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世界転移ⁿ  作者: 尽野りお
第三次地上大戦編 第1章

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5話 期待の重さ、命の熱

 状況は最悪だ。

 疲労のピークに達していた。やっと少し落ち着けると思った矢先のことだった。


 目の前を覆う砂塵に移る影が大きくなる。


「グルァァァァァっ!!」


 出てきたのは巨大な何か、確認するより先に力いっぱい剣を振りかぶる。


「はァァっ!!」


 ガキンッ!と甲高い音が響いて一気に視界が広がる。


 ぶつかったのは、巨大な狼が串刺しにしようと下から繰り出した、歪だが鋭い角だった。


 すぐさま後ろに跳び、距離を取る。


「流石に、まずいわね……」


 相手のカウンターも考えない全力の一撃だったが、止められてしまった。


 四足歩行にも関わらず、その魔獣は私と目線が同じ高さだった。馬力では間違いなく向こうが上だ。

 私の体力的にも、長期戦は見込めない。


「……っ!」


 構え直そうとした刹那、魔獣が大きく顎を開いた。


「――ウォォォォォォォォォォォオオォォオン!!」


 鼓膜を直接引き裂くような、暴力的な咆哮。

 単なる鳴き声ではなかった。魔獣の喉から放たれた濃密なマナの波動が、目に見える衝撃波となって塔の壁を震わせる。


「あ、ぐっ……!?」


 視界がぐにゃりと歪む。思考が真っ白に塗り潰され、指先の感覚が消失した。

 踏ん張ろうとした膝から力が抜け、握りしめていた剣の重みが感じられなくなった。


 歪んだ視界で見えた魔獣が鋭い爪を携えた前足を大きく振った。

 右に倒れるように避けると、繰り出された何かは左肩を掠め、後ろの巨木を切り倒した。


 血の吹き出す左肩とさっきの麻痺による熱が身体中をドクドクと巡る。

 四つん這いになった私は、剣を失った右手を無我夢中で魔獣に向けた。


「――ガフゥッ!?」


 追撃に距離を詰めてきていた魔獣に私の出した風の衝撃波がぶつかり、吹き飛ばした。


 それと同時に、身体が冷たくなるような感覚を覚えた。

 魔力がもうほとんどない。直感がそう告げた。

 思えばこの森に来た時もそうだったのかもしれない。いや、そんなこと考えている場合ではない。


 落ちていた剣を拾い、再び態勢を整えた魔獣と向き直る。


 思ったよりまともに戦えている。

 それと同時に、長続きしないことも分かった。

 さっきの魔法を警戒してか、魔獣はお互いの間合いの外で様子を伺っている。


「……アルトが逃げる時間だけでも、稼がないとね……」


 一瞬ギュッと目を瞑って、覚悟を決める。


 魔獣と目が合った。第二ラウンドだ。


 ――パシャっ


 水を浴びるような音がして、魔獣の動きがふと止まる。

 逆立った禍々しい毛並みに覆われていた魔獣の右耳が、水を吸って少し垂れ下がっていた。


 怪訝そうにそれを起こした方向を見る魔獣。

 その先には、いや、この場で私以外にいる人物は一人だけだ。


 そこには、肩を上下させて右手を魔獣に向けるアルトが立っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《有人視点》



