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世界転移ⁿ  作者: 尽野りお
第三次地上大戦編 第1章

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7話 帝国最強の盾


 突きつけられた槍の穂先が、夕日の残光を跳ね返して冷たく光る。

 馬たちの荒い鼻息と、砂塵が鎧の金属板に当たるカチカチという音だけが、不気味なほど鮮明に聞こえた。


 見回すと、十人ほどに囲まれている。

 同数の獲物が僕たちに向けられており、思わず後ずさる。


「動くなと言ったはずだ! ……武器も持たず、この不毛の地にどこから現れた。貴様ら、魔界の回し者か」


 先頭に立つ隊長らしき騎士が、馬の上から僕たちを鋭く見下ろす。


 泥と返り血にまみれ、ただ立ち尽くす僕たちの姿は、彼らの目には不審者以外の何者でもないだろう。

 エイリーンの剣も、武器代わりの枝でさえも、あの森に置いてきてしまった。


 しかし、隣に立つエイリーンの瞳に宿ったのは、恐怖ではなく確信だった。

 彼女は騎士たちの胸元に刻まれた意匠――国旗と獅子を象った紋章を凝視し、小さく頷く。


「……帝国軍。それも、アイゼンゲート部隊ね」


 エイリーンは僕の前に一歩踏み出し、背筋を正した。


 ボロボロのパーカーを羽織り、髪は乱れ、顔には汚れがついている。

 それでも、彼女が発した声には、周囲の威圧を撥ね退けるような、透き通った強さがあった。


「私は、フレーダット帝国第二皇女、エイリーン・フォン・フレーダットです。

 この者の無礼を許しなさい。……そして、その槍を収めなさい」


 その宣言に、一瞬だけ場が静まり返った。

 だが、返ってきたのは、騎士たちの嘲笑を孕んだ沈黙だった。


「……皇女、だと?」


 先頭にいた男が馬を降り、金属音を響かせながら近づいてくる。

 彼はエイリーンの姿を、頭の先から足の先まで、値踏みするように眺めた。


「この国境の最果てに、供も連れず、武器も持たず、そのような惨めな姿で現れる皇族がいるものか。

 ましてや隣にいるその得体の知れない男は何だ?

 謎の光が発生した場所から忽然と現れた貴様らを、言葉一つで信じろとでも?」

「それは……」


 エイリーンが言葉を詰まらせる。


 今、エイリーンには自分の身分を証明するものがない。

 せめてあの剣でも持ってくれば良かった。と、今更考えてしまう。


「連れて行け。本物か偽物か、大将帥だいしょうすい閣下が直接お決めになる」

「待って! 彼女は本当に――」


 僕の言葉を聞くこともなく、騎士二人が馬を寄せ、僕とエイリーンの腕を乱暴に掴んで、それぞれ鞍の後ろへと引きずり上げた。

 僕たちの手首には馬に括り付けられた麻の縄がかけられる。


「アルト、大丈夫よ――」


 エイリーンが僕を安心させるように小さく囁くが、その声は馬の蹄の音にかき消された。


 何を根拠に、と文句を言いたそうな顔をしたのだろう。

 エイリーンは僕に微笑んで前を向いた。


「進め! アイゼンゲートへ帰還する!」


 隊長の号令とともに、馬たちが一斉に走り出した。

 激しい振動が体に伝わり、巻き上がる砂塵が視界を白く染める。


 灰白色の絶壁が近づくのを見ながら、僕はただエイリーンの根拠のない言葉を信じて祈ることしかできなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 台地から見えていた城壁は、山の中にある一筋の白線だった。

