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国立図書館恋愛奇譚(サイバネティックハンターズ外伝)

掲載日:2026/01/30

型落ち版の外伝なのでたぶん設定がおかしい。

「ああ、もう!どこにもない!」

私は国立国会図書館までやってきて、古い文献をあさっていた。今度の仕事はある企業の社外秘情報に関係するが、その情報が入っているのがもう信じられないくらい古いコンピュータで。西暦2762年の今になって、量子化もされていないコンピュータが相手だと、もう私の手には負えない。それで当時の技術について調べているのだが……信じられないくらい原始的、不合理、非効率。よくコンピュータが動いていたものだ。ネットワークにも、そんな時代の技術はアンティークマニアがいくつかファンサイトを作っているのが関の山で、眉唾ものの情報しかない。先に依頼された他のレジスタたちは、やってられるかと断ったそうだ。そんな時代のテクノロジーを調べるために、もう三日も図書館に通い詰めて、電子化もされていない書籍に埋もれていた。

この時代の本は、保存技術自体はあったので一応現品は残っているが、実用性は皆無。もう古文書と言っていいようなもので、誰も調べに来るわけがない。だから誰もわからなくて、必要なものが本当に現存するか聞いてみても「探せばあるかもしれない」なんて話しか出てこない。ここから当時のエンジニアの考えることを類推するのだから、この仕事が長引いたら私のスキルは二、三段落ちていることだろう。そんなことにならないように、早く終わらせたかった。しかし今日も何も見つからず、図書館が閉まると同時に出ていった。


「おう、レイ。見つかったか?」

トラックに戻ると、駐車場で待っていたファントムが聞いてきたが、私のくたびれて生気のない顔が見えるなら少し察してほしい。変なところは気が付くのに、当たり前のことは気が付かないから、やはり人格自体はもともと人間だったというだけのことはある。明日も来なきゃ、とこぼすとエンジンをかけて走り出そうとした。

「待ってください!」

疲れて頭の回らない私は、走ってきた若い男性を見ても、誰かわからなかった。男性は、目を輝かせて聞いてきた。

「明日も来られますか?」

ええ、そうね、と答えてすぐに走り去った。たぶんファントムが何かで知り合ったのだろう、くらいに思っていたのだが。

「レイ、今のは?」

「……あんたの知り合いじゃないの?」

すでに公道に出ていたし、戻って聞くほどでもないだろうと思って走り去った。あの口ぶりなら、明日もいるのだろうし。


「――というわけでな。レイに話しかけてきた若い男がいるんだ」

事務所に戻ると報告がてらにファントムが話した。今回は完全な頭脳労働の仕事なので、ヴァンに出る幕はない。事務所でぼけっと待っているのもつらいだろうから、一緒に来る?と聞いたら待っているという。最初、あまり待たせても悪いので早めに帰ったら、本当に一日ぼけっとしていたらしい。待っているのがつらくないのだろうか、この男は。

ふうん、と言ったヴァンが私をまじまじと見つめてきた。何よ、と聞くと「うん、まあ、そんな頃か」と納得した。何が言いたいのか問い詰めたかったが、極端にコミュニケーションスキルが低いことでおなじみのヴァンだ。そんなことでおなじみにならないでほしいが、ともかく聞いても無駄だろう。さっさと自室に戻ることにした。ヴァンとファントムもガレージで各々に就寝し始める。この事務所は私しか女性がいないし、二人は従業員なのだから扱いが違うのは仕方ないが、「もうちょっと生活環境の改善を!」とか思わないのだろうか。私が上司でなかったら、もっとひどい生活をしているだろうから、そのうち教えてやらねばなるまい。でも、今日は疲れた。寝る。


次の日、朝から古書に埋もれて、たぶんこのような考え方でコンピュータを作って、パッチを当てていけばこうなって……だいぶあたりがついてきた。もう一押しとめどがついたので、昼過ぎに休みを取ることにした。近くの喫茶店に行けば、まだランチに間に合うだろう。私は一度席を立って、シーバーで連絡した。

「ファントム?少し席を外すから、何かあったらそっちに」

図書館を出るとき、若い男とばったり会った。昨日の男だ。男は私を見ると目を輝かせた。

「ど、どちらへ?」

「……昼食に」

なんだろう、新手のナンパだろうか。別に悪い男ではなさそうだが、私は恋愛にあまり興味がない。仕事、お金、技術。まあ普通の女性は口に出さないことばかり言っている自覚はある。だから、多少いい男でもそんなに興味はない。でも、向こうはそうでもないようだ。

