夏休みの終わりに
夏休みも中頃になると、授業が終わったあと、男子たちは自然と外へ向かうようになった。寮の中に籠もっているよりも、外の空気を吸うだけで気分が切り替わるからだ。
中庭に出た織田と田中はベンチに腰かけてゆっくり風を感じていた。
「夏休みって感じだなぁ…」
織田が伸びをしながら空を見上げる。
「勉強してばかりだったから、こうやって外でのんびりするのも悪くないね」
田中も少し笑う。
その少し先で京本が突然シャツを脱ぎ捨てて叫んだ。
「なぁーーーっ!クワガタがいる!めっちゃデカいクワガタがいる!」
「まだ虫取りなんかしてんのかよ…」
「いやいや、男の夏はこれだから!見てみろよこのサイズ!絶対レア種だって!」
汗だくで網を構える京本の姿に、織田と田中は思わず吹き出す。すぐそばでは山崎が日陰に座り、持参のノートPCにひたすら何かを書き込んでいる。
「また分析してんのか?」
「虫の動きの法則だよ。京本くんが捕まえようとして失敗する理由。まぁ頼まれたから仕方なくね」
真顔で言い切る山崎に二人は声を上げて笑った。
そんな他愛もない会話が夏の昼下がりの空気に溶けていく。自然寮の夏は少し騒がしくて、どこまでも平和だった。
広瀬の部屋はほんのりと墨の香りが漂っていた。机の上には大きな半紙が広げられ、筆を持つ手がゆっくりと動く。
「今の私に必要な事を書いてみようかしら…」
しばらく迷った末、広瀬が書いたのは『静心』という二文字。夏休みが始まってから胸の奥にずっとあったざわつきを、書に込めて落ち着かせようとしていた。筆を置いて少し離れて眺めると、どこか気持ちが整っていくのを感じる。
「うん…悪くないわね」
静かで凛とした空気が彼女の部屋にはしっかりと流れていた。
一方その頃、花咲はやけに明るかった。イヤホンからはお気に入りの音楽が流れ、足取りもふわふわと軽い。
「今日はチョコのクッキーにしよっかな〜」
寮のキッチンを借り、楽しげに準備を始める。材料を並べては混ぜるたびに「かわいい」と声を弾ませ、焼き上がりを待つ間も鼻歌交じりで小さなメモ帳にレシピを書き足していた。
「夏休みの間に10種類作ってみようっと」
前向きな空気が、花咲の周りにふわりと広がっている。
夏休みが終わるまでの日々は、寮全体がいつもよりゆっくりとした時間に包まれており、男子たちは勉強の合間に外へ飛び出して遊ぶことが多かったが、女子は日焼けを嫌い寮内で過ごすことが多かった。
そして、夏休み最終日。
夕暮れの空が寮をオレンジ色に染める頃、生徒たちは自然と自習室へ集まり始める。
「明日から教室で授業かぁ。久しぶりだな」
「宿題、ちゃんと終わった?」
田中の問いに織田は苦笑いしながら頷く。
京本は虫かごを手にして名残惜しそうに外を見る。花咲は焼いたばかりのクッキーを少しだけラッピングして持ってきていた。山崎は何も言わずに自習室のモニターをじっと見つめている。
明日からまた新しい日々が始まる。穏やかな夏休みの空気とは違う、少し緊張の混ざった空気が確かに漂っていた。