 しかし、近寄ってみると、


「……これ、は」

「本当に……大きいわね」


 五十メートル程だろうか。高さで言えば日本にあるような有名なタワーやビルに及ばない。

 しかし、その高さの「壁」である。

 下から見上げると、それは遠くから見た「山」と変わらない。


 その山の中央にどっしりと鎮座する黒い城門も、近くで見れば一つの巨大な鉄塊だった。


「…………?」


 しかし、その巨大な門が動く気配はない。

 代わりに僕たちを乗せた馬が向かったのは、その大門の脇に口を開けた、小さな通用門だった。


「隊長、ご苦労様です。……そいつらが光の元凶でしたか?」


 槍を持った門兵らしい男が隊を迎える。


「……いや、まだ断定はできない」


 首を横に振った隊長から順に、通用門に入る。

 門をくぐると、暗く、ひんやりと冷たい道だった。

 十数メートル先に見える光が、この壁の分厚さを表している。


「――それで、閣下にご判断を仰ぐところだ」


 門兵への報告が終わると同時に、再び夕日を浴びる。


 城塞都市。

 そんな言葉が似合う場所だった。

 まず、壁の中に入っても、建物が壁のように並んでいた。

 進んでいくと、道が迷路のような造りになっているところもある。

 極めつけは、もう日が傾きかけているというのに、そこら中を鎧を着た人が行き交っている。


 買い物をする客も、売り手も、騎士団とは違う皮の鎧を付けている。

 よくある傭兵や冒険者のような人たちだろうか。

 物々しくも、活気ある町だ。


「……なんか、やっぱりファンタジーだな」


 魔法を使ったり、殺されかけたり。

 様々なことがあった今日だったが、今更そんなことを思った。


「――降りろ」


 馬を降りた場所は、この都市の中心であろう大きな建物の前。

 おそらくここに「大将帥」と呼ばれる人がいて、僕たちは今からその人に裁かれるのだろう。


 皇宮ほどではないが、そこそこの間歩くと、大きな扉の前に出た。


「ホーマン大将帥閣下、アイゼンゲート第三部隊隊長テスラムであります! 光の元にいた人物を連れて参りました!」

「……入れ」


 テスラムの言葉から少し置いて、低いが通る声が響いた。


 扉が開くと、広い部屋に出る。

 様々な装飾がされた鎧がサイドに並ぶ中、中央には腕を組んで座る男がいた。

 少し褪せた深みのある赤髪には、少し白髪が入っている。

 しかし、彼が放つ覇気のせいか、歳をとっているようには見えない。


「……話をする。下がれ」


 僕たちの横に立つテスラムに向かって男が言った。


「ハッ。しかし、閣下とこやつらだけでは……」

「下がれと言っている!」


 ものすごい剣幕に空気が張り詰める。

 慌てたようにテスラムは膝をついて一礼し、部屋の外に出た。


「……それで、聞かねばならんな」


 男は空気を作り直すように首を一周させ、こちらを見る。

 エメラルドグリーンの目が、目透かすように僕たちを捉えていた。


「……こんな辺境まで、何用ですかな。エイリーン嬢」

「エイリーン、嬢……?」


 男は、僕の隣にいる皇女様の名前を呼んだ。

 それも、その声には親しみが籠っているように見えた。


「……ディストン侯爵。お戯れは程々にしてください」


 溜息をつきながらエイリーンは肩を撫で下ろす。


 えーっと……これは。

 助かった雰囲気だろうか。


「ハッハッハ……いや、すまんすまん。少しからかってみようと思ってな。

 あやつには謝る機会を作るゆえ、聞いてやってくれ」


 ディストンと呼ばれた男は一瞬表情を崩して笑顔を見せたが、言葉は真剣なまま続けた。


「しかし、改めてではあるが、こんな辺境になんの用ですかな。しかも、()()側から見慣れぬ男も連れて」

「…………私たちも、状況が分かっていないのです。……ただ、ここまで必死に辿り着いた、としか。

 アルトは、説明すれば長くなりますが……」


 困ったように答えるエイリーン。

 ディストンもそれを問い詰めるような様子はなく、微笑んでこちらを見ていた。


「その格好を見るに、大変な思いをしたのであろう。その御仁も共に一晩ここで休み、それから帝都に戻られるのがよかろう」

「お心遣い、感謝します」


 エイリーンが左手を前、右手を後ろに当てて頭を下げる。

 帝国流の礼だろうか。

 僕もそれに倣って頭を下げた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 僕たちにはそれぞれ部屋を与えられた。