 また、護られている。


 彼女は、当たり前のように動いた。

 震える手で剣を取り、圧倒的な暴力に立ち向かっている。


 僕は、当たり前のように一歩下がった。

 傷ついてもいない身体を、ただ震わせているだけだ。


 この森に来てすぐ、彼女の強さに安心感を覚えた。

 こんな人なら、英雄なんか召喚などせずとも戦争を止められるじゃないか。そう思った。


 でも違った。その前に彼女はここで敗れる。


 次は自分、その思考に至る前に、僕は彼女のことでいっぱいになった。


 ここまで何もしないで、何もできないことをを言い訳にしていられない。

 彼女が僕の逃げる時間を稼いでくれているのは分かっている。

 それでも、何かしたい。


「……魔力は、あるんだ」


 魔法は使えない。エイリーンはそう言った。

 その瞬間、僕は安心した。これで余計な信頼をされずに済むと。


 でも、ゼロではなかった。測定の時に魔力を扱うこともできた。

 何もないわけじゃない。今まで、考えないようにしていただけだ。


「逃げるな……逃げるな!」


 震える右手を、震える左手で支える。


 イメージだ。

 マナを取り込んで、それを水に変換する。


 目一杯空気を吸い込む。濃密で温かいものが肺に入ってきた。

 しばらく深呼吸を続けると、身体中をそれ――マナが巡っていくのが分かった。


 突き出した右手に集中、マナをその中心に集める。


 手の中から溢れるように出たマナは、その瞬間一気に冷やされて集まり、ぷくっと風船のように膨らんだ。


「……出た」


 右手に、顔ほどの水球が生まれていた。


 今にも破裂しそうに震えるその水球を、エイリーンの様子を伺う魔獣に向ける。


「――っけぇ!」


 少し上向きに放たれたそれは、浅い弧を描いて魔獣の顔に着弾した。


「…………」


 魔獣と目が合う。


 ああいたのか、と言われた気がした。

 初めて存在を知ったと言わんばかりの反応だ。


 魔獣はブルブルと濡れた顔を振ると、呆然と立ち尽くすエイリーンを一瞥してこちらに向き直る。


「――っ、アルト!」


 魔獣の殺気が漏れ出ると同時に、エイリーンが叫んだ。


 僕は咄嗟に下がろうとするが、魔獣の放つ圧に押されるように後ろに倒れ込んだ。


「……っ、や……ば」


 手脚をバタバタと動かして下がってはみるが、魔獣の突進を撒けるはずもなく、一瞬で距離が縮まる。


 あと5mと言ったところで、魔獣が爪を振りかぶった。


 重戦車のような巨体が、逃げ場のない僕の視界を埋め尽くす。

 死ぬ。そう確信して目を瞑りかけた、その時だった。


 視界を横切ったのは、泥に汚れ、血に濡れた白金の髪。


「――っ、!?」


 衝撃音と共に土煙が舞い上がり、僕の視界を奪った。

 それがエイリーンの起こしたものだと分かったのは、彼女が必死に叫んだからだった。


「アルト! 逃げ――っぁ!!」


 短い悲鳴。

 エイリーンが、僕と魔獣の間に割り込むように身体を投げ出したのが見えた。


 バシュッ、という、生々しく肉が裂ける嫌な音が耳に届く。


「あ、が……っ」


 土煙の中から無慈悲に振り下ろされた巨大な爪が、僕を庇ったエイリーンの背中を、肩口から腰にかけて深く引き裂いていた。


 彼女の身体が、糸の切れた人形のように僕の上へと崩れ落ちる。


「……え、エイ、リーン……?」


 受け止めた腕に、ドクドクと熱い感触が伝わってくる。


 さっきまで凛としていた彼女の身体は驚くほど軽く、そして信じられないほど大量の血が、僕の服を、地面を、真っ赤に染め上げていった。


 魔獣は、獲物を仕留めたことを確信するように低く喉を鳴らしている。


 僕は、エイリーンを羽交い締めにして、引き摺るように逃げた。

 最後に彼女が言おうとしたことが、耳に残っていた。

 そうしないと、今の彼女の行動全てが無駄になる気がした。


 素人なりに、魔獣の気配が消えるぐらいまで走った。

 体力的にも、これ以上遠くに行けそうもない。


 しかし、足を止めた理由はそれではない。


「…………ぁ」


 声にならなかった。


 僕が走ってきた道を筆でなぞるように、赤い線が引かれていた。


 腕の中の熱が、急速に奪われていくのが分かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 背中をハンカチで抑えると、直ぐに赤く染まって使い物にならなくなった。

 今まで何もしてこなかった僕は、大量出血を止めるすべなど知らない。


 段々と冷たくなるエイリーンを、ただ震えながら抱くことしかできなかった。


「……ア、ルト」

「……エイリーン!?」


 左腕を枕代わりにすると、エイリーンと目が合う。

 空のように澄んでいたはずの青い目が、ボヤけて曇って見える。


「……ごめん、僕が余計なことをしたから……」


 何もせずエイリーンに任せておけば、こんなことに放っていなかったのかもしれない。


「……あり、がとう……魔法……使えた、ね」

「そんなこと、ないよ……」

「……アルト……あなたなら、きっと……大丈夫」


 そう言って、エイリーンは目を瞑る。

 まだ彼女の身体は温かい、しかしそれも時間の問題だった。


 糾弾されるべきだった。僕のせいで傷ついたのだから。


 彼女は、僕を今も信頼しているというのだろうか。

 僕が、何かやってくれると思っているのだろうか。


「……くぅ……っ」


 彼女がボヤけて見えたのは、僕が泣いているからだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 誰かの頼みを聞かなくなったのは、数ヶ月前からだ。


