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世界転移ⁿ  作者: 尽野りお
第三次地上大戦編 第1章

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3話 望まれぬ英雄

「えっ?」

「エイリーン!?」


 魔法陣の光から開放されると、そこは豪奢な部屋だった。

 何が何だか分からず呆然としていると、目の前にいた白金はっきん色の髪の少女が倒れた。


 駆け寄る銀髪の少女を尻目に後ずさりすると、よろけて尻もちをついた。


「……なんだ、これ」


 ここはどこだ。なぜあの子は倒れているんだ。

 僕のせいでそうなっているのだろうか。

 何をしたって言うんだ。


「気を失っただけね……」


 そう呟いてこちらに向き直った彼女の月明かりを固めたような銀髪が、ふわりと揺れた。


「はじめまして。私はフレーダット帝国第一皇女、アイリス・フォン・フレーダットです。この子は妹のエイリーン。あなたのお名前は?」

「え…………っと、と、時坂、有人……です」


 アイリスと名乗った少女に糾弾されると身構えたが、単に名前を聞かれただけだと分かり、噛みながら答える。


「トキサカ、様? アルト様?」

「あ、えーっと、時坂が苗字で、有人が名前で……」


 うんうんと頷きながら聞くアイリスだったが、瑠璃るり色の目がふとなにかに気づくように揺れた。


「あ!……エイリーン? 大丈夫?」


 見ると、アイリスの膝に寝かされたエイリーンが目を覚ますところだった。


「……姉様?…………召喚はどうなった、っけ?」


 ゆっくり周りを見回すエイリーン。

 目が合った。


 綺麗、だと思った。

 透き通るような白金色の髪、突き抜ける青空のような瞳。

 まるで、この世のものとは思えないほど整った造形。

 きっと場違いなところに来てしまったのだと、このふたりが教えてくる。


 しかし、


「あ……」


 彼女の澄んだ青い目が、一瞬色を失って真っ黒に見えた。


「え……あ、僕は有人、時坂有人です。」

「……エイリーン・フォン・フレーダットです。よろしく、アルト……様」


 なんだか居心地が悪い。

 何か、失望させてしまった気がする。

 何もしていない、そもそも何ができたというのだろう。


「それで……僕はなぜこんなところに?」


 努めて冷静に質問した。

 聞きたいことは山ほどある。


「ここは、フレーダット帝国の帝都、アルベリスです」


 アイリスが説明を始めた。

 もちろんそんな国も都市も知らない。


「今、私たちの国は戦争をしています。状況は劣勢。それを打破するために異世界からあなたを召喚したのです。ね? エイリーン?」

「あ、うん……そうだね」


 この国を救うヒーローになれってことだろうか。

 そんなものにはなれない。なりたくもない。


「もちろんタダでとは言いません。相応の報酬と、その他にも必要なものがあればご用意します」


 そう言うことではない。


「アルト様は、どのような魔法を?」

「……えっと、僕は魔法がない世界から来たので」


 その答えにアイリスは目を丸め、エイリーンの方を見る。


「えっ……じ、じゃあ、剣が得意……とか?」


 エイリーンからの質問に僕は首を振る。

 もちろん剣はおろか武道をかじったこともない。

 もっとも、おもちゃの剣なら最近も振り回していたが。


「そんな……やっぱり、失敗なの……?」

「エイリーン、また挑戦しましょう」


 アイリスに慰められるエイリーンは、なにかに気づいた。

 目線の先は僕の傍で、そこにはバラバラになった白透明な石があった。


「魔水晶が……!」


 彼女が駆け寄ったその石は、魔水晶なようだ。

 もちろんそんなもの初めて見るが、僕の召喚に使ったということだろうか。


「そんな……一度使っただけで壊れるなんて」

「もう、召喚はできないわね……」


 僕をここに呼ぶことには成功したが、その一度で水晶は壊れてしまったと。


「救えない……国も、姉様も……」


 絶望的な表情で俯くエイリーンは、呼吸が段々と浅くなり、涙を浮かべているようにも見える。


 アイリスが「大丈夫よ」と声をかけるが、聞こえていないように見える。


 僕は何をすれば。

 なんて考えたが、何もできるわけがない。


 エイリーンの様子を見て思うところはあるが、余計なことをしたくない。

 この世界のことも、何ができるかも分からないこの状況だ。

 下手に動いて、迷惑をかける方が良くない、と思う。


「今まで何もしたことがなくても、適性はあるかもしれないわ」


 少し前向きな表情になったアイリスは続ける。


「強い魔法適性があれば、少し訓練すれば大きな戦力になるし、召喚された人だもの、きっと特別な力があるんだわ」


 その言葉を聞いて、エイリーンは少し顔を上げた。


「そうだね、調べてみよう」

「――待って、僕はそんなことやるなんて言ってない」


 自分の口から、取り繕ったような敬語が消えていた。


 少し希望の見えた青が、また黒く染まるように見えた。


 特別な力があるなら戦えと言うのだろうか。

 そんなの、理不尽だ。


 仮に力があったとして、全てが上手くいくとは限らない。

 仮に力があったとして、僕はまた同じ失敗を繰り返すことになるかもしれない。


 僕はそんなに凄い奴じゃない。


「期待するだけ無駄だし、やらないよ」


 彼女は俯いた。

 怒りに震えているように見える。


 でもそれは僕に対するものではない。

 自分に対する怒りだ。

 僕をここに引きずり込み、あまつさえ「期待」なんて残酷な言葉を押し付けようとした自分自身への、やり場のない怒りだ。


 その痛々しいほどの沈黙を破ったのは、アイリスの低く落ち着いた声だった。


「……アルト様。拒絶されるお気持ちは理解いたします。ですが、一つだけ覚えておいてください」


 彼女の瑠璃色の瞳が、真っ直ぐに僕を射抜く。そこには先ほどまでの柔和な姉の顔はなく、一国の命運を背負う皇女の冷徹な光が宿っていた。


「私たちは、あなたを元の世界へ帰す方法を知りません。唯一の道標だった魔水晶も、今、目の前で砕け散りました」


 その言葉は、僕の退路を断つのに最適な一撃だった。


 帰れない。

 ここで彼女たちの手を振り払えば、僕は見知らぬ異世界で、ただの無力な浮浪者として野垂れ死ぬだけだ。


「…………分かった。測るだけなら、やるよ」


 僕は小さく息を吐き、観念した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 僕が来た場所は、フレーダット帝国の中心である皇宮だった。

