第2章 プロローグ:名もなき灯
初めての戦争だ。
それは、フレーダット帝国にとって初めての出来事。
国の端にある農村に住む俺ももちろん、経験したことがない。
あちこちで雄叫びや悲鳴、血しぶきが上がっている。
何が何だかわからないが、副騎士団長がこれだけ守れと言っていたことを信じて、村の皆と付かず離れずの距離で槍を振る。
隣村の村長はさっき吹っ飛んで死んだ。もう死に顔も思い出せない。
初めて人を殺した。
その感触ももう覚えていない。自分でもこれまでないぐらいに興奮しているのがわかる。
ただ、この後これを思い出して苦しい思いをすることは確実だ。
シルメイジア王国の侵攻から、約2週間。
国境に近い、つまり最前線である村の男たちは、有無を言わさず徴兵を受けた。
しかし、徴兵が嫌という男は村にいなかった。
俺たちが暮らす国に忠義はない。
しかし、村には家族がいる。最前線を破られるということは、家族を失うのと同義だ。
それに、今まで何も不自由なく、重い税が課せられる訳でもなく幸せに暮らしてきた。その恩と家族のことを考えれば、戦う理由として充分になる。
「我は、シルメイジア王国騎士団第二軍長!メイデンス!貴様ら帝国の所業は許せぬ、鉄槌を下してやる!」
馬に乗った大男の叫びに、空気が震えた。
運が悪い。
シルメイジアの第二軍長と言えば、膂力では大陸随一と言われる人物だ。
馬に乗っているのもあるが、自分の何倍も大きく感じる。
「怯むなァ!魔法士隊の援護も来る。囲んで討ち取れ!」
味方の小隊長が叫ぶ。
「クソッ!」
どうせ何もせず立っていても死ぬ。
やれることをやるのだ。
さらに入り乱れる両軍。
その中でもメイデンスが右手に持つ棍棒を一度振るうと五人は宙を舞う。
上半身を失った下半身が揃って倒れ、それを見た周りの兵士が怯む。
まずい。
「まだだァ!」
叫び突撃する。
自分でも何を考えているか分からない。
立ち塞がる敵兵を槍で叩く。
刺すより叩く方が速いし強い。何十年も農作業で使ってきた桑だと思って必死に振り回す。
またひとり、殺すことができた。
「みんな!届くぞ!」
思わず村の仲間に叫ぶ。少し離れてしまったが、みんな叫びながらついてきている。
敵将メイデンスまでは、あと十歩もすれば辿り着く距離だ。
味方を蹂躙している奴を囲んで馬を攻撃し、引きずり下ろす。
そこからも簡単に倒せはしないだろうが、こちらとて強者はいるはずだ。
「村をまも――」
いつの間にか目線が地面と平行になっている。
熱い。
熱さの元は、自分の右脚だった。
膝から下は無くなり、少し焦げている。
「……魔法……か」
こちらの魔法士が援護に来たということは、無論相手も同じだろう。
周りが見えていなかった。
痛むが、何とか我慢できる。農夫は強い。そう自分に言い聞かせる。
傷口は治癒魔法で塞いで貰えるかもしれないが、脚がなくては農作業が大変だな。
差し木でもして生活することになるだろうか。
とにかく、帰らなければ。
「帰らなければ……!」
這って後ろに下がる。
後方支援の拠点までいけるだろうか。そういえば、村の仲間たちは……?
「……あ、あぁ……」
気づけば周りはスッキリとしていた。
見知った顔は、上半身だけになったり、顔が潰され見分けもつかない状態になったりしていた。
「――――――――」
妻から貰ったミサンガが落ちているのが目に入る。
それを握りしめようとして、もう自分の右手がもう動かないことに気づく。
せめて、もう一度…………
「……カレ――――」
妻や子の名前を声に出す瞬間、敵兵の槍が男を貫いた。
彼の握ろうとしたミサンガは、泥にまみれ、主を失った体と共に戦場に残された。
しかし、その死を悼む時間もない。
そんな小さな悲劇をいくつも飲み込み、フレーダット帝国を襲う戦火は、さらに勢いを増していく。




