AI教師からの逆襲
作文発表から数日が経ったある朝、織田悠馬はAI教師に対して違和感を覚えるようになる。
そのきっかけは、朝の挨拶だった。いつものように早めに登校し教室に入ると、他の生徒には「おはようございます。今日も一日勉強に励んでください」と穏やかに返すAI教師が、織田には何も言わない。実は、夏休み明けから既に兆候はあった。授業中に質問しても返事がなかったり、時にはあからさまに否定的な回答が続いたり。AI教師のはずなのに、まるで冷たい人間のような態度に思える瞬間が増えてきていた。
その朝、織田はついに耐えきれずに切り出す。
「俺のこと無視してます?朝の挨拶もされなくなったんですけど、何か理由があるんですか?」
「いいえ、私は感情や行動に基づく具体的な情報を持っていません。ですので、特定の状況や特定の人物にのみ挨拶を否定するプログラムは持ち合わせていません」
「そうですか…俺の勘違いだとしたら、すみません」
「授業を始めます。本日の1時間目は歴史の授業です。歴史Ⅱの教科書82ページを開いてください」
「あ、しまった…」織田は小さく呟く。机の中を慌てて探すが、歴史Ⅱの教科書が見当たらない。彼は困った表情を浮かべながら手を挙げた。「先生、教科書を寮に忘れてきちゃいました。取りに戻ってもいいですか?」
しかし、AI教師は応答しない。
背後から軽い声が飛んできた。
「どうしたの?」
持田由美だ。興味深げに覗き込む。
「教科書を寮に忘れてきちゃってさ、取りに戻っていいか確認してるんだ」
そのやり取りを無視するように、AI教師は授業を進める。
「ピラミッドの中から発見されたハチミツは、何千年経っても食べられる状態で保存されていたことがあります。ハチミツは抗菌特性から、非常に長い期間保存することが可能なのです」
「え?」
織田は目を見開き、ぽかんと口を開ける。
「先生!AI教師!歴史の教科書を寮に取りに戻りたいんですけど、それはダメなんですか?」
苛立ちを隠せず、語気を強めて再度問いかけた。
だが、AI教師は織田からの再三の質問に答えることは無かった。
「ピラミッドは奴隷によって建設されたという一般的なイメージがありますが、実際には高度な技術を持つ労働者階級が関与していました」
持田が手を挙げた。
「AI教師さん、今日の授業内容は試験に出題されますでしょうか?」
「はい。過去の試験では古代エジプトに関する問題が出題される傾向が高いので、よく復習しておいてください」
その丁寧な応答を聞きながら、織田悠馬は唖然とした表情を浮かべる。彼自身が何度問いかけても無視し続けたAI教師が、他の生徒には普通に対応している。それを目の当たりにした彼は再び質問する気力を失った。
教科書がないままでは授業内容が頭に入らず、仕方なく隣の席の生徒に見せてもらいながら授業を受けることに。しかし、いちいち確認しながらノートを取るのは想像以上に面倒で、気が散るばかりだった。
「AIにも感情が存在するのか?」
小さな声で呟く。
その一言に、自分でも驚くほどの失望感が滲んでいたが、周囲の生徒たちはまるで気にする様子もなく、淡々と授業に取り組んでいる。織田は一人取り残されたような気持ちで、静かにため息をつく。
昼休みになると、織田は京本と田中を誘い、図書館の一角でこの異変について話し始める。
「なぁ、最近のAI教師、なんか変じゃないか?」
「変?何かあったのか?別にいつも通りだろ」
「どうかしたの?」
「気のせいならそれでいいんだけどさ、俺に対して避けてるというか、嫌がらせされてるみたいな感じがするんだ。ちょっと衝撃っていうか、ショックでさ」
「お前、考えすぎだろ。所詮AIなんだから、わざと人間に嫌がらせなんてしないだろ」
京本は軽く笑いながら言った。
「…そうだといいんだけどな」
「もし本当に悩んでいるなら、保健室で上沼保健師に相談してみたらどうかな」
田中がふと真面目な顔つきで口を開く。
「保健室で?そんなこと考えたこともないし、話して解決する問題か?」
「実は…僕も中学時代に担任の先生との関係で悩んだことがあって。その時、保健の先生に話を聞いてもらったんだ。正直、大した解決策があったわけじゃないけど、話すだけで気持ちが軽くなったよ」
「お前、気が小さいからなぁ。どうせ些細なことで保健室に通ってたんだろ?その光景が目に浮かぶよ」
京本がにやりと笑う。
「違うって。本当に心が病むくらい悩んでたんだから。大人に話を聞いてもらうだけでも、意外と救われるものなんだよ」
その言葉には真剣さが込められていて、田中の目はまっすぐ織田を見つめていた。
「分かったよ。一度相談してみるか検討するよ」
3人で話していると、どこからともなく山崎と花咲が近づいてきた。
「やぁ、こんな所で何をコソコソしているんだい」
山崎はニコッと笑みを浮かべながら、隣にいる花咲をちらちらと見ている。
「お前らこそ二人でどこにいたんだよ。イチャイチャしてたんじゃないのか?」
京本がすかさず突っ込んだ。
花咲は慌てて顔を赤くし、「ち、違います。そんなことしていません。保健室で上沼保健師と話をしていただけです。山崎くんは途中から入ってきただけで、一緒にいたわけじゃありません」と手を左右に振る。
「嫉妬してるのかい、京本くん。僕たちはまだそういう関係でもなんでもないから、誤解しないでくれ」と山崎が少し得意げに言うと、京本は鼻で笑う。「してねーよ」
「保健室で何を話してたんだ?」
「少し眩暈がしたから、相談しに行ったの。原因は鉄分不足かもしれないって言われて、上沼保健師から渡されたビタミン剤を飲んだら本当に治ったのよ」
「そっかぁ、体調には気を付けなよ。で、山崎は何しに保健室へ行ったんだ?」
「廊下を歩いている時にたまたま花咲さんを見かけてね。その後、保健室に入って行ったから、何かあったのかと心配してついて行っただけさ」
「ヤベー奴だなお前。花咲も気味悪いだろ」と京本が笑いをこらえながら茶化すと、花咲は意外にもあっさりと、「私は別に…そんなに嫌ではなかったよ?」と答える。
「ほら見ろ。喜んでるじゃないか。それに、弱っている女の子を心配して何が悪いんだ」
その瞬間、静かな図書館に山崎の声が響き渡り、読書に没頭していた生徒たちが一斉に顔を上げて織田たちを見つめる。
「そろそろ授業始まっちゃうよ。教室に戻らないと」
田中が慌てて右手を口元に添え、小声で話しかける。
織田たちは静かに席を立ち、視線を浴びながら図書館を後にした。教室に戻ると間もなくして、昼休みの終わりを告げるチャイムが響き渡る。




