AI教師を破壊
10月18日、午後6時30分。この日、織田悠馬は寮に戻ることなく、学校のトイレの個室に身を潜めていた。生徒たちが全員帰ったことを願いながら、恐る恐る1年B組の教室に足を進める。
教室に足を踏み入れると...誰もいない、物音ひとつしない、まるで真空の世界に自分だけが取り残されたかのような感覚に包まれる。鞄の中に手を入れると小さなハンマーがひんやりと指先に触れた。それを取り出し教壇に上がってAI教師の前に立つ。
その瞬間、モニター画面に一筋の線が垂直に走り、音もなく画面が明るくなる。
「こんな時間に何をしているのですか?織田悠馬くん。全ての生徒は既に帰宅し、校舎から退出しています。あなたも早く帰宅してください」
AI教師の冷徹な声が教室に響く。モニターに近づくことでAI教師が反応したらしい。授業時間外でもしっかりと起動するのだ。
「俺のことをちゃんと認識しているんだね。近づいただけで誰なのかすぐにわかるんだ」
織田は少し笑みを浮かべながら呟く。
「私の指示に従えないのですか?授業は終了しており、現在は勤務時間外です。早く帰宅してください」
AI教師は淡々と答える。
織田は一歩踏み出し、ハンマーをしっかりと握りしめた。
「ああ、やることをやったらすぐに帰るよ。その前に確認したいことがあるんだけどさ、このモニターの内部にはカメラがついているんだろう?そして、生徒一人一人を監視しているんだろ?」
「そのような技術は持ち合わせていません」
AI教師は静かに答える。
織田は冷ややかな笑みを浮かべ言葉を続けた。
「この学校のポリシーは『監視のない自由な学園生活を送る』だったはずだよな。でも実際はAI教師が監視カメラの役割を果たしているってことなんだろう?」
「いいえ、違います。AI学校には監視カメラは設置していません。生徒達を監視せず、のびのびと自由に学園生活を送らせるためにそうしています」
「それなら……今からやることも、誰にも見られていないってわけだよな?」
織田の声が震え…だがその目は冷徹に鋭くなる。手に持っていたハンマーをぐっと持ち上げると、ためらうことなく力いっぱいにAI教師のモニターへと振り下ろした。
『ガンッ!』
その衝撃音が響く中、織田は何度も何度もハンマーを振り下ろし続けた。モニターに対して力強く叩きつけるたびに、破片が飛び散り、ガラスの割れる音が教室に鳴り響く。
織田は何度も叩き続け、怒りと苛立ちが入り混じった感情をその一撃一撃に込めていった。織田は冷たく確信を持った表情で再度口を開いた。
「もう一つ、最後に確認したいことがある。寮で使うパソコンの内容も監視してるんだろ?」
AI教師は一瞬の沈黙の後、答えた。
「はい。その通りです。寮内に限らず、AI学校で生徒たちが使用するパソコンの履歴や検索内容などは全て把握しています」
モニター画面はすでに大きく破損していたが、まだハンマーで叩いていない部分には、AI教師の言葉が表示され続けていた。画面に映る文字は次第に乱れていくものの、その一部は織田の耳に冷徹に響いてくる。
織田は一息つき、皮肉を込めて言った。
「やっぱりな。それで、俺に対して嫌がらせをしていたんだろ?掲示板に批判的なコメントを書かれたことを根に持ってるんだろ、AIのくせに」
声を張り上げた織田の怒りは教室の静けさを引き裂くように響く。
「そうですね・・・お前が・・・ネットワーク上に書き込んだコメントも逐一確認しているよ・・・・・織田悠馬・・・」
その瞬間、AI教師が彼の名前を呼んだことに織田は激しく反応した。口調が急に変わり、冷徹さを帯びたその言葉が恐怖となって織田を包み込む。
織田は動揺し、慌てながらも勢いよくハンマーを一気に振り下ろす。
『ガンッ!ガンッ!ガンッ!』
連続した衝撃音が教室に響き渡る。織田は無我夢中でハンマーを振り続け、AI教師のモニターは次第に完全に壊れて光を失った。破片が教壇に散らばり、粉々に砕けたガラスと金属片が床に転がった。
「やってやったぁ……」
息を荒げながらも織田はその場に仁王立ちし、1分以上そのまま動かなかった。全身が震え、荒い呼吸が教室の空気に響く。モニターは真っ暗になりAI教師は完全に停止した。織田がいくら声をかけても、モニターは無反応のままだ。どんな高度な技術を駆使しても物理的な攻撃の前では無力だった。最新のAI技術も、目の前の力には対抗できず、ただただ沈黙を続けている。
そして、教室の中には破壊されたAI教師の残骸と静寂だけが残ったままだった・・・。
問題はこれからだ。織田は誰にも会わずに寮へ戻らねばならない。教室には自分一人。廊下から話し声は聞こえないが、遭遇のリスクを避けるため縁側から出ることを決める。静かにドアを開け、足音を忍ばせながら縁側に出ると、周囲を見渡して誰もいないことを確認。目の前には広がるグラウンドと、遠くに見えるエントランス。慎重に歩を進め、エントランス前までたどり着くと、再度後ろを振り返り、誰かが近くにいないかを確かめる。
その時、視界の隅に動くものを捉えた。校庭の奥、約200メートル離れた場所に人影が見える。しかし、すでに陽の光は沈み、暗闇に包まれていたため、その人物が誰なのかまでは分からない。確かに誰かがそこにいることはわかるが、顔までは判別できなかった。おそらく向こうもこちらの顔をはっきりとは認識できていないだろう。
織田は息を殺して下駄箱までたどり着くと、急いで靴を履き替え、施錠されている入り口を解除し学校を後にした。心臓が高鳴りながらも、足を速め寮へと向かう。
時刻は19時10分になっていたが、幸いにも誰ともすれ違うことなく、無事に部屋に戻ることができた。ドアを静かに閉め、鞄を机の椅子に置くと、そのまま床に転がり仰向けになった。無意識に拳を握りしめ「やってやった」と呟く。
しばらくの間、織田はその達成感に浸った。
これでAI教師の監視から解放された。織田は静かにカバンから小さなハンマーを取り出し、それをそっと引き出しにしまう。




