11話 進軍の暁
戦争に必要なものは多岐に渡る。
武具の整備から、馬、食料、野営道具や替えの衣類まで、基本的に自分で全て揃えなければならない。
遺書など、家のことも済ませる必要がある。
信仰がある者は、教会に行くこともあるだろう。
ちなみに、この世界ではセイウス教というものが大きな影響力を持っていて、シルメイジア王国では特に厚い信仰を受けているらしい。
そんな大変な戦争の準備だが、僕は家もなければ、まだ自由に扱える武器すらない。
アイゼンゲートより帰還してからヘリスに教えを乞い、色々指導してもらおうと思ったが、まずは走ったり、筋トレしたりと体力作りに取り組んでいる段階だ。
一応護身用にエイリーンのものより短めのショートソードを持たされているが、これが日の目を見るのもまだ先になりそうだ。
僕が準備するものといえば、替えの衣類や靴、パンなどの食料ぐらいだ。
それも非常用であり、通常は馬が運んでくれる物を使用することになるらしい。
「甘やかされてるって言われても仕方ないけどな……」
とはいえ、正直自分でやれと言われても難しいのでありがたく受け取るしかない。
鎧も僕にとっては動けなくなるだけなので、薄い革のものが渡された。
エイリーンはと言うと、とても忙しそうにしている。
僕と違って武具もこだわりがあるし、手入れを欠かす訳にもいかないだろう。
用意するものも、騎士団に所属していたことのあるヘリスと相談しながら決めている。
出発は明日。
腰に携えたひと振りが、戦場へ向かう高揚感と、拭いきれない違和感を同時に突きつけていた。
ーー
軍の出陣式は大規模なものだと聞いていた。
しかし出発の日の朝、皇宮外の広場に集まった人は思ったほどではなかった。
千人もいないだろうか、学校の全生徒よりも少ない気がする。
広場に整列し、兵士たちは思い思いに話をしている。
僕はその列から少し離れたところにいる。朝礼を先生目線で見ている気分だ。
「もっと大規模なものだと思ったかい?」
「カノーテリアさん。……ええ、そうですね」
僕に話しかけてきたのは、青みがかった長い髪の女性。
髪が揺れると香水の甘い香りが鼻をくすぐる。
「民兵たちはみんな歩兵で移動に時間がかかるからね。町でひとまとまりになり次第、戦地に向けて出発しているのさ」
猫のような目を細くしてカノーテリアは微笑んだ。
チェインメイルの上にローブを羽織っており、そのローブには獅子を象った紋章が描かれている。
「ここにいるのはアイゼンゲート部隊や帝国軍の将校ばかりだ。皇帝陛下のお言葉を聞きに来てるのさ」
「なるほど」
そう言う彼女はアイゼンゲートの第四部隊隊長である。
要するにめちゃくちゃ強いし、めちゃくちゃ偉い人物だ。
一度挨拶を交わして以降よく話しかけてくれるが、彼女はみんなの憧れの存在なのである。
「お言葉って言っても、これまで一度も戦争をしたことがない国の皇帝様が話したところで、何か響くのデスかね」
派手なバンダナを頭に巻いた少年が、不敬罪に値する言葉を吐いた。
「こらこら、そんなこと言ってると捕まりますし捕まえますよ、アルバル」
それを諌めるようにため息をつく縁なしメガネの男は、カイシャス。茶色の髪を七三分けにして、いかにも真面目顔だ。
「まぁ、捕まえたところで私の監獄は書類の山で、脱獄するより片付ける方が地獄でしょうけどね。……今の面白いところですよ?」
カイシャスはメガネをクイッと押し上げ、反応を待つように僕をじっと見た。
「無視していいデスよ。このオジサン、何もかも平均的なのがコンプレックスだから会話で爪痕を残そうとするのデス」
「はぁ……」
そんな個性的な彼らも、それぞれアイゼンゲート第五、第二部隊の隊長である。お偉いさんだ。
