第8話 気づけばアルゴリズム
いつの頃からか、
判断は人の手を少しずつ離れはじめた。
金融の世界の、
もっと奥のほう。
速さと正確さが価値になる場所で、
人は考え、組み、委ねる方法を手に入れた。
数字は迷わなくなり、
選択は洗練され、
世界はずいぶん合理的になったように見えた。
それは特別な場所の話だったはずだ。
高度で、専門的で、
日常とは距離のある世界。
気づくと、その感覚は広がっていた。
予約、移動、価格、配置。
判断の形は、静かに生活の中へ溶けていく。
コーヒーを飲もうと思う。
自分で探すより、
目の前に差し出された選択肢のほうが、
たぶん間違いがない。
本も、店も、道順も。
「良さそうなもの」は、
いつの間にか先に用意されている。
それは便利で、
実際、悪くない。
外れることも少ない。
それらは偶然ではなく、
アルゴリズムと呼ばれる仕組みによって
集められ、並べられ、
選びやすい形に整えられている。
ただ、
それを良いと思った理由が、
自分の中にあったのかどうか、
少し分からなくなる。
ある場所では、
判断を設計する側に立ち、
別の場所では、
判断された結果を
自然に受け取っている。
その切り替えに、
はっきりした境目はない。
ただ、
立っている場所が
いつの間にか変わっている。
気づけば、
世界はもう決め終わっていて、
自分はそれを
後から「納得」していた。
コーヒーは、ちゃんとおいしかった。
それだけは、確かだった。