 小学校からずっと一緒だった親友は、高校のクラスに馴染めないでいた。いじめもあった。

 いつからか学校に来なくなり、僕は彼を励ました。

「隠れないで、立ち向かってみよう。一緒にいるから」と。

 彼は、「有人が一緒にいてくれるなら大丈夫だ」と言って学校に来た。


 嬉しかった。彼が学校に来たこと、自分を信頼して着いてきてくれたこと。

 自分が彼にとって特別な存在になっているんだと、心地よく思っていた。


 そんな期待に応えたくて、学校で彼がいじめを受けていると守るようにした。

 争いごとは好きじゃないが、強い自分、正しい自分でありたかった。


 その時の僕は、いつかの紗久みたいにヒーロー気取りで、さぞ滑稽だっただろう。


 そんな日々が続いて、彼は壊れた。

 彼は最後にこう言った。

「君の言うことなんて聞かなきゃ、信じなきゃ良かった。君は僕を守ってるつもりかもしれないけど、それが僕を惨めにするんだ」


 どうすれば良かったのだろう。

 たしかに、僕はその時自分に酔っていたと思う。頼られる存在であることが心地よくて、本当の意味で彼のことを考えられていなかったのかもしれない。

 だからって、何もしなければ彼はもっと酷い思いをしていたかもしれない。


 信頼なんて、一方的なエゴの押し付けだ。

 彼は僕を『優しい守護者』だと信じていた。

 その信頼が深まれば深まるほど、彼は自分の無力さに耐えられなくなっていった。


 それから僕は、人と深く関わらないようにした。

 自分のせいになるのが、怖かった。


「……なのに」


 彼女は僕を信じていた。

 何もしていない僕のことを。


 魔法を使ったことで彼女を傷つけた。

 でも、今まで何もしなかったから彼女を傷つけたのかもしれない。


 もうグチャグチャだ。


「……頼むよ、もう……嫌だ」


 再びエイリーンを抱きしめた。

 身体中の熱を、冷たくなる彼女に注ぎ込むように、強く抱いた。


 身体の力が抜ける。

 疲労の限界か、思考の限界か。


 違う。僕の胸の奥にあった「熱」が、堰を切ったように彼女へと流れ込んでいるんだ。

 抱きしめた腕を通じて、僕の中の何かが、ズタズタに引き裂かれた彼女の肉体を縫い合わせ、失われた血を、命を、強引に呼び戻していく。


 ぼーっとする頭で、フワフワとそんなことを考えていた。


「…………ぁ、ルト……?」

「――えっ……?」


 エイリーンと目が合っていた。

 涙を拭くと、今度こそ曇りのない青空のような瞳が、僕を真っ直ぐに映し出していた。


 死を覚悟したはずのその瞳に、力強い光が灯っている。


「私……生きて……る?」


 背中の深い傷は、まるで何もなかったかのような雪のように白い肌に変わり、死人のようだった頬には、うっすらと赤みが差し、声には確かな体温が宿っていた。


「…………よかった」


 再び糸が切れたように視界が滲む。

 だが、安堵に身を委ねようとした僕の耳に、地を這うような低い唸り声が届いた。


 僕が引いてきた「赤い線」を辿り、ヤツがすぐそこまで来ている。


 次こそ、どうしようもないかもしれないな。

 せめて、エイリーンだけでも逃がせないかな。


 震える手で、傍に落ちていた太めの枝を拾い上げる。

 戦う術なんて知らない。これが武器になるはずもない。

 それでも、僕は彼女の前に立った。


「……アルト?」


 彼女の困惑した声を背に、僕は前を見据える。

 生い茂る木々の隙間から出てきた魔獣の影が、一段と大きく見えた。

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