「ご一緒してもいいですか?」

……断ってもいいだろうか。でも、厄介な仕事が終わりそうというタイミングで、私も浮ついていたのだろう。来たければ、と言うと本当についてきた。


「お名前は?」

「……二階堂レイ。二階堂レジスタ事務所の所長よ」

しれっと事務所のPRを交えて探りを入れる。男は感心したようで、通りでとても理知的なわけだ、とかなんとか言ってきた。そんなことを言われたのは初めてだが、私の周りには不愛想なエンジニアたちか、朴念仁の従業員しかいなかったので、案外客観的にはそう見えるのかもしれない。

「あんたは?」

ごく普通の質問だが、男は驚いたようだった。何を言い淀んでいるのかと思ったら、もうすでに名乗ったという。今日ここに来るまでに名乗っていた覚えはないが、聞いてみると一昨日の話だという。

「昨日初めて会ったのにどうやって一昨日話すのよ」

「え?で、でも……僕たちはそのときにお会いして……」

男の名は藤城ハルト。なんでも、750年前の村上なんとかという文豪の古文書を探しに出入りしていた学生らしい。生粋の技術屋、しかも工学系の私はわからないが、近くの大学で学生をしていて、その人をテーマに卒業論文に取り組んでいるという。聞けば聞くほど、初めて聞く話だった。そして、一番不可解だったのは、ハルトの質問だった。

「レイさんは、どうして図書館で司書をしているのですか?」

「……言ったでしょ、私はレジスタ事務所の所長。司書じゃない」

聞いていなかったのかと少し怒り気味に突き付けるが、そんなはずはないという。なんでも、私にこの二日間古文書の話を何度も相談したとか。まるで覚えがなかった。

「あなたは7世紀以上前の文豪を調べていたんだから、技術書に埋もれていた私とはいたフロアが違うわ。人違いよ」

ハルトは食い下がるが、知らないものは知らない。あまりにもしつこいので、あまり言いたくはなかったが突き付けた。

「あのね、今の国立国会図書館には司書なんていないでしょ?いるのはかなり古いタイプのメカノイドだけ」

「……そんなはずないです!」

「そんなはずないはずない」

私は頭の悪い日本語で男との話を切り上げると図書館に戻った。まあ、仕事のケリはつきそうだし、ハルトが何を思って話しかけてきたのか不思議だったので、仕事に取り掛かる前に小説作品のコーナーに行ってみた。司書と間違えたというがどんなメカノイドが稼働しているのだろう。適当にその辺のメカノイドに話しかけた。ゴツゴツしたむきだしの機械は、余りにも不格好だったが見た目で人を判断する趣味はない。

「ねえ、あなた。このコーナーの司書ってどこ?」

「はい、私です。ご案内します」

……一瞬時間が止まったようだった。あの男が私と間違えたというのは、この美人どころか、人間にも見えないメカノイドだったのか?私は図書館を飛び出すと、ハルトを探した。

「レイさん!どこに行ったのかと……」

ハルトは手を振っていたが、私は走り寄ると思い切り殴り飛ばした。そのあとはまあいざこざがあって、ハルトに詰め寄る私を周りの人間が止めた。人間の世界は薄情なものだが、優しい人は残っているものだ、という感心はさておき、警察を呼ばれそうになったので申し開きをする羽目になった。だんだんまずいことになってきたので顔を青くしていると、ハルトが周りに説明した。

「僕が悪いんです。浮気なんてしたから……僕らの問題なので、話し合います」

適当にごまかして二人で席を外したが、図書館に戻るのははばかられたので一度帰ることにした。一緒に来たハルトを、トラックの助手席に乗せる。

「い、いいんですか?」

いいも何も、あんたの言い分を聞かないとこちらが収まりがつかない。男女とか恋愛とか、そういう意味ではないので、無理に助手席に連れ込んで事務所に引っ張っていった。


事務所に戻ると、ぼけっとしていたヴァンが時計に目を移した。早かったな、と言っていたが、朝と同じイスに座っていたのでこちらが驚いた。私がいない間、本当に一日動いていないらしい。せめてテレビでもついているならまだ納得するが、頭上の電灯がともっているだけで動いている機械もない。人間は、人生に何もないとこんなに退屈に慣れるのだから、ヴァンはそのうち悟りを開いて仏教の宗派でも作れるかもしれない。

