おもいで(ほのぼの)
ブログ短編※知らない人について行ってはいけません
目を閉じて、その時の光景を思い浮かべる。
それはもう随分と昔のことで、ところどころが薄ぼやけていて、最早それがどこであったかなんて思い出せない。それほど昔の記憶。
僕はまだ幼くて、疑いもせずに誰にでもついていってしまう、少々おつむの足りないガキだった。そんな誘拐にはもってこいと思われる僕がこれまでを平穏無事に過ごしてこられたのは、一重にどんこにでも転がっている顔と、見るからに一般家庭のそれほど裕福でもない、本当に普通の経済状況の家庭だとわかる恰好をしていたからだろうか。
あるとき、僕は近所の少し大きな公園で一人で遊んでいた。目線の先には同じ年頃の子供。一緒に遊びたいと思ったのかどうかは覚えていないが、昔から口下手で人と仲良くなることが苦手だったのはよく覚えている。
ひとり遊具で遊んでいると、近所に住んでいるのだろうか、公園適齢期を過ぎたお兄さんが見えた。彼が何をしていたのか、どうやって仲良くなったのかもよく覚えていない。僕が一方的に懐いてまとわり付いていただけかも知れないが、彼は僕の遊び相手になってくれた。
暫く遊んだ後、彼はやはり近所にあるらしい自宅へ帰ると言ってきたが、折角できた遊び友達を僕は手放したくなくて、駄々を捏ねて彼の後を着いていった。
彼は困ったように何度も僕に公園へ帰るように言ったが、僕はニコニコして聞き流した。急な坂を登り、庭に柿木が植わった家を通り過ぎてほんの少し歩くともう彼の家へ着いてしまった。
僕にはそれがとても残念だったけれど、それでもまだ公園へ戻る気にはなれなくて、彼の用事を手伝った。彼は諦めたのか僕に帰るようにと説得するようなことはしなかった。ただ呆れたように、自分が悪人で誘拐犯だったらどうするのか、とか、もうこうやって知らない人について行っちゃだめだよ、と僕を諭した。それに対し、ホントに悪い人ならそんなことは言わないんだよ、と、恐らく得意そうに言い放ったのを覚えている。我ながら、小生意気なガキだ。
その後、彼の手伝いも終わってしまってしょんぼりしていると、彼は僕を車に乗せて近くのスーパーへ連れて行った。そして、お手伝いのご褒美にお菓子を買ってくれると言った。
僕にはご褒美を貰うつもりなんか全くなくて、それを伝えても納得してくれない彼に、初めて悪いことをしてしまったんだなと申し訳なくなった。
辞退しても引き下がってくれない彼に負けて、遠慮しいしい好きなお菓子を一つ買ってもらった後、彼にあった公園へ車で送られた。
今ではもう殆ど顔も覚えていない彼だけれど、その後の僕が彼と過ごせた短いけれど楽しかった一人じゃない時間を忘れられなくて、積極的に周囲に声をかけられるきっかけをくれたのは事実だ。自分を通すことで相手の気を揉ませてしまうことへの罪悪感を教えてくれたのも、彼だ。
その記憶をくれた彼に、今でも僕は感謝が止まない。
僕は今きっと彼と同じくらいの年齢で、だからこそ、貰ったかけがえのない記憶を嘗ての僕のような世間知らずな子供に還元できればと思えてならない。
(2008/04/11)