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世界転移ⁿ  作者: 尽野りお
第三次地上大戦編 第1章

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8話 大将帥の息子

「お腹空いたな」


 窓から差す朝日で目覚め、桶に溜まった水で顔を洗って、久々に思い出した感覚だった。


 そう言えば召喚されてから何も食べてない。

 怒涛の展開と疲労で忘れていた。


「客人なら、朝ごはんもあるか」


 机に用意されていた白のシャツと茶色のズボンに着替える。

 高級感こそないが、動きやすくて仕立ても良いものだ。


 身だしなみを整え終わった頃、ドアが数回鳴った。


「お客様。朝食の準備ができております。ディストン様やエイリーン様もご一緒ですので、ご案内致します」


 ドアを開けると、クラシックなメイド服に身を包んだ使用人の女性がいた。

 ちょうどいいタイミングだ。ありがたい。


 案内されてしばらく歩くと、昨日と違う部屋だった。

 昨日のは謁見の間的な場所なのだろう。


「――を踏んで、気付いた時にはアイゼンゲートでした」


 ドア越しにエイリーンの声が聞こえる。


「……ふむ、経緯は分かった。分からないことが多くはあるが、それは仕方あるまい。とにかくエイリーン嬢が無事で何よりだ」


 どうやら今までの事を話していたらしい。

 僕のことをどこまで話しているかは分からないが、悪くは言われていない、はずだ。


「ディストン様、お客様をお連れ致しました」

「おぉ、入れ」


 ドアを開けた使用人が僕に入れと合図する。


「……ディストン侯爵、おはようございます」

「うむ。そこに座るがいい」


 大きな机の上座に座るディストンが空いた席を指さした。

 エイリーンの隣の席だ。


「アルト、おはよう。昨日はよく眠れた?」

「おはよう。……うん、スッキリしたよ」


 席に着こうとすると、正面には少し豪奢なワンピースを着た女性と、騎士姿の青年がいた。


「我が妻ネーリアと、息子のサラディンだ」


 挨拶するべきだと思い、昨日のエイリーンの姿を思い出しながら右手を前、左を後ろに回し一礼する。


「初めまして。時坂有人……いや、アルトと言います」

「……礼の仕方も知らないのか、お前は」


 サラディンに冷たい目線を向けられる。

 何を間違えたのだろうか。


「彼は来たばかりでこの世界のことを知らないの。許してあげて。……アルト、帝国では、通常剣を持たない左手を前に出すの」


 前後が逆だった。

 僕は帯剣していないけど、左腰に剣を携えていた場合、右が前ならそのまま抜剣できてしまう。

 左利きならどうかとか、そんなことを聞くのは今は無粋か。


「よいよい。食事にしよう」


 ディストンの一声で食事が始まる。


 内容はパンにスープ、肉の三点だった。

 食欲がなくなりそうなので何の肉かは聞いていないが、ここらでいくらでも取れる魔物のものだろう。


 味としては、日本人の感覚では、そこまで良いものじゃなかった。

 それでも久しぶりの食事で、十分満足できた。


 僕が被召喚者であることは伝えられていたようで、ディストンやネーリアから質問が飛んできた。


「――剣や魔法もなく、どのようにして身を守るというのだ?」

「それは……僕がいたところでは、基本的に危険がないと言いますか」


 ここら辺は世界観が違いすぎて、理解するのも難しそうだった。


 食事が終わって、使用人が片付けをしている時、それまで静かにしていたサラディンが立ち上がった。


「エイリーン殿下。……一つ、お願いを申し上げてもよろしいでしょうか」


 その声は穏やかだったが、エメラルドグリーンの瞳には、父親とそっくりな鋭い光が宿っている。


「殿下が皇宮にて日々鍛錬を絶やさず、騎士顔負けの剣技をお持ちであるというお噂は、かねがね聞き及んでおります。

 ……この館には修練場がございます。帝都へ戻られる前に、その剣、ぜひ私とお手合わせ願えないでしょうか」

「手合わせ……?」


 不意の申し出に、エイリーンが眉を寄せる。サラディンは薄く笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。


「ええ。我らホーマンの武人にとって、言葉を重ねるよりも一度刃を交える方が、互いの理解が深まると信じております。……アルト殿も、召喚された者ということは隠れた実力をお持ちなのでしょう?」


 隣に座る僕を一瞥したその目は、得体の知れないものを観察するような冷徹さがある。

 無意識に身体を強張らせると、エイリーンに肩を優しく叩かれる。


「……ディストン様からご子息の話は伺っていたけれど、まさか早々に剣を向けられるとは思わなかったわ」


 エイリーンは少し困ったように、けれど皇女としての凛とした笑みを浮かべて彼を見返した。


「いいわ。アルトは現状戦えないけれど、私だけでよければお相手しましょう。

 ……私の剣が噂に違わぬものか、あなたの目で確かめてみるといいわ」


 情けない僕に比べて、エイリーンはかっこいい。

 バチバチとまではいかないが、二人は強い眼差しで見合っていた。


 それを面白そうに眺めていたディストンが、手を2回叩く。


「よし、許可しよう。準備せよ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 修練場は館の中庭にあり、そこでは昨日見た顔があった。