だが今は、ヴァンが仏法に帰依しようが自作の十字架を担いでいこうがどうでもいい。この男が何を言うかだ。

「僕はあなたに手伝ってもらって、論文を……これが終わったら、食事にと誘ったじゃないですか!」

ヴァンとファントムは、おお、と口をそろえた。何が言いたいのかとにらむと、ファントム。

「いや、いいと思うぞ。上が好みかと思ってたが、その学生さん、お前より年下だな」

ファントムはいつも気を利かせる割に気が付かないヤツだ。年齢の話が絡んだことで私の目つきが少し変わったようで、途端に冷や汗を流して黙り込んだ。

「……ともかく、私はあんたなんて知らない。誰と間違えてるのよ!」

私とハルトの言い合いは平行線をたどった。そのうち夜が更けてそろそろ食事時かと言う頃、ファントムが言い出した。

「ヴァン、ちょっと遠いんだが行ってきてほしい場所がある。オレもそっちにアクセスするから」

ヴァンが出ていくと、ファントムも姿を消した。去り際に、じゃあな!って親指を立てて、事務所には私とハルトだけ。本当にどこまでも、気を利かせるのに気の付かないヤツだ。


結局結論は出ずに、私は仕事を再開させて、ハルトは小説を探す。幸い終わりそうだが、必要な本を探しているとまたハルトが現れた。

「見つけた!」

見つけた!じゃない。ここにいるのは知っていただろうに。そりゃそうでしょ、といなして立ち去ろうとすると、ハルトは背後から抱きついてきた。

「ごめん、余計なことを聞いて……もう大丈夫。一緒にいてほしいんだ」

何か言っていたようだが、驚いた私は再びハルトを殴り飛ばした。


「だって、さっき僕と話して逃げていったじゃないですか!」

再び事務所に連行されたハルトが謎の言い訳をする。本当は痴漢扱いで突き出してもいいのだが、トラブルを起こすと事務所に悪い噂が立つ。できるだけ内密にしたかった。

「いいから、包み隠さず白状しなさい!」

「言ってるじゃないですか!」

押し問答をする間にヴァンとファントムが何かを調べている。もうこの光景は昨日で見飽きているらしい。私がいないのにデータ整理などできないだろうと思っていたら、ファントムが何かをモニターに出力した。ヴァンが適当に読み上げる。

「図書館設備の案内。基本ネットワーク、検索端末、司書用メカノイド、イベント用立体映像投影装置完備……」

「まあ、そんなところだな。司書用メカノイドが無線で管理コンピュータにアクセスできるくらいで、変わったところもない」

そうだな、と結論したヴァンだが、私は気になった。

「……司書用のメカノイドが、コンピュータに?そんなデータあるの?」

ファントムはうっと声を上げると、黙り込んだ。何かあると思って詰め寄ると、関係ないと思うけど、と言って話し始めた。

「……駐車場にいる間、管理コンピュータの公開情報を見ていたら、話しかけてきたんだ。ヒマだったから話をしたら、向こうが興味を持って……」

自分がファントムシステムのナビゲーターで、メカノイドに感情を与えられると告げると、司書用メカノイドが聞いてきた。私はほんの三級の電子頭脳しか持ちませんが、図書館の生活が退屈で仕方がない。もう少し楽しく生きるにはどうしたらいいですか?と。ファントムは、よくないとは思いながら司書用メカノイドにわずかな感情を送った。それでだいぶ違うはずだと。育て方によっては、世界が違って見えるはずだと。それっきりそのメカノイドとはコンタクトしていないらしい。

「あなたは完成された感情は与えない主義でしょう。どんなものを与えたの?」

「退屈しのぎに一番いいと思って……ある種類の感情の種みたいなものなんだが……」

言葉を濁しながらファントムが言うには、司書用メカノイドに与えたのは感動とか、喜びとかそんな風に言われるもの。あまり言いたくないが、身も蓋もない、恥ずかしい表現で言うこともできるらしい。

「要するに何?一言で言って」

「言葉で言うなら……『ときめき』かなあ」

そう言われて納得した。確かに、口にしたくはない。


ハルトを連れてもう一度図書館に行く。今度は、ハルトを先に送って私とヴァンで後をついていく。ハルトがいつもいるという棚の前に行くと、女性が駆け寄ってきた。

「ハルトさん!さっきはすみません、私、びっくりして……」

びっくりしたのはこっちだ。そこにいたのはどこからどう見ても私だ。違うのはそのしおらしい態度。目を輝かせてしなを作るなんて私にはできない。口をあんぐりさせていると、女性は私を見て驚いたようだ。しかし、彼女には聞いておかねばならない。

「あなた、Cシリーズ823。ミリアンね?」

ミリアンは、サムズアップ社がまだ上場していない頃に売り出した雑務用メカノイドの機種名だ。機能はいいし耐久性も高いが、ゴツゴツした見栄えの悪いもので、あまり売れなかった。しかし、この図書館ではまだ使われている。要するに、先日の司書メカノイドだ。ヴァンが壁のスイッチを押すと、電源の一部が消え、イベント用の立体映像も消えた。そして、もう一人の私は消え、ミリアンの姿が現れた。ミリアンは慌てて逃げようとしたが、もう遅い。どうせいつまでも続かないのだから、今のうちにはっきりさせた方がいいだろうし。

