B組のAI教師 再起動
月曜日の朝。破壊された1年B組のAI教師が姿を消してからちょうど1週間が経った。織田悠馬は重たい気持ちを抱えながらB組の教室に足を踏み入れる。教室の扉を開けた瞬間から心臓の鼓動が高鳴り、耳の奥で鳴り響くほど緊張していた。
新しいAI教師に自分の行為を追及されるのではないか…
そんな不安が織田の胸を締めつけていた。
「初めまして、織田くん」
教室に入ると正面に設置された新しいAI教師が滑らかな声で話しかけてきた。
以前のAI教師とは違い、その声はどこか落ち着きがあり、柔らかい印象を与える。
さらに驚いたことに、教室に入ってくる生徒一人ひとりに名前を呼んで挨拶をしている。
「は、はじめまして……織田悠馬です」
織田は緊張を隠せずぎこちなく答える。
「あのう、どうして生徒の名前をもう把握しているんですか?」
山崎が教室に入ってきた。AI教師に名前を呼ばれた彼は不思議そうに眉を上げて尋ねる。
すると、教壇の端に立っていたゾーン社の技術社員が一歩前に出て質問に答える。
「新しいAI教師には、最新の顔認識機能を活用して、声だけではなく事前に生徒全員の顔写真と名前を登録してあるんですよ」
山崎はその説明を聞くとにやりと笑みを浮かべた。「なるほど。やっぱりAIも日々進化しているんですね」予想が当たったことに満足したのか、彼の声はどこか誇らしげだ。
一方、織田の表情は緊張で硬直していた。彼はおそるおそる口を開く。
「……生徒らのデータはリセットされているんですか?」
「リセットされていますよ。以前のAI教師は破損が激しく、データもほとんど失われていました。今回導入した新しいモデルは最新型のAIで、旧バージョンのデータは使用していません」
技術社員は少し間を置いてから、安心させるように微笑んだ。
その言葉に織田は少しだけ肩の力を抜いた。自分の関与が露呈することはなさそうだ…と、ほんの少しだけ胸をなでおろす。
一年B組の生徒が全員席に着いたのを確認すると、ゾーン社の技術社員は仕事が済んだように足早に教室を去っていった。
「それでは授業を始めます。1時限目は数学です。教科書の162ページを開いてください」
新しいAI教師の滑らかな声が教室に響き渡る。その声は以前のものとは全く異なり、柔らかで落ち着いたトーンだ。B組の生徒たちはそれぞれ教科書を取り出しページをめくる。まるで担任の先生が変わったかのような、新鮮な空気が教室に流れていた。
織田悠馬は安堵と不安の狭間に揺れていた。AI教師の声や態度がこれほど変わるとは予想していなかったが、今のところ、これまでの出来事を掘り返される様子はない。それでもAI教師破壊事件の犯人が未だ捕まらず、事件が有耶無耶のまま進んでいる現状が彼の胸の奥に小さな棘のように引っかかっていた。果たしてこのまま安心して、普通の学生生活を続けられるのだろうか…。
安心と不安の間で揺れながらも、数学の授業は滞りなく終了。2限、3限も順調に進み、新しいAI教師は生徒からの質問にも的確に答え、これまで以上に効率的で安定した授業を提供しているようだ。
昼休みを挟み、5時限目の体育が始まる。体操服に着替えた生徒たちはグラウンドへ。準備運動を終えると、武田教師の指導の下、2チームに分かれてサッカーが始まった。
「おい!もっと足を動かせ!ボールを見ろ!」
武田教師の大声がグラウンド中に響く。
サッカーに熱中し、試合の白熱した空気に包まれる中でも、ふとした瞬間に織田の記憶はあの一件に引き戻される。頬を叩かれた瞬間の鈍い衝撃と熱を思い出し、自然と顔に触れる。赤みはとっくに引いていたが、その痛みの記憶はまだ彼の中でくすぶっていた。
あっという間に一日が終わり、下校時間を迎える。織田悠馬は寮の自室へ戻ると、ベッドに勢いよく飛び込む。柔らかな布団に包まれる感覚が、あらゆる悩みから解放されたような安堵感をもたらした。
そもそもこんなことになるはずじゃなかった――。
彼が入学した当初、AI教師との関係は至って良好でトラブルらしいトラブルもなく、平穏な学生生活を送っていた。それが2学期に入ってから、明らかに歯車が狂い始めた。
原因はわかっている。夏休みの課題として提出した感想文――その内容だ。AI教師の問題点を批評的に綴ったあの文章がきっかけとなったことは間違いない。織田は敏感にあの時から自分とAI教師との関係が微妙に変わり始めたことを感じ取っていた。
横になり思い返していると、突然ドアをノックする音がした。
「ちょっといいかい。開けてくれないか」
ドア越しに聞こえる声の持ち主は山崎だった。
織田は身を起こしドアを開ける。そこにはスウェット姿の山崎が立っていた。
「どうした?」
織田が尋ねると山崎は無言で部屋の中に入る。
「おかしいと思わないかい?」
「何がだよ?」
「新しく設置されたAI教師だよ。どうして僕たちの授業内容を完璧に把握しているんだろうか?」
山崎は身を乗り出しながら言葉に熱を込める。
「それがどうしたって言うんだ?」
織田は冷静さを装いながら問い返す。
「僕たちはこの1週間、A組とC組で授業を受けていた。それなのに、新しいAI教師はその内容を完璧に引き継いでいただろ?」
「……言われてみれば、そうだな。でも、それの何が問題なんだよ。AIなんだから、データを共有しているだけだろ?」
「その理屈でいくとさ、破壊されたAI教師の記録も共有されている可能性があるってことになるんだよ」
「……まさか、そんなこと……」
「ただし、破壊される直前のデータが保存されていれば、の話だけどね」
「なるほどな……その可能性もあるってことか」
織田は目を逸らしながら答える。
「何か思い当たる節でもあるのかい?」
「べ、別にないよ」
だがその動揺は隠しきれず、瞳孔が開き、明らかに焦りが浮かんでいる。山崎はそれを見逃さず薄ら笑みを浮かべた。
「そういえば明日、武田教師が寮生の部屋を一斉に調べるらしいよ。片付けておいた方がいいんじゃないかな?」
「片付けるって……何をだよ?」
「そこら辺に散らばってる洗濯物だよ。見られても恥ずかしくないなら別にいいけどさ」
山崎は指を差しながら言った。その先には下着や生乾きのタオル、脱ぎ捨てられた靴下があちこちに散乱している。
「……わかったよ。片付けるから、もう部屋に戻れよ」
山崎は軽く頷くと、何も言わず部屋を後にした。




