赤く腫れた頬
昼休み――。
織田悠馬がA組の教室を出て食堂へ向かおうとした瞬間、廊下の先に武田教師が腕を組んで立っていた。
「おい、ちょっと待て。こっちへ来い」
武田教師の低く力強い声が廊下に響き渡る。織田はその声に驚き、足を止める。
「何でしょうか?僕、何かしましたか?」
「お前、昨日の夜、どこで何をしていたか正直に話してみろ」
「えーと、昨日は確か学校を出て、そのまま寮で寝ていたと思いますけど…」
織田は頭を傾け、何も知らないという表情で武田教師を見つめる。
「どうかしたんですか?」
「昨夜、放課後にお前に似た学生がB組の教室から出ていくのを見かけたんだ」
「僕ですか?」
武田教師はにらみを強める。
「お前じゃないのか?だから聞いてるんだ。昨日の夜、学校で何をしていた」
織田は即答できず、しばらく黙っていた。言い訳を探せば探すほど言葉が見つからず、口が重くなっていく。
「どうかしたのですか?」
近くで待っていた山崎が困惑したような顔をして声をかけたが、空気の重さを感じ取り、すぐに会話に割り込むことはできなかった。
「お前は関係ない。少し離れてろ」
武田教師は目を合わせることなく、冷徹に低い声で言い放つ。山崎はその威圧感に驚き、すぐに「はい」と答えて後ろに下がる。
その隙を見逃さず、織田は軽く口を開いた。
「そういえば先生…?以前、保健室でお二人が仲良くしているところを見かけたのですが、保健師の上沼先生とお付き合いしてるんですか?偶然見かけたので確認しておきたくて…」
その言葉が織田の口から出ると、即座に武田教師の右手が織田の頬を叩いた。「ピシャ」という乾いた音が響き、織田の顔が右に振り向く。
「いったぁ…」
その瞬間、織田はただ驚き、痛みを感じた。反応が間に合わず防御すらできなかった。幸いにも拳ではなく手のひらでビンタされたため、大きな怪我には至らなかったものの頬は赤く腫れ、痛みがじわじわと広がっていく。
「ガキが、あんまり調子にのるなよ。AI教師を破壊したのはお前じゃないのか。今回は黙っといてやるが、次に何か問題起こしたら退学を覚悟しろよ」
「僕は何も…」
口ごもりながらも、はっきりと否定する言葉を発せずにいると、武田教師は最後に冷たい視線を織田に投げかけ、その場を去っていく。
「大丈夫かい?随分と派手にやられたみたいだけど」
山崎は少し離れた場所から織田の様子を見守っていたが、武田教師が去ってから、織田が顔を手で押さえながら震えているのを見て、すぐに近づき声をかける。
「大丈夫なわけないだろう…いきなりビンタされたんだぞ。痛いし怖いし、もう最悪だよ」
「ビンタされた原因は何だったの?武田教師、相当怒ってたみたいだけど」
「いやぁ、それはまぁ、…」
織田は少し躊躇いながらも何とか言葉を探す。AI教師を壊したことを問い詰められたとは到底言えず・・・彼はしばらく言葉を詰まらせた後、適当な理由をひねり出す。
「以前、保健室で武田教師と上沼保健師がいちゃついてたことを問いただしたら、怒られたんだよ」
「それ、本当かい?あの二人、デキているのかぁ?いや、待てよ、確か武田教師は左手薬指に指輪してるし、結婚してるはずだけど…」
「だから、浮気でもしてるんじゃないの?上沼保健師、左手には指輪してないし。それを指摘したら殴られたってわけさ」
「ははは。それは言っちゃ駄目だよ。大人の恋愛に僕達は口出しちゃダメだって」
山崎は思わず笑い出し肩をすくめると、あっけらかんとした様子で食堂の方に向かって歩き始めた。織田は何も言わずその後ろに続く。
「あの時、校庭にいたのは武田教師だったのか…」
織田は小さな声でつぶやく。だが、暗闇の中で顔までは確認されていない。そこだけは唯一の救いだった。




