【File.01】死者からのクエスト報告(5/5)
翌朝。
雲一つない晴天の空の下、王都の冒険者ギルドはいつも通り活気に満ちた朝を迎えるはずだった。
「おはようございまーす……って、うわっ、なんだこの臭い!?」
一番早く出勤してきた初老の清掃員が、ギルドの分厚い木扉を開けた瞬間、思わず鼻をつまんだ。
館内に充満していたのは、むせ返るような泥の臭いと、酷く生臭い鉄の臭い。
そして、施錠されていたはずのギルドの床には、泥とド黒い血が混ざったような不気味な足跡が、エントランスから一直線に『第一窓口』のカウンターへと続いている。
「おいおい、夜中に酔っ払いの冒険者でも入り込んだのか? まったく、エレーナちゃんの大事な窓口を汚しやがって……」
清掃員はぶつぶつと文句を言いながら、モップを片手に第一窓口へと近づいた。
カウンターの内側を覗き込む。
「エレーナちゃん、昨日は残業だって言ってたけど……ヒッ!?」
清掃員の喉から、ヒューッと空気が漏れるような短い悲鳴が上がった。
カウンターの床一面には、数え切れないほどの金貨や銀貨が、血と泥にまみれて散乱していた。
しかし、彼が怯えたのは大金が落ちていたからではない。
その金貨の山の中心に、『それ』は鎮座していた。
大きさは、人間ほど。
しかし、人間の形はしていなかった。
それは、複数の若者の『腐った肉体』を無理やり繋ぎ合わせて作られた、おぞましい肉人形だった。
魔獣に噛み砕かれた胴体。折れ曲がった手足。
そのグロテスクな土台の上に、見覚えのある『美しいパーツ』が、不規則に、そして無惨に縫い付けられている。
透き通るような金髪。
雪のように白い肌の一部。
そして、人形の顔の真ん中には、美しいエレーナの『眼球』と『唇』だけが、まるで福笑いのように歪な位置に埋め込まれていた。
『ア……、アァ……』
人形の唇が、微かに動いた。
声帯を持たないその肉塊は、ただ永遠に、引き攣った笑顔のまま「クエスト完了ですね」「報酬をどうぞ」とでも言いたげに、音のない言葉を繰り返している。
そして、その歪な人形の手には、銀色のギルドタグと、禍々しく脈打つ深紅の草——【啜り泣きの血草】が、骨が砕けるほど強く握りしめられていた。
「あああああぁぁぁぁぁッ!!」
清掃員の絶叫が、爽やかな朝のギルドに響き渡った。
「天使」と呼ばれた悪女は、その日を境に姿を消した。
彼女が隠し持っていた莫大な裏金は没収され、ギルドは彼女の失踪を『不祥事による逃亡』として処理した。
あの肉人形が「誰」であったのか。
ギルドの上層部がそれに気づいていたのかどうかは、誰も知らない。ただ、あの血まみれのカウンターだけは、どれだけ洗っても死臭が取れず、すぐに取り壊されることとなった。
* * *
同刻。
騒然とする冒険者ギルドから少し離れた街道を、一台の荷馬車がゆっくりと進んでいた。
「おいおい、朝っぱらからギルドの周りに衛兵がいっぱい集まってたぞ。なんか美人の受付嬢が消えて、代わりに床に金貨と……『とんでもねぇ化け物』の死体が転がってたらしい」
御者台で手綱を握る行商人の青年が、青ざめた顔で後ろを振り返った。
「ひぃっ、まさか呪いとかじゃないだろうな!? 俺たち、昨日あそこにいたよな!?」
彼がガタガタと震えながら問いかける先。
荷台の上にちょこんと座る、ふさふさの毛並みを持った二足歩行の『猫人』の相棒は、ピクピクと耳を動かしながら、干物魚を美味そうにかじっていた。
「……ふん。大騒ぎするようなことじゃないニャ」
猫人は金色に光る縦瞳孔の目で、遠ざかるギルドの屋根を冷ややかに見つめた。
「他人の命をチップ代わりにギャンブルを楽しむから、ディーラーごと盤面から引きずり下ろされただけサ。金貨の重みで魂まで計れると思い込んだ、愚かな人間の末路だニャ」
「お前……まさか、昨日からわかってたのか!?」
「さあニャ。ただ……」
猫人は干物魚を飲み込むと、長い尻尾をゆらりと揺らした。
「自分の身の丈に合わない欲をかきすぎると、その底知れない欲求の穴から、人間以外の『何か』が這い上がってくる……。因果応報、自業自得ってやつだニャ」
「うぐっ……俺も、商品のぼったくりには気をつけよ……」
「そうするニャ。さ、厄介事が飛び火する前に、とっとと次の街に行くサ。ほら、馬を急がせる!」
行商人は慌てて手綱を振るい、馬車は土埃を上げて王都を後にした。
天使の笑顔の裏で他人の命を弄んだ女は、今もあの暗い地下室で、自らが作り出した怨霊たちの一部として、終わらない残業(クエスト報告)を続けているのだろうか。
それを知る者は、もう誰もいない。
欲に塗れた異世界の片隅で、今日もまた一つ、恐ろしい噂話が生まれただけである。
(File.01 完)




