表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

【超短編】悪役令嬢の末路

作者: しらたま
掲載日:2026/07/27

 シャンデリアの光が、磨きあげられた床に溶けて揺れている。

 私、セシリア・オーバーンは、その光のなかを進んでいく。


 すれ違う令嬢たちが、ふいに口をつぐむ。通り過ぎたあとから睨みつけられ、なかには、わざと足を出してわたしを転ばせようとする者までいた。


 こんなことが、ここ最近ずっと、わたしの身に起きている。

 

 広間の奥に、ある男の姿を見つけた。エドガー・ロンブリル、伯爵家の跡継ぎ。

 人の輪の中心にいて、けれど退屈そうに、庭へ続くガラス扉のほうへと一人で歩いていく。

 

「……いまなら」


 わたしは、勇気を出してそのあとを追った。

 

 温室の空気は、夜気を吸って冷たかった。

 ガラスの天井の向こうの月光が私たちだけを照らす。その中で奥の噴水が、水音を立てている。


 エドガー様は、その縁に手をかけて、こちらを振り返った。

 

「セシリア嬢。こんなところで一体?」

「追ってきてしまいました。申し訳ございません。でも、どうしても、二人きりでお話ししたかったのです。あの子の目のないところで」

「あの子とはリーナ嬢のことですか?」

 

 エドガー様の問いに私は小さく頷いた。そして、周りを気にするように見渡した。


「ええ、あなたもご存じですね。いつも取り巻きを従えて、皆を見下している、あの方です」

 

 首を振って、誰もいないことを確認したわたしはそう続けた。

 

「リーナは、わたしのすべてを奪っていきました。今のわたしにできるのは、舞踏会の片隅でひっそりと立ち尽くすほかありません」

「そうですか」

「それだけではありません。かつて、わたしの婚約者も同然だったあなた様まで……。エドガー様、リーナが何を吹き込んだのかは存じません。ですが、どうかお気をつけください。あなた様は、彼女に騙されているのです!」

 

 エドガー様の表情は、月明かりのなかでも判然としなかった。


 しかし、近頃の彼がリーナへ向ける眼差しを知っている。だからこそ、これしきの訴えでその心が揺らぐはずもないと、わたしは痛いほど理解していた。


 わたしは続けた。


「わたしにまつわる悪い噂は、すべてリーナが流したものです。わたしが彼女を虐げているなどという話も、最初に言い出したのはリーナでした。言葉はよろしくありませんが、彼女は『悪役令嬢』そのものです!」

「セシリア嬢――」

「お願いです、エドガー様。どうか目を覚ましてください! わたしたちの婚約は、そんなに軽いものだったのですか? あの日交わした約束は、すべて偽りだったのでしょうか!」


 わたしはエドガー様へ一歩近づいた。


 気づけば、頬を伝う涙は止まらなくなっていた。みっともないことなど構っていられない。子どものように泣きじゃくりながら地面に膝をつき、わたしは彼の衣の裾へと縋りついた。


 わたしにできることは、もうこれしかなかった。


 ただ、信じてほしかっただけ。


 しかし、そのときだった。


 ガラス戸が開き、一人の令嬢が温室へ足を踏み入れる。エドガー様の視線は、たちまちその姿に吸い寄せられた。


「リーナ嬢……」


 リーナの背後には、いつもの取り巻きの令嬢たちもいた。

 

 彼女たちは地面に膝をつくわたしを見下ろし、まるで汚らわしいものでも見るかのように眉をひそめている。


 そんなことよりも、わたしの胸を締めつけたのは、エドガー様の眼差しだった。


 彼は、ただリーナだけを見つめていた。

その姿を見れば分かる。もう、わたしの言葉など届きはしないのだと。


 きっとエドガー様を説得することはできない。それでも、わたしは諦めきれなかった。


 脳裏によみがえったのは、あの日の出来事だった。


 5日前——リーナに呼び出され、この温室で対峙した日のこと。


 あの日、彼女はわたしの指を傷つけた。


 そして、それは——


「ちょうど、その噴水の縁でした」

「……」

「リーナは、わたしを突き飛ばしたのです。あと少し足を滑らせていたら、大怪我をしていたかもしれません」


 誰も信じてはくれなかった。


 わたしが何を訴えても、誰一人として耳を貸してくれなかった。


 それでも——。


「皆様が信じてくださらなくても構いません。ですが、せめてエドガー様にだけは知っていてほしかったのです。これが、紛れもない事実なのだと——」

 

 手を、伸ばした。

 

 だが、エドガー様は、静かにその手を引いた。そして、長いあいだ黙ってから、言った。

 

「セシリア嬢——君は一体、誰の話をしてるんだ?」

 

 ……え。

 

 「取り巻きも、噂も、君が言うような事実は、何ひとつないんだ。それにリーナ嬢の背後にいる彼女らは取り巻きじゃなくて、リーナ嬢の近衛騎士だ。5日前にリーナ嬢は何者かの襲撃によって怪我を負ったからだ」

 

 噴水の水音が、やけに大きく聞こえた。


「5日前って……わ、わたしがやったと言いたいんですか!?」


 思わず声が裏返る。


「たしかにあの日、わたしはあそこにいました! けれど襲いかかってきたのはリーナの方です!」

「——それは違う」

 

 エドガーは、噴水の縁から手を離し、立ちあがった。

 

 「その縁で手を切ったのも、突き飛ばされたのも、リーナのほうだ。布を巻いたのは、この僕だ。あの晩、君が笑いながら出ていった、すぐあとに」

 

 その目は、もうわたしを見ていない。ガラスの廊下にいたリーナ嬢のほうへ向けられている。

 

「それに――」


 エドガーは小さく息をついた。


「僕は、最初から彼女の婚約者だ」

「え……?」

「奪われるも何も、僕が君の婚約者だったことは……一度もないんだ」

 

 いつのまにか、ガラス扉の向こうに、いくつもの人集りができていた。その先頭に、うつむいた小さな女。右手に、白い布を巻いている。


「不思議だっただろう」


 エドガーが言う。


「なぜ皆が君を避けるのか。なぜ舞踏会で、君の隣だけ誰も立たないのか」

 

 違う。


 それは――。


 あの子が。


「リーナのせいじゃない」


 わたしの心を見透かしたように、エドガーは続けた。

 

「誰かに仕組まれたわけでもない。

……この半年、皆ずっと見てきたんだ。君が彼女に何をしてきたかを」

 

 エドガーは、そこで一度だけ、言葉を切った。

 

「だから、君は一人なんだよ、セシリア嬢。ずっと前から」


 そう言われて、胸の奥に澱のように溜まっていたものが、すうっと晴れていくのを感じた。


——ああ。


 そういうことだったのか。


 どれほど足掻いても。


 どれほど誰かを憎んでも。


 どれほど自分は悪くないと言い聞かせても。


 この事実は変わらなかった。


 わたしは()()から――


 悪役令嬢でしか、生きられなかったのだと。

乙女ゲーの悪役令嬢視点のお話でした。

悪役令嬢もまた、悪役になりたくてなったわけではない。そんな解釈で書いてみました。


――――――――――――――――――――――――


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


楽しんでいただけましたら、ページ下部の ★★★★★ から評価をいただけると、とても励みになります。


ブックマーク登録・感想・誤字報告も大歓迎です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