温度(シリアス)
ブログ短編
「わたし、ちゃんと笑えていたかな」
夕日に照らされた堤防の上を歩きながら。静かに零れる露のような声が落ちた。
「何故だろう、口がね、もごもごするの。でも」
ちゃんと笑えたよね、と、項を晒して半ば縋るように、呟く。
俺はその言葉に何も返してやることができなくて、ただゆっくりと後を追った。
するとカナエはするりと口唇に弧を描かせて、
「きみは何も言ってくれないね」
と、声を緩めて呟いた。
できるなら慰めを――
共に痛みを感じたい。
そうできればどんなに良いか。
けれどそれは報われない俺の願望でしかなかった。
「ねえ、そこにいる?」
そう言って伸ばした手は、俺に触れずに空を掻く。
カナエはそれを当然のことのように受け入れて、伸ばした手を地に垂らした。けれどその心境とは逆に表情に微かな苦さが浮かんだのは、きっと俺の気のせいなんかではなかった。
確かだと思っていたモノが不確かな幻であったなら、不確かな存在が何より確かなモノとなることが赦されても良い筈だ。赦されたって、構わないだろう。
今、この瞬間だけならば。
夏の残り陽に火照る有機に、伝えられない言葉を込めて腕を回す。
そして一言、
「冷たいね」
涙が零れた。
(2008/03/16)