 調度品は、元いた世界のものとは違うものの、どれも高級そうなものだった。

 ベッドもその他家具も、装飾が施されている。


 当たり前かもしれないが、皇女に着いてきた人物ということで、良い客間が用意されたのかもしれない。

 高級なホテルに来たような気分で、少しソワソワする。


 もう日も落ちているし休もうと、用意された部屋着に着替えてベッドに転がっている時だった。

 コンコン、と扉がノックされ、この世界では一番聞き慣れた声が聞こえる。


「アルト、入ってもいい?」

「へっ、?」


 完全に休むモードで油断していた僕は、ビクッと飛び上がった。


「う、うん……大丈夫」

「……ごめんなさい、休んでたところなのに」


 僕の裏返った返事を聞いて苦笑しながら部屋に入ってくるエイリーン。


「大丈夫だよ。……どうしたの?」

「色々あったでしょう?……だから、話をしたくて」


 たしかに、整理したいことがたくさんある。

 そもそも僕はこの世界についてまだ知らないことばかりだ。


 休めるってことで忘れていたが、ここがどういった場所なのかすら知らずにいる。


「そもそも、あの森はなんだったんだろう」


 唐突な出来事だった。

 元の世界で言えば、ワープや転移といった現象だが、エイリーンも知らない様子だった。


「さっきの台地に来る前、あの魔法陣にあった残滓は時空間魔法のものだった、と思う。……だから」

「エイリーンが転移を起こしたってこと、か」


 口ぶりからして、意図的なものではない。

 意図的に操作できるなら、わざわざ危険なところに飛び込んだりしないはずだ。


「…………私、死ぬところだった」


 そうだ。エイリーンはあの時、致命傷を負っていた。

 手に溢れてくる血を思い出して、お腹の辺りがグルグルと気持ち悪くなる。


「アルトが治した、のよね」

「……うん」


 肯定はしたものの、手応えのようなものは一切残っていない。

 あの時何が起きたのか。思い出そうとしても、熱い光の残像が脳裏をよぎるだけで、実感がまるでないのだ。


「ありがとう」


 エイリーンは真っ直ぐ僕を見て言った。


「……感謝されるようなこと、してないよ。僕はただ、必死だっただけで」


 目を逸らしながら呟く。


 一瞬の沈黙。それを破ったのは夜には似つかわしくない鐘の音だった。


「なんの音?」


 窓の外を見ると、遠くに見える城門が小さく開かれ、騎士を乗せた馬が一列に飛び出して行くところだった。


「これは、きっと魔物が出たのね」

「魔物……」


 僕とは対照的に状況を理解して落ち着いたエイリーンは、椅子に腰掛ける。


「アイゼンゲートはガンドール領の領都で、魔族や魔物が住む魔界に接しているから、きっと何かあったのね。

 でもアイゼンゲート部隊と言えば精鋭揃いだし、傭兵団なんかも集まるみたいだから、大丈夫よ」


 だから町には鎧を着た人が多かったのか。

 戦いを生業とする人達は、ここを拠点に稼いでいるのだ。


「さっきのディストン侯爵はガンドール領主で、ホーマン家は代々ここを治めているの」


 テスラムとエイリーンで呼び方が違っていたのは名と性の差だったか。そりゃそうか。


 エイリーンは、その後もホーマン家について話してくれた。


「ディストン様は、ただの領主じゃないの。

 ホーマン家はね、かつての三国大戦の功労者のひとり。その武勲を称えて初代皇帝から『大将帥』という特別な称号を与えられた家系なのよ」


 エイリーンは窓の外、夜の闇に白く浮かび上がる巨壁を見つめながら言葉を続ける。


「でもそれは単なる名誉じゃないわ。

 有事の際、帝国に危機が迫ったときには、帝国の全軍――軍務卿すら凌駕する最高指揮権を一時的に持つの。

