ワレナベ(コメディ)
ブログ短編
「俺さー、思うんだけど」
出た、加賀見の"思うんだけど"戦法。
内心冷や汗を流しながら、それをおくびにも出さず平静を装って「何が」と返す。
「俺達ってさ、なーんか風呂敷みたいじゃねー?」
「……どういう意味だ?」
今度はまた何を言い出すのかと身構えてみたが、敵はそんな俺の足元を陥没させる攻撃に出た。風呂敷ってなんだ、風呂敷って。
いや、風呂敷と言う存在自体を知らないわけじゃあない。古くは戦国の世辺りで旅荷物なんかを包むのに使ってた気がする、和風鞄のようなものだろう。昨今でもあまり見かけなくはなったが、俺の祖母なんかも確か愛用していたはずだ。…そういえば祖母は元気にしているだろうか。そろそろ白寿も迎えようと言うのに、近年はまったという海外旅行へあちこち飛び回っているために碌に会えもしないのだが…まああの人は便りがないのはいい便りの典型みたいな人だし、心配はないだろう。
なんて密かに現実逃避をしていたが、のんびりした加賀見の言葉が俺を現実へ呼び戻す。
「だってさー、アレって平べったい原形は同じなのに、畳み方とか中身とかで形変わるじゃん?てか、たたむのが下手だったら中身が零れたりしそうだし、零れたものが本音だったりボロだったりうっかり理性だったりしたらさ、それお前そのものじゃん」
そのものじゃん、なんて言われても。俺にどういう反応をしろと言うんだお前は?大体俺は神経質なんだよ。中身が零れるようなお粗末な包み方をするなんて加賀見じゃあるまいに
「ほら本音零れてるし」
「え…っ」
くつくつ笑いながら加賀見に指摘され、俺は今初めて思考を垂れ流していたことに気付いてバツが悪くなる。
「うん。でも、お前の風呂敷はきっちり縛ってありそうだ。で、『俺完璧~』とか思ってても底にでかい穴が空いてそうだよな」
「…じゃあ加賀見の風呂敷はどうなんだよ」
半ばやけになっていたのか、返す声は思った以上につけんどんになった俺の問いに、加賀見は更に声を上げて楽しそうに笑い出した。
「俺のは中身がいっぱいすぎてたためないよ。端っこを縛っても反対側からぼとぼと落ちるし、その反対も同じことになりそうだし」
加賀見の自己分析を聞き、ふと脳裏に浮かんだその姿のあまりの合致具合に俺も思わず笑が零れた。
「なんだ。それじゃあお前のは風呂敷じゃなくてただの布じゃないか」
そう冗談半分に返せば、加賀見はにこりと笑って、
「うん。だから俺の中身は半分お前に預ける。それで俺の風呂敷を縛れるよう、お前が頑張ってくれるんだろ」
なんだそれ。
俺はお前の世話係か。
思い浮かんだのはそんな憎まれ口ばかりだったが、口をついて出たのは別の言葉。
「お前の中身で俺の風呂敷が包めなくなったらどうしてくれるんだ」
ボソリと呟いた俺の言葉に、加賀見は笑みを深めて答える。
その言葉に、俺は自分の顔面が真っ赤になったことが不思議なくらいよくわかった。
それは単なる刹那の思いつけではないと、信じてもいいのだろうか。
答えはわからないままに、俺たちの時間は折り重なって行く。
(2008/08/28)