「皆さんは、今回どのような役割で動くのですか?」
彼らがそれぞれの部隊を率いるのはもちろんだが、今回の援軍は十万だ。その割り振りもあるだろう。
「今前線で戦う八万の減り具合にもよるけどねぇ……
私たちは普段から大軍を率いているわけではないし、基本的には騎士団と魔法師団の将校が民兵を率いるよ」
そうか。別に特筆すべき戦力はアイゼンゲート部隊だけじゃない。
帝国には騎士団と魔法師団があり、それぞれ正規軍として訓練を積んでいる。
もう既に戦地にいる者も多いはずだ。
そういった人達を上手く使って編成していくんだろう。
「あたしの第四部隊は魔法騎士の攻撃が中心だから、魔法士の大部隊を借りることはあるかもしれないね」
「ボクは今回色々他にやることがあるデスから、特別そういった部隊は持たないデスね」
カノーテリアとアルバルがそれぞれ話す。
「私は大部隊を率いることも苦にしないので、中心となる大軍を率いることになるはずです」
カイシャスが自信ありげに胸を張る。
「貴様ら、そろそろ黙れ。サラディン様がおいでだ」
今まで直立不動だった男が口を開く。
獅子を象った紋章が描かれたフルフェイスの鎧に身を包む男、第三部隊隊長テスラムだ。
軽く流して聞いていた他の隊長たちだったが、サラディンが登壇するとピタッと静止する。
「あれは……」
サラディンの右手には、ひと振りの槍が握られていた。
穂先が十文字に作られており、その付け根には黄金の獅子が刻まれている。
「あれが、大将帥に代々継がれる槍、『断空』なのね」
皇帝と話をしてくると言っていたエイリーンが現れるなり呟いた。
「なんの魔法特性もない、しかし絶対に折れない。槍の名人であるサラディン様にピッタリの代物だ」
自慢げに話すのはテスラムだ。
武器のことはわからないが、銀色に光る穂先がサラディンの赤を反射し、燃え上がっているように見える。
「サラディン様は、剣で戦うものだと思っていたよ」
「……そうね。この間の模擬戦では剣で戦ってくれたけど、槍ならきっと一瞬で負けていたわ」
模擬戦で感じた違和感はそれだったのだろうか。
「若君もそうですが、大将帥閣下……いえ、ディストン様をはじめホーマン家は代々槍使いとして無類の強さを誇るのですよ」
「ホーマン家の男児は、あの槍を扱う栄誉を与えられるように鍛錬するのデス」
主君の話をする部隊長たちは誇らしそうだ。
この癖のある人たちをまとめられる、それだけでディストンやサラディンの能力の高さが伺える。
「――静まれ、皇帝陛下がお話になる」
決して怒鳴った訳ではない。
しかし、壇上のサラディンの言葉で、広場にあった出陣前の落ち着きのないざわめきがピタッと止んだ。
いつの間にか、部隊長たちは地面に膝をついており、慌てて僕もそれに続く。
千人程の兵士が息を呑む音が聞こえそうな、そんな静寂。
それを割るように、奥にあった重厚な扉が開いた。
煌びやかな礼服に身を包んだ帝国の主が、ゆっくりとした足取りで壇上へ上がる。
「みな、楽にしてくれ」
優しくも、広場中に届く声だった。
「今、我々の国は危機に瀕している。だが、私は君たちを信じている」
いつもの笑顔を絶やさず、しかし力強くムンガルドは言葉を続けた。
「頼んだよ」
話したのは一瞬だった。
それでも、その場にいた全員が昂るのがわかった。
その言葉に応えるように、皆が左手を胸に当てていた。
皇帝が下がった後、サラディンが再び一歩前に踏み出す。
「我らが帝国の盾であり槍だ。侵略者を打ち払いに出るぞ!」
先程までの静かな威圧感に熱を帯びた声が広場に響き、それに呼応するように歓声が上がる。
帝国を救う十万の援軍。その中枢が、地響きとともに帝都を出発した。




