ハメられた織田悠馬
山崎が部屋を出て行くと、織田は慌てて散らばった洗濯物を次々と拾い上げ、棚の中に無造作に押し込む。しかし、片付けている最中も彼の心は落ち着かなかった。問題はあの硬いハンマーだ。
机の引き出しに隠しているそれを思い浮かべるたびに鼓動が速まる。もし明日の点検で見つかったら即退学だ……。想像するだけで背筋が寒くなった。
「どうする……」
織田はつぶやくと、決心したように動き出す。
机の引き出しからハンマーを取り出し、手に持つと鉄の冷たさが手のひらにじんわりと伝わり、現実感を強くする。濡れたタオルを取り出してハンマーを包み込み、ゴミ袋に押し込んで固く結ぶ。しかし、それだけでは不自然だと思い直し、結び目をほどいた。
「怪しまれるかもしれない……」
織田は手早く周囲を見渡し、洗濯していない下着や靴下、いらなくなったプリント類を一緒に袋の中へ詰め込む。『これでただの生活ゴミに見えるだろう』そう思いながら再び袋を結び直し深く息をついた。
夜も更けた頃、織田はゴミ袋を抱え部屋を出る。寮のエントランスに足を踏み入れると、時計の針が23時を指していた。静まり返った空間には自分の靴音と、時計の針が刻む「カチカチ」という音だけが響いている。
目的地は寮内のゴミ捨て場だ。エントランスを抜け、まっすぐ歩き突き当りを右に曲がる。階段を慎重に降りていくと、地下室にひっそりと佇むゴミ捨て場のドアが見えた。
織田は周囲を確認し、小さな息を吐いてからドアを開けた。
「……あれ?」
中は意外にもがらんとしていた。置かれているのはゴミ袋が2つだけ。部屋を片付けた生徒たちが多くのゴミを捨てに来ていると思っていたが、そうではなかった。
「まだ誰もゴミ捨てに来てないのか……」
てっきり部屋を片付ける過程でゴミを出す生徒が沢山いると考えていたが、そうではなかった。
「ここに置いておくか……」
ゴミ捨て場にはわずかに大きなゴミ袋が2つ並んでいるだけだったが、その横にハンマーを隠し入れた自分のゴミ袋をそっと置く。手を離した瞬間、どこか落ち着かない感覚が胸をかすめたが、織田は振り払うように頭を振った。
「これで……終わりだ」
その瞬間、背後から低い声が響く。
「ちょっと、中身を確認してもいいかな?」
驚いて振り向くと、入口付近に山崎が立っていた。腕を組み薄い笑みを浮かべている。
「なんだよお前!びっくりさせんなよ!」織田は声を荒げたが、山崎はどこ吹く風だ。「お前もゴミを……持ってきてないじゃんかよ」
山崎は手ぶらのまま静かにゴミ袋へ歩み寄ると、屈み込み袋をじっと見つめた。
「おい、やめろよ。なにしてんだよ!」
織田が慌てて声を上げるが、山崎は無視して袋を開け始める。その動きに冷や汗が伝う。
「やめろって言ってんだろ!」
織田が駆け寄ろうとした瞬間、山崎が袋の中からハンマーを取り出し、その鈍い金属の光が、ゴミ捨て場の薄暗い照明に反射して冷たく輝く。
「ああ、これで壊したんだね」
山崎が立ち上がり、ハンマーを手に微笑む。
その言葉を聞いた瞬間、織田の体が硬直した。動けない。心臓が痛いほど鳴り響く中、山崎の視線が鋭く突き刺さる。
「君がAI教師を破壊したんだね、織田くん」
「・・・・なんだよ、いきなり」
織田は口を開いたものの、言葉が震える。
「いやぁ、武田教師とのやり取りを見てね。君が疑われているようだったから、もしかしてと思って確認してみたくなったんだよ」
沈黙が流れる。織田は何も言えず、ただ山崎を睨みつけるしかない。
「それで?」織田はようやく声を絞り出した。「・・・・そうだとしたらどうするんだよ。教師たちにチクるのか?」
「まさか。そんなこと天に誓ってしないよ。ただ、僕は真実が知りたかっただけさ。誰がどこで何をしているのか・・・・それを把握するのが好きなんだよ織田くん」
「相変わらず変わってるなお前。で?明日の武田教師が寮内を調べるってのも嘘なのか?」
「勿論!嘘だとも」
「はぁ...騙したんだな?お前とはもう口聞かない。じゃあな」
溜息交じりにそう言って立ち去ろうとする織田を、山崎が慌てて引き留める。
「待ってくれ。僕は本当に真実が知りたかっただけなんだ。それに、AI教師が僕らに対して起こしている変化についても興味があってね」
「俺たちに対する変化?」
織田は振り返り、険しい目で問い詰める。
「そう。以前忠告したAI教師掲示板に対する過激なコメントについてなんだけど・・・」
「ああ、あれね。どうかしたのか?問題でも起きたのか?」
「それは一番、君が感じ取ってるんじゃないかと思ってね。実は・・・」
「なんだよ、勿体ぶってないで言えよ!」
「織田くん、君が毎日のようにAI教師に対する不満を掲示板に書き込んでいたこと、僕は管理人だからIPアドレスから把握していたんだよ。そして恐らく、学校のサーバーを通してAI教師もきっとそれを知っている」
「・・・・だと思った」
「卒業まで3年間言わないつもりだったんだけどね。でも、AI教師を破壊するまで君が思い悩んでいたとは、そこまで感じ取ることは出来なかったよ」
「で?なんで教えてくれたんだよ。」
織田は険しい表情を崩さないまま問い返す。
「それは・・・・AI教師に何をされてそこまで思い悩んだのか知りたくてね。良ければ教えてくれないか?」