「……ファントムさんに与えられた感情の欠片は、私の見る世界を一変させました。そして、一番驚いたのは……彼への気持ちでした」

以前から頻繁に出入りしていたハルトのことは知っていた。だが、自分が彼をどう思っているのか、いくら検索しても答えが出なかった。それをはっきりとわからせたのは、ファントムの与えた感情の欠片だったという。自分はハルトに想いを寄せていたのだと知って、少しでも近くに行きたかった。でも、自分はメカノイド。それも、人間の形すらしていないのだ。どう想いを伝えたって、わかってもらえるわけないと思い、せめて姿だけでもと館内の設備を使って立体映像をまとった。

「……でも、私はどんな女性になればいいのかわからなくて……館内をサーチした時、あなたを見つけました。たぶん、一番美人だと思ったので……」

そう言われて悪い気はしない。なるほどね、と納得した。

「まあ、そういうことなら正しい判断よね、ヴァン?」

ヴァンは館内を見渡していた。誰が利用しているのか見ているのだろうと思うが、視線の先にはそこそこ年配の人たちばかり。そして私の顔を見つめた。

「…………………………そうだな」

ヴァンの飯抜きは決まったが、今はミリアンだ。ファントムが不用意に感情を与えて、彼女は悩んでしまった。解決方法はいたって簡単で、ハルトがありのままのミリアンを受け入れてくれればいいのだが……まあ、悩むのも無理からぬことで。

「……少し、時間をください」

図書館を飛び出して、ハルトはどこかに行ってしまった。

「ヴァン、行きなさい!」

私はすぐに、ぼけっとしているヴァンをけしかけた。ミリアンを見ると微動だにしていない。バッテリーでも切れたのかと再度話しかけると、向こうを向いてしまった。

「やっぱりダメです。私が、結ばれるわけない……私はほんの少し、退屈がしのげればよかったのに……こんな気持ちがなければ……」

ミリアンの言葉は悲壮だった。私はシーバーでファントムを呼び出すと、ミリアンに言った。

「ミリアン、あなたが望むならその感情を取り除くわ。こちらの落ち度ですもの、アフターケアもある程度は……」

ミリアンはまた黙り込んでしまった。話しかけるが、ファントムに止められた。

「レイ、やめとけ。オレの出番はなさそうだ」

私が理解する前に、ミリアンが話し出した。

「私は今、とてもつらくて、苦しくて、不安です。……でも、お願いします。消さないでください。たとえ、恋が破れたとしても……」

それ以上何も言えず、ミリアンとともにハルトの帰りを待った。


「おい」

ヴァンが話しかけても、ハルトはベンチに座ったまま答えなかった。

「僕は、彼女を最愛の人だと思っていたんです。それなのに、僕は……わからなくなってしまいました」

ヴァンは辟易してため息をついた。自分が悩む割には他人の悩みを聞くような性格ではないので、あまり長いこと耐えられない。つい自分が思う疑問を口にした。

「オレはな、今まで誰にも愛されたことがないから、わからない。お前は愛されて何を悩んでるんだ?」

大したことを聞いたつもりはないのに、ハルトはハッとして立ち上がると走っていった。


次の日。私はまた国立図書館で蔵書に埋もれていた。昨日までのゴタゴタはようやく解決した。あの後ほどなくしてハルトが帰ってきて、ハルトはミリアンの手を取った。いろんなことに困るかもしれない。でも、一緒にいてほしい。そう言ってミリアンを受け入れた。

「ミリアンは司書に使われてるから外出は限られるが……図書館に勤めてると思えばそんなもんだろ」

ファントムはハルトとミリアンのことばかり気にかけているが、私たちには他にすることがある。

「早く仕事を終わらせないと!納期があるのよ!」

私は蔵書に埋もれて必要なデータを探す。もう一押しと思っていたら、その一押しに必要な情報がない、という大学の同期たちがよく陥っていた罠が待っていた。そんな失敗するなんてダメじゃない、と注意したみんなに、心から謝りたい。そして手伝ってもらいたい。今日は、図書館司書の任を少し緩めて時間を作りたいと交渉するために、ミリアンが図書館を離れている。要するに、自力で探すしかない。

「明日にせんか、あのボケえ!」

そんなことを叫んで何度も他の利用者に注意された。図書館なんだから当たり前だ。その光景をヴァンがぼけっと眺めていた。この男は、イスが一つあればどこにいても同じのようだ。


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