 動揺して頭に入っていなかったが、要するに、このふたりはお姫様なのだ。


 そう言えば失礼な態度を取ってしまったと敬語で謝ると、

「こんな状況でまともに話すのは難しいわ」

 と許して貰えた。

 むしろ対等に接して欲しいとの事である。


 皇宮と言うだけあって、この城はかなり大きい。

 目的の場所がどこかは分からないが、かれこれ10分ぐらいは移動している。

 白っぽい石造りの廊下は、まさに中世ヨーロッパ風といった雰囲気だ。もちろん本物を見た訳では無いが。


「普段はもう少し人がいたりするんだけど、今は戦時中だから……」


 たしかに、使用人がせかせかと動き回っているイメージと反して、人が少ない。

 ここまで見た人は片手で数えられるぐらいだ。


「ここが宮廷魔法師団の居館よ」


 そこは、城の居住区として続く廊下から出てすぐの所にある建物だった。


 入ると客間だろうか、そこそこの広さがあるし会議とかで使う場所かもしれない。その先には上下階に繋がる階段がある。

 階段を降りると、そこは本や紙が並ぶ研究室だった。


「おぉ、これはこれはアイリス様にエイリーン様。……とそちらの御仁は?」


 迎えたのは顔にシワを蓄えた老年の男。

 光の加減で紫にも見える深いバーガンディのローブには金の刺繍が施されており、彼の地位が相当のものであることを示している。


「こちらはアルト、魔法適性を測りに来たの」

「そうですかそうですか。アルト殿、わたくしめはマシウス・ゾーラと申します。ご用意しますのでお待ちくだされ」


 エイリーンは多くを語ろうとせず、マシウスもまた深堀りしようとはしなかった。


「彼は、宮廷魔法師団の団長なの。魔法研究もしていてこの帝国で一番魔法に詳しい御方よ」

「普段話していると、おじいちゃんにしか見えないけどね」


 とふたりは笑う。

 宮廷魔法師団ということは皇帝や皇族を守るのが最優先ってところだろうか。

 たしかに、この建物には人の気配がそこそこある。戦時中とはいえ、皇宮の守りを疎かにする訳にはいかないのだろう。


「お待たせしました、魔法測定器の使い方は分かりますな?」

「もちろん」


 理科準備室のように隣にある部屋からマシウスが持ってきたのは工具箱ぐらいの大きさの箱だ。

 中心には透明な鉱石がはめ込まれている。


「それでは、私は執務を片付けて参ります。アルト殿、これからよろしくお願いしますぞ」


 と握手を求められたので右手を出す。

 何故か続いて全員と握手を交わしていた。


 何を考えているかよく分からない人だ。

 一見すると好々爺に見える。しかし、なんとなくだが苦手だ。

 まあ、知らないおじいちゃんなんてそんなものだろうか。


「この箱の中には、複雑な魔法陣が組み込まれていてね……なんて、今はいいか。ここに魔力を流してみて」


 鉱石を指さすエイリーン。


「魔力を流すってどうするの?」


 と言うとエイリーンはハッとした顔をして、指していた鉱石に手をかざす。


 ここに来るまでに少し僕自身の話をした。

 魔法がない代わりに文明が発達していて……とか話してみたが、実際見ないと分からないこともあるだろうな。


「魔法は、空気中にある魔素マナを身体に取り込んでそれを利用することで発動するの。取り込んだマナを手に集中するイメージで……」


 うーん、わからん。

 僕はともかく、エイリーンも同時に首を傾げた。

 自分でも上手く説明できていないと気づいているのだろう。

 多分、当たり前の感覚で説明が難しいのだ。自転車に乗るみたいに。


「……あれ?おかしいな。魔法が上手く使えない……」


 特に何も変わらない事にまた首を傾げるエイリーン。


「……きっと倒れたショックが残ってるのよ。気を落ち着かせるお茶でも淹れてくるわね」

「ありがとう、姉様」


 そう言ってアイリスは階段を上がっていった。


「よく分からないけど、やってみるよ」


 エイリーンと場所を代わる。


 マナを取り込む。空気中にあるのだろうか。

 とにかく息を深く吸ってみる。そういえば、いつもと違う空気という感じがする。


 それを手に集中。

 昔はよく手から亀の波だったり千の鳥だったり螺旋の丸を出そうと練習したものだ。

