の足音が近づき、音の数だけの見知らぬ人間が垣根を作った。

 そしてあっけなく私が羽交い絞めにされても従者殿は従兄殿を庇い謎の男たちと格闘を続けた。頑張れ従者殿。ここで従兄殿を護りきれば想い成就はすぐそこだ、などとのんきなことを考えていると、男たちの怒声がさらに焦りを帯びて強くなるのが伝わった。

「何してる、狙いは樫崎の後継者だけだ。足止めだけして早く散れ!」

 主犯格らしき男の声を境に、男たちは従者殿に一斉に取り掛かり、残った声の主が従兄殿へと取り掛かった。

 ああ、馬鹿な奴等め。

 男たちは数に任せて従者殿をやり込めると、目的とする人物を取り違えているのにも気づかずに撤収を始めた。

 くずおれる従者殿を目にした従兄殿の悲痛な声を聞きながら、腹の痛みを堪えて必死に男等の顔を目に焼き付ける。

 男たちは浅はかだ。長年眠り続けていたらしい私が、何よりも自失を恐れることによって気絶せずにいられたことに気付かなかった。そして標的の顔すら知らず、立ち位置のみで従兄殿を私と勘違いして連れ去ってしまった。

 男たちは浅はかで、そして愚かだ。それ故に決して従兄殿が私でないことに気付かれてはならない。愚か者は己のミスを目の当たりにすると何をするか分からない。それは推測ではなく、確信として知っているようだ。

 何としても従兄殿を無事に取り戻さねば。その思いだけで痛む腹を抱え、従者殿を起こすべく這う。

 内心に、味わった覚えのない、具体的な焦りと恐怖が渦巻く。この思いを、あの従兄殿にも味わわせるわけにはいかない。彼には今のまま、無垢のままでいてほしかった。


 従兄殿と従者殿の行く末を見届けることが、私の最大の楽しみであるのだから。






(2009/02/07)

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