情(シリアス)
ブログ短編
キミのその無遠慮な優しさが、僕はずっと憎かった。
キミの懐が途轍もなく広いのか、それともただ何も考えていないのか、僕には未だにわからない。
ただ時折見せるキミの細められた視線が、何故か背筋が凍るほど恐いと言う不可解な事実だけだった。
「カナト」
黙々と焚き上げられ、空へ消えて行くもはや環境汚染物質と化したそれを見上げていると、頭上から降ってくる声と、緩く首を囲ってくる腕。
それが誰のものであるのか疑問を持つこともない僕はされるがままで、視線の一つさえ向けることはしない。
僕の心は今にも雨が降りそうな曇天が広がっているのに、現実の空は残酷な青がどこまでも続いている。当たり前のことなのに、その当たり前が理不尽だと、そう思う程度には余裕が戻ってきている自分を我ながら情が薄いと嗤った。
「カーナト。こっち見て、カナ?」
けれど。けれど、と僕は思う。
僕は確かに情が薄いが、それは彼らも同じだった。僕へ向けられるのは温かな温度のある"情"ではなく、強いて名を付けるなら"冷情"と言うものだろう、冷ややかな認識。
僕の劣悪たるを上げ連ねては喜ぶ彼らと、その先で持ち上げられた傲慢な彼を喪ったとて動く情は僕の中にはない。
だから、僕は確かに情を知らない分、情に薄いかもしれないが、全くの無情ではないと思っている。
僕が今何も感じないのは、全て彼らの自業自得。因果応報とか、多分そんなものと同義だ。
「哉人、こっちを向いて」
同時に回されていた手が僕の顎をグッと掴む。
その痛みに思わず身じろぐとぱらぱら落ちてきた水滴がキミの手を濡らしたのがわかった。
「哉人には、すっと俺がついていてあげる。寂しい思いなんて、もうしなくていいんだからね?」
だから…と続いたキミの言葉はやはり無遠慮な優しさしか含まない。
僕は認めない。あんな人たちのために流す涙なんてものがあることを、どうして認められるというのか。
「…妬けるな……」
ぽつりと溢された冷気に僕はゾクリと背を凍らせながらもキミを見てしまった。キミは冷たく目を眇めながら僕に目を向け、僕以外の何かをじっと見据えていた。
そして独り言のように紡がれた言葉に、ああやはり、と、納得してしまったのだ。
僕はキミが恐い。
その瞳が、その執着心が、その、独占欲が。
キミはいつか、僕と言う存在を投げ出すかもしれないのに、そうされた跡の僕にはきっともう何も残っていない。キミによって作られたキミだけを心に残した僕はきっと、そうなった後、絶望も感じることはできないに違いない。
「あんな奴等にカナはあげない。カナには俺がいればそれでいいでしょ?」
けれど唯一の救いは、キミが奪った僕の中身がキミに吸い取られるのではなく、ただ消滅していくということ。
キミが僕以外をその内側に閉じ込めるのはずっと先だろうと、保証もない事象を夢想できることだけ。
「俺にはカナしか要らないんだから」
キミの手が赤く染められた幻に犯されながら、愛おし気に僕の頬を撫でるのを感受し、そして全てを拒絶するように僕は瞼を閉じた。
(2008/07/25)