手、足、頭
月のない夜、どろぼうのジャックが古いお城に逃げ込みました。
彼は、ちょうど欲張りな商人の屋敷に忍び込み、金貨の袋をいくつも盗んだところでした。抱えた袋は重かったけれど、足取りは軽やかです。夜道を一心に駆け抜けたジャックがひとまずのアジトとして選んだのが、今では誰も住んでいないお城でした。
そのお城は、かつて残忍な領主が住んでいた場所で、幽霊が出るという恐ろしい噂もあったため人が寄りつかず、今まで放置されていたのです。けれど、ジャックに怖いものはありません。お城で出会った相手が幽霊だろうとならず者だろうと、自分の獲物はしっかりと守り通すつもりでした。
お城の中、大広間だったらしい大きな部屋で、ジャックは明かりを灯し、下ろした袋を開きました。袋いっぱいにつまった金貨が、きらきらとまばゆく輝き、ジャックは満足のため息をもらします。
この金貨の半分は、普段貧しい暮らしをしている人たちに。もう半分のそのまた半分は、自分が育った村に。そして残った金貨はジャックの物にして、当面の間は思いっきり遊ぶつもりなのです。金貨を見て感謝する人々の顔や、お金を一気に使う楽しさを思うと、今からにやにやが止まりませんでした。
再び閉じた袋をしっかり抱えて眠ったジャックでしたが、真夜中、話し声が聞こえてはっと飛び起きました。追っ手か、彼と同じようなならず者か。ジャックはナイフを抜き、いざという時にそなえます。
声は、お城の奥から聞こえてくるようです。一向に近づいてくる気配がないので、ジャックは袋を部屋の隅に隠し、足音を忍ばせて声の元へ向かいました。
声は、三通りあるようです。盛んに何かを言い争っています。それは、こんな具合でした。
「手、手に決まっている!」
「いいや、足だね!」
「馬鹿め、頭にかなうはずがないだろう!」
声の主がいるせまい部屋を思いきってのぞきますが、真っ暗闇の中で争う声や、ばたばたとじだんだを踏む音が聞こえるばかりです。好奇心に負けたジャックは、危険を承知でろうそくに火を灯しました。
シュッ! 小さな火に照らし出されたのは__わきわきと指を動かす一対の手と、靴もはいていない足と、ボールのようにぽんぽんはねながらくるくると表情を変える人間の頭でした。
「あっ!」
ジャックがおどろきの声をもらすと、手、足、頭は一斉にこちらを向きました。そして、ぴょんぴょんはねたり、ふらふらと走ってこちらに来るのです。
「ちょうどよかった、あんたはどう思うね」
じろりとジャックを見上げた頭が、尋ねました。
「頭と手と足、どれが一番大事だろうか?」
ジャックは答えにつまりました。手や足がジャックを囲み、自分を見るようにしきりと呼びかけます。
「……どれも大事だと思うがね」
すると、その答えに、三人(?)はがっかりしたようです。
ジャックは、床に座り込み、聞き返しました。
「あんたたちは、誰が一番大事かでケンカしていたのかね?」
「そうだ、そうだとも」
手がぱちぱちと打ち鳴らします。
「手は、足にも頭にもできない繊細な仕事ができるし、頭に食べ物を運んでやることも、足に靴をはかせてやることもできる」
「だが、足がないと、お前らはどこにも行けないぞ!」
「どこに行けばいいかも分からないくせに。考える頭があってこそだ」
ジャックは化けものたちがまた争うのをしばらく聞いていましたが、やがてにっこり笑って言いました。
「それじゃあ、こうしよう。あんたがた、俺の仕事を手伝ってくれないか。誰が一番役に立ったか、よく分かるだろう」
「お安いご用だ」
そう言うなり、手と足と頭は、ジャックが差し出した空の袋に飛び込みました。そして朝になると、ジャックはお城を出発しました。
金貨をしかるべき人々にそっくりあげてしまうと、ジャックはすぐに次の仕事にとりかかります。狙うのは、絶えず民から重税をしぼり上げる王様でした。
王様のお城はとても広く、たくさんの衛兵が守っています。しかし、ジャックには化けものの足がついていました。
足は、ジャックをおどろくほど速く走らせてくれました。衛兵に見つかっても、ぱっと煙のように逃げ失せることができたので、ジャックは喜びます。
「やっぱり、足が一番大事かもしれない」
そうジャックは思いました。もちろん、逃げる時も足がかんじんだからです。
ところが、宝物庫にはいくつもの鍵がかかっています。そこで手の出番となりました。手は、器用な指先を存分に動かし、次々と鍵を外していきました。
「いやいや、どろぼうをやるには手がなくちゃな」
ジャックはそう、考えを改めました。
そうしてついに開いた宝物庫には、あふれんばかりの宝が眠っていました。
床にまであふれ出す金貨銀貨、ルビーにサファイヤ、ダイヤモンドにエメラルド、真珠……ありとあらゆる宝石が、きらきらと光り輝き、ジャックの目をつぶしてしまいそうでした。なめらかで光沢のある絹が何巻も積み上げられた上には、大粒のダイヤモンドがはまった王冠がのっています。いにしえから伝わる剣や王の杖、純銀の食器類に金の鞠、この世に二つとない素晴らしい絵画など……ジャックはしばし、このお宝を盗み出すことも忘れ、ぽかんと口を開けて見入りました。
その時、ぱっ! とたくさんの手がジャックを捕まえました。やっと追いついた衛兵たちです。ジャックはあわてて逃げようとしましたが、何本もの剣を突きつけられては、観念するより他はありませんでした。
捕らえられたジャックは、すぐにお城の前で首をはねられることになりました。
お城の前の広場には、たくさんの人々が集まっていました。あわれなどろぼうの最期を一目見ようと押し寄せたのです。後ろ手に縛られたジャックは力なくうなだれ、首切り役人の前に頭を差し出しました。
役人は大きな斧を振り上げ、一気に下ろしました。ジャックの頭が、地面に転がります。
役人がその首をつかんで皆に見せていた時、あの化けものの頭がごろごろと転がってきて、頭を失ったジャックの体を登り、首にぴたりとくっつきました。
すると、倒れたはずのジャックはさっと立ち上がりました。ナイフを持った手が、ジャックを縛っていた縄を切ってくれました。そして誰もがおどろいている中、ジャックは化けものの足で風のように早く逃げ出しました。
頭のすげかわったジャックは、手、足とともにそれからも悪い領主や王様からどろぼうを働きました。手、足、頭のどれもかえのきかないほど大切だと言うことがはっきりわかったので、それ以来化けものたちが争うことはありませんでしたとさ。