「閣下! 如何されましたか?」


 帝国式の礼をして迎えたのは、昨日僕たちを連れてきたテスラムだった。

 兜越しで顔は分からなかったが、他の面々も昨日の第三部隊なのだろう。


「少し修練場を使う。お前たちも見ておけ」

「ハッ!」


 テスラムはすぐに訓練をしていた騎士たちを動かし、広く使える状態にした。


 ここに来るまでにディストンが言っていた話では、アイゼンゲート部隊は五つの隊に分かれており、それぞれ数日置きに城壁警備・城外偵察・館警備・訓練・休暇を回すそうだ。

 そして、今日の館警備は第三部隊で、警備の余った人員がこの修練場で汗を流していた訳である。


 そう言えば、朝のうちに謝罪は済んだらしい。僕は聞いていないけれど、今更とやかく言うまい。


「エイリーン嬢、これで宜しいか」


 ディストンがそれぞれに訓練用の木剣を渡す。


「はい。…………サラディン殿こそ、それでいいの?」


 受け取ったエイリーンは、少し歩いて位置に着くと、サラディンに向けて正眼に構える。

 サラディンも同じようにして、切っ先をエイリーンに向けた。


「もちろんです。……甘く見られませぬよう」


 一瞬の静寂。

 木剣とはいえ、当たり所が悪ければ大怪我もするだろう。

 ふたりの放つ殺気にも近い圧が、周りの緊張感を高めていた。


「――はじめっ!」


 ディストンが開始の合図を発した。


 しかし、ふたりとも動かない。

 それぞれが臨戦態勢のまま、今か今かと見合っている。


「そちらから仕掛けたかったんじゃないの?」

「……そうですね。……ではっ!!」


 サラディンが地面を強く蹴り、距離が詰まる。

 瞬きの後見えたのは、サラディンの突きを躱すエイリーンの姿だった。


 続けて横薙ぎに振られた剣を、エイリーンが受け止める。

 カッ! という乾いた音と共に、エイリーンの剣が弾かれる。


「あっ!」


 思わず声が出てしまうが、エイリーンに焦りの表情はなかった。

 弾かれるのに逆らわずに一回転、右脚で回し蹴りの体勢に入る。

 サラディンはそれを腕で強引に受け止めた。重い衝撃に数メートルほど砂塵を上げて後退するが、その表情に余裕は消えない。


「――はぁっ!」


 そこ隙を逃さずエイリーンが上から打ち込むが、勢いの乗った上からの攻撃にも関わらず、サラディンは悠々ガードする。

 男女の差か、力任せに剣を跳ね除けると、サラディンは低く鋭い踏み込みでエイリーンの懐に潜り込む。

 重いタックルが彼女の胴を捉え、エイリーンはたまらず後方へ突き飛ばされた。

 転がりながらも、エイリーンはすぐに体勢を立て直し、サラディンに向き直る。


 その後もやり取りは続き、素人ながら気付くことがあった。


 エイリーンの動きは、磨き上げられた芸術品のようだった。

 鋭い踏み込みも、剣を振るう軌道も、計算されたように正確で、美しい。

 もし戦闘の教科書があるのなら、彼女の動きが正解なのだろう。


 しかし、優勢なのはサラディンだ。

 彼の動きには、エイリーンと正反対の生々しさがあった。


 綺麗な型なんて、これっぽっちも意識していない。

 剣を弾かれた瞬間に肩でぶつかり、足が止まれば容赦なく砂を蹴り上げ、隙あらば木剣の柄で顔面を狙う。


 彼は、エイリーンを試合相手の「皇女」ではなく、仕留めるべき『獲物』として戦っているのだ。

 スポーツのようなつもりで見ていた僕の背中に、冷たいものが流れる。


 ふたりは再び距離を取り、お互いの出方を伺っていた。


「エイリーン…………」

「アルト殿、心配せずとも良い」


 祈るように両手を握る僕を見てか、ディストンが声をかけてきた。


「両者死ぬことは無い。木刀での怪我なら傷もなく治る。

 それに、エイリーン嬢の動きも悪くない」


 正直、気休めにもならない言葉だ。

 日本人の甘えか、怪我すれば痛いじゃないか、と思ってしまう。


「そんなことより、応援してはどうかな」

「あっ、……はい」


 エイリーンは、僕を矢面に立たせずに戦っている。

 戦えないのは仕方ないかもしれないけど、エールぐらい送らなければ。


「え、エイリーン! 頑張って!!」


 敵と相対しているエイリーンがこちらを向くことはない。

 しかし、彼女はコクンと頷き、深く息を吸って構え直した。


「まだまだ……ここからよ」


 エイリーンの言葉にサラディンもニヤリと笑い、構え直す。


 今度はエイリーンが踏み出す。

 数度の早い打ち合いで、サラディンが少し崩れる。

 それを見逃さずエイリーンは大きく剣を振り下ろした。


「くっ!」


 両手で剣を持ち防ぐことになり、完全に防御の体制になったかのように見えたサラディンだが、体勢を崩しながら剣をいなし、真っ直ぐエイリーンを蹴り飛ばした。


「かはっ!?」


 そのままエイリーンに向けて剣を振るうサラディン。

 突き出された剣はエイリーンに、


 届かなかった。


「え?」


