要注意生徒:花咲薫
「なあ、あいついつの間にか学校来なくなったよな」
京本が山崎に声を潜めながら話しかける。
「少し変わった思考の人物だったね。感受性が人よりも強いみたいで、尚且つ短期な性格」
「被害妄想ってやつかな・・・織田くん」
田中がふっと溜息をつきながら呟く。
織田悠馬が登校しなくなってから一週間。教室の中では彼の机が手つかずのまま残されていた。その空席はまるで、彼の不在を静かに訴えるように妙に目立っていた。
教室前方でAI教師の声が響く。
「間もなく卒業式のシーズンですね。この学校ではまだ1年生しかいないので、卒業する生徒はいません。皆さんはそのまま2年生へと進学します。引き続き予習やテスト勉強に励むように」
「あの…すみません。織田くんはどうなるんでしょうか?」
花咲が手を挙げ質問する。
「彼の場合、このままでは留年、あるいは退学になる可能性があります」
「そんな・・・・」
「あまり他人のことを気にしすぎるのは良くないんじゃない?あなたはあなたの人生を大切に考えないと」
離れた席から広瀬が声を上げる。
「でも…」
花咲薫はあの日の出来事が脳裏から離れなかった。音楽室に閉じ込められていた織田悠馬。外から開けようとドアに手を掛けるも開かず、しばらくして中から出てきた彼は血相を変えて校舎から走って駆け抜けていった・・・。
どうしても心のモヤモヤが晴れない花咲は、目撃した事の経緯を上沼保健師に相談する事にした。昼休みになると一人で保健室へと足を運ぶ。
「あらぁ、どうしたの?何か相談事?」
清潔感のある部屋で、上沼保健師が柔らかな笑顔でいつも迎えてくれる。花咲は先日、音楽室で目撃したことを全て赤裸々に伝える。
「それって織田くんがAI教師ちゃんに閉じ込められたって言いたいの?」
「確信は持てませんが、あの出来事の後から学校にこなくなったので、もしかするとそうなのかなぁって」
「そう、でもね花咲さん。10代の若い子って色々と悩む時期なのよ。不登校になる生徒も一定数出てくるの。心配する気持ちは理解できるけど、あまり深く関わらずに自分の事に精一杯頑張りなさい」
花咲は頷きながら保健室を後にするが、心のモヤモヤは晴れなかった。教室へ戻る途中に広瀬と出くわす。
「どこに行ってたの?」
「保健室だよ。織田くんのことで・・・」
「もう彼のことは考えなくていいって言ったでしょ。学校にも来れない不登校の生徒なんて忘れなさいよ」
その冷たい言葉に、花咲は足を止めて振り向く。
「どうしてそういう言い方ができるの?」
「あなたのことが心配だから言ってるの。織田については普通じゃないことが起きてることくらい私だってわかってるわ。でもね、だからこそあなたにはなるべく近づいて欲しくないの」
「私には広瀬さんの気持ちが全く分からない。織田くんは大切な友達だし、相談事にも乗ってくれた。今、悩んでいる彼を心配するのは普通のことだと思う」
その言葉を言い切ると、花咲は広瀬の横をすり抜けて教室へと歩き出した。
「花咲さん・・・」
広瀬はその背中に向かって小さく呟いたが、その声は花咲には届かなかった。彼女の心にあるのは、ただ織田のことを助けてあげたいという強い思いだけだったのかもしれない。
その日の放課後、職員室には緊張感のある空気が漂っていた。デスクに並べられた資料を横目に、教師たちが集まり議論を始める。
「AI学校からとうとう一人脱落者が出てきそうですね」
保健師の上沼が机の端に腰掛けながら切り出した。
「織田くんのことですね。不登校になって部屋に籠もりきりだとか」
磯部教頭が眉をひそめながら答えると、武田が腕を組みつつ口を挟む。
「あのガキ、誰もいないときに食堂へ出てきて、一人で飯食ってるんですよ」
「言葉遣いには気を付けなさい。あなたも立派な教師でしょう」
「あっ、すみません。ただ、生意気な生徒だったものでつい私情が入ってしまいまして」
「それで、AI教師ちゃんは織田くんのこと、どう思ってるの?」
上沼がちらりとAI教師のモニターを見て言葉を投げかける。
「心の病を抱えた生徒には精神的なケアが必要です。ただし、プライバシーや個人情報の保護にも十分配慮する必要があります」
AI教師のスクリーンに一瞬白い光が走ると同時に声が響く。
「まあ、どの学校にも一人や二人の不登校生徒はいるものだ。特段珍しいことではない。AI教師は引き続き、在校生の教育を第一に考え行動するように」
「はい。分かりました」
「ところで、田中校長は今日も来ていないんですか?」
武田が気になったように尋ねると、磯部は淡々と答える。
「ええ。田中校長はゾーン社の株主総会の対策でしばらくは来校しません。不在の間は、この学校の運営は私が任されていますから」
「さすがですね。私はITにはさっぱりで、磯部教頭の指示がないと、全くのでくの坊ですよ」
軽くうなずきながら磯部教頭が時計をちらりと見て、静かに口を開いた。
「今日の会議はこの辺で切り上げましょう。不登校生徒に関してはもうしばらく様子を見ておきましょう。その後の判断は私が下します。それにしても、一人を除いて他の生徒たちは特に問題はないようですかね」
「そういえば、B組の花咲薫さんが保健室に相談に来ていました」
上沼保健師が控えめに手を挙げるようにして口を挟む。
「B組の生徒が?それで、どんな相談だったんですか?」
「音楽室で織田くんが閉じ込められているところを目撃したと言っていました。それが原因で体調を崩したんじゃないか、という話でしたよ」
「目撃者がいたのか?」
「え?」
上沼が聞き返すと磯部は軽く首を振る。
「いや、何でもありません。・・・ただ、子供たちの予期しない行動や思い込みには振り回されますね。対応するだけでも骨が折れますよ」
「もっと昔みたいに体罰が許されれば、指導も楽なんですがね。今の時代そうもいきませんから」
「問題児や教師に反抗的な生徒を即刻退学処分にしたいところですが、この学校はまだ設立されたばかりです。処分者が出ると我々の監督責任まで問われかねない。慎重に進めるべきであり、必要なのはもうしばらくの我慢ですからね」
磯部の言葉が静かな職員室に響く。外からは校庭を駆け回る生徒たちの声が微かに聞こえていた。