 それを思い出して目を瞑り、手に集中してみる。


 すると、手から何か暖かいものがが流れる感覚があった。

 目を開けると、透明だった鉱石が少し揺らいでいた。


「凄い……少し教えただけなのに」


 エイリーンが浮かべる期待の表情が痛い。


 揺らぎが止まる石は弱々しくだが、青く光っていた。


「青くなった……?」

「……水属性ね。少し弱々しい光だけど……」


 なるほど、属性によって色が決まるのか。火なら赤、みたいな。


 続いて数字と文字が浮かび上がる。


『200000 73 憑依』


「えっ?」


 ディスプレイのように浮かび上がったのを見て、エイリーンは驚きの声をあげる。

 たしかにこんな文明的なものがあったら驚くだろう。


魔力値まりょくち魔強値まきょうち副加護ふくかごの順で表示される……はずだけど、これは……」


 違った。エイリーンがこれを見た事がない訳がない。

 何か問題があったのだ。


「聞いたこともないぐらいの魔力値。……だけど、この魔強値じゃあ魔法は使えない……」

「そのふたつが必要ってこと?」

「……ええ。魔力値は身体にマナを取り込む力。魔強値はそれを制御・行使する力のことなの。魔法士になるような人はそれぞれ800ぐらいかしら……」


 そのルールに乗っ取ると、僕は膨大なマナを取り込めるけど、それを使う力がない、ということだろうか。

 とにかくあまり良い話ではなさそうだ。


「……この憑依っていうのは?」

「アルトの副加護ね。四つの属性に分けられる主加護しゅかごと違って現時点では何ができるか……」


 その後も、エイリーンは自分を落ち着かせるように言葉を続けた。


「主加護は火水風土の四属性があって、副加護は特殊能力って感じ」

「それ以外にも王加護おうかごという特別な能力があるけど、それはこの測定器で見つけることはできなくて、能力が発現して初めて分かるの」

「ちなみに私の場合主加護は風で副加護は交精、王加護が時空間魔法ね」


 エイリーンの息が上がっているように見える。

 何かに取り憑かれたように、彼女の唇が高速で動く。その瞳は僕を見ておらず、虚空を彷徨っていた。


「魔力値も魔強値も、結構凄いんだよ?」

「その数字だけなら、魔法師団長にも匹敵するぐらいなんだから」


 言い終えたエイリーンは、青ざめていた。


「ちょっと……落ち着いて、エイリーン」


 フラつきながら僕の肩を掴む彼女を支えて背中を叩く。


「上に行って、座っていよう。アイリスももうすぐ来るよ」

「……何がダメだったの?…………私じゃダメなの……?」


 ダメだ。聞こえていない。

 上の階に連れて行くために、肩に手を回す。腰の剣が邪魔だが、引きずるように歩く。

 その間も、エイリーンはブツブツと何か言っている。


 またショックを与えてしまった。

 正直、僕にとっては仕方のない話であるが、罪悪感もある。


「はぁ……」


 ため息とともに俯く。


 いや、あまり難しく考えない方がいい。

 どうせ何もできないとわかっていたのだ。僕が落ち込んでどうする。


 エイリーンの震えが、僕の肩を伝って激しくなる。

 彼女から溢れ出した魔力が、部屋の空気をピリつかせた。


「……っ、エイリーン、落ち着いて――」


 空いている左手で、目眩を耐えるように目をゴシゴシとこする。

 その瞬間、ブツッと音がしたような気がした。


「?」


 途端、重力が反転し、三半規管がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。


 空気が変わった。

 いや、全てが変わっていた。


 目が見えない。


 それもそうだ。研究室は地下空間で暗かった。そんなところから明るみに出れば目の機能は一瞬麻痺する。

 研究室の埃っぽい匂いが、一瞬で鼻の奥を突き抜けるような湿った土の匂いに上書きされた。


 目が慣れてきた。段々と景色が立体感を帯びてくる。


 太い根を張り、高く高く伸びる木々が眼前に広がっていた。


 そこは森だった。

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