 ほんの数センチ。あと一踏みあれば確実に届いていたはずの距離で、サラディンの剣先が虚空を突いた。まるで、そこに見えない壁でもあったかのように。


 僕が気付いた時には、その一瞬の空白を逃さなかったエイリーンが体勢を立て直し、前のめりになり体勢を崩したサラディンの首筋に木剣を突き立てていた。


「よし、そこまでっ!」


 ディストンの発した声に続くように、第三部隊の面々からどよめきと拍手が巻き起こる。


「やられました。流石は皇女殿下だ」


 エイリーンの差し出した手を取りながら立ち上がるサラディン。


「……紙一重だったでしょう。もう少しで負けていたわ」


 エイリーンは少し気まずそうに苦笑した。


 たしかに、エイリーンが負けたように見えた。

 決まったと思ったら、サラディンの攻撃が当たらず、エイリーンが勝っていた。

 なんだかんだ、接待みたいなものなのだろうか。そんなことをする男には見えなかったけど。


「……いや、見事な一撃でした。殿下の『勝ちたい』という気迫に、こちらの目測が狂わされたようです」


 サラディンは、砂を払いながら淡々と言った。

 その言葉に嘘はなさそうだったが、彼は最後にもう一度だけ、僕の方をじろりと見てからディストンの元へ歩み寄った。


「父上、そして殿下。ありがとうございました」

「うむ。良い手合わせだった。……テスラム、戻って良いぞ」


 ディストンの指示で、またテスラム達は訓練を始めた。


「アルト、部屋で帰る準備をしておいて。私も手当てが済んだら準備するわ」


 木剣を騎士に返したエイリーンが僕に言った。

 正直、準備することなどないのだが、大きな怪我はないもののエイリーンも休む時間はいるだろう。


「うん、お疲れ様」


 労うように僕はエイリーンの手をとり、祈るように握った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 再びの治癒は、できなかった。


 大した傷がなかったからか、あの時たまたまできたのか、分からない。

 あの森でのことを思い出して、感覚を再現しようとしてみたものの、何も起こらなかった。


「……ではエイリーン嬢、アルト殿も、達者でな」


 あれから数時間後、僕たちは入ってきた大きな城門と逆側に来ていた。

 ここにも大きな門があったが、魔界側にあったものとは違い威圧感はなく、通用門といった形だ。


「ディストン様、帰りの手配までして頂きありがとうございます。とても助かりました」


 用意された馬車を見てエイリーンが礼を述べる。


 帝都アルベリスまでは三、四日ほどかかるらしい。

 移動に日を跨ぐとは、日本にいた感覚では想像もできないが、馬車となるとそうなるのだろう。

 ガンドール領と、アルベリスのあるセーリア領。その中のいくつかの都市を渡りながら帰路に着く予定だ。


「アルト殿」


 ひと通りの挨拶と礼を終え、エイリーンに続いて馬車に乗り込もうとすると、サラディンに呼び止められる。


「お前は、何の為にエイリーン様と共にいるんだ」


 サラディンは、馬車から離れて僕に言い放った。


「え……何の、為に?」


 何を聞かれたか分からなかった。

 僕がここにいる理由は、召喚されたから。そうだと思っていたし、実際間違いではないはずだ。


「エイリーン様に護られているだけでいいのかと聞いているんだ」

「っ、それは……」


 昨日、森の中でも散々考えたことだった。

 仕方ないと割り切って、逃げていたことだった。


「どうなんだ? ……召喚されて、何もできずに蹲っているだけなのか?」


 サラディンの目が、父親のそれよりも強く、鋭く僕を射抜いていた。


「…………今、僕は何もできないかもしれない。……でも、ここに来た時とは違う。

 エイリーンが傷付くのは見たくない。

 …………今は、彼女を助けたい。」


 僕が目を逸らしながらゆっくりと言葉を紡ぐ間、サラディンは黙って聞いていた。

 僕の目の焦点が、彼を捉えると、エメラルドグリーンの鋭い光が少し和らぐ。


「……そうか。なら、励むがいい」


 そう言うと、サラディンは踵を返し、馬車から離れた。


 僕は左手を前にして礼をして、馬車に乗り込む。


「何を話していたの?」


 先に乗り込んでいたエイリーンが首を傾げる。


「何でもないよ。…………僕、頑張ってみるから」

「……? うん。ありがとう」


 頭にハテナが浮かんでいるように見えるが、エイリーンは頷いて、御者に合図する。

 窓を開けて外を見ると、護衛として付き従う数人の騎士の馬も歩き出す所だった。


「エイリーン様、アルト殿! 次はまた別の場所で、お会いしましょう!」


 蹄と車輪が地面を蹴る音に負けない、サラディンの声が響いた。


 何もできない。力もない。

 それでも、ただ流されるままにここに座っているわけにはいかないんだ。


 僕は、少し乗り心地の悪い馬車の中で、自分の膝を強く握りしめた。


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