 この国で皇帝と宰相に次ぐ、実質的なナンバー3。それが、あのディストン様という人なのよ」


 ……設定が重すぎる。


 つまり、あの厳格ながらも気さくなおじさんは、この国の防衛大臣と最高司令官を一人で兼ねているような、とんでもない超大物だったということだ。

 日本で言えば、いきなり官邸のトップクラスに保護されたようなものだ。


 いや待てよ、そういえば今行動を共にしている少女は皇女様だ。

 召喚された場所も、皇居みたいなものか。

 スケールが大きすぎてイマイチ実感が湧かない。


 でも、ディストンがただの気さくなおじさんではないことはよく分かる。

 部下を一喝した時の地響きのような声や、僕を見る鋭い眼光。

 笑っている時ですら、その背後には無数の修羅場をくぐり抜けてきた、鋼のような厳格さが張り付いていた。

 まさに「大将帥」の称号を体現しているような、底の知れない人だった。


「……そんな凄い人が、あんなにフランクでいいの?

 まぁ、最初に睨まれた時はめちゃくちゃ怖かったけど」


 僕が肩をすくめて言うと、エイリーンはクスリと笑って言った。


「ふふ、驚かせてごめんなさい。ディストン様は公私をはっきり分ける方なの。

 昔からそうなのよ、帝都に来るたびにお菓子を隠して持ってきてくれたりして……でも、一度戦場に立てば、部下からも魔族からも死神より恐れられる、帝国最強の盾なのよ」


 エイリーンからすると、とんでもなく強いけど優しい叔父さんって感じなんだろう。

 強い赤髪のおじさんって言うと片腕を失ってそうだけど、冗談でも口にはできない。

 この辺りに海はなさそうだし、何よりあの人は、両腕で帝国を支えている現役バリバリの重鎮だ。


 その後、少し他愛ない話をしてエイリーンは部屋を出ていった。


 静寂が戻った客室で、僕はベッドに深く沈み込む。

 慣れないベッドと異世界に来てしまった興奮で眠れない気がしたが、疲労からか僕はすぐに意識を手放した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 エイリーンとアルトが眠りにつく頃、館の最上階――主の執務室では、ディストンが暗い窓の外を眺めていた。


「……父上。あの方は、本当にかの皇女殿下なのですか」


 影の中から、一人の青年が歩み出る。

 ディストンと同じ赤みがかった髪を短く刈り込んだ、鋭い眼光を持つ青年――ディストンの息子、サラディンだった。


「間違いあるまい。あの凛とした立ち振る舞い、両親の色を継いだ白金の髪……紛れもなく、エイリーン嬢だ」

「ならば、腑に落ちません。報告では、あの方々は魔界の境界近く……人間がいるはずのない場所から、忽然と現れたとか。あの光の正体が彼らである可能性もあります」


 サラディンが懐疑的な声を漏らす。


「見慣れぬ格好をしたあの男も気になります。……特に力を持つようには、見えませんでしたが」

「……皇族ながら武芸に秀でているというエイリーン嬢に憧れていたお前が怪しむ気持ちも分かる。それを見極める機会を与えよう」


 ディストンは振り返り、好戦的な光を宿した息子の瞳を見据えた。


「サラディン。明日、エイリーン嬢に手合わせを願ってみよ。言葉よりも、剣を交える方が真実が見えることもある」

「……殿下を、試すのですね」


 言葉とは裏腹にサラディンは納得したように不敵な笑みを浮かべた。


「……御意。彼女が()か、この手で確かめさせていただきましょう」


 若い騎士が腰の剣の柄を確かめるように強く握りしめる。

 革の手袋の軋む音が、闇夜に吸い込まれていった。

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