広瀬凛の父親
夏休みの寮生活が始まり数日が過ぎた頃、自習室に教頭が顔を見せに来る。
「どうだね、勉強は捗っているかい?」
教頭の問いかけに広瀬が真っ直ぐに顔を上げる。
「はい。静かな環境で、AI教師の教え方も完璧です。とても勉強しやすいです」
「それは良かった。問題を起こさず、勉学に励みなさい」
鋭い視線が次に向けられたのは京本だった。その圧に気づいた生徒たちが緊張する中、京本はまるで意に介さない様子で元気よく「はい」と答える。
その姿に教頭は少し眉をひそめたが、特に咎める様子もなく視線を戻した。
「ああ、そうだ広瀬さん。お父様が学校へ挨拶にいらしている。職員室まで来るように」
「えっ、父が……?どうしてでしょうか……会わないと駄目でしょうか?」
「君らしくないね。お父様は心配して様子を伺いに来ているのだから、しっかり対応しなさい」
教頭の口調に押されるように広瀬は小さく頷く。
「はい……わかりました。この後すぐに伺います」
授業が終わり、自習室を出た広瀬はその足で寮を抜け、AI学校の職員室へと向かう。しかし、職員室へ向かう廊下の途中で父親と出くわす。
「おう、元気か」
短髪で小柄な広瀬凛の父親が声をかけてくる。その目には強い意志が宿り、正義感の強さがにじむ顔付きをしている。
「心配で学校まで見に来たぞ。今年は酒の出が良くてな、よく売れてる。お前も一度くらい顔を出さんか」
軽い調子の言葉だったが、父親の視線はどこか探るようだった。
「お父さんこそ元気そうで何よりです。でも私は自分のことで手一杯です。当分戻りません」
「夏休みが終わる前に一度くらい帰省したって罰は当たらんだろ。それに来年は新商品を出す予定だ。若者向けの商品だぞ。お前の意見も取り入れてみてもいいんだがな」
「私は勉強に集中したいの。だからAI学校に入って寮生活を選んだんです。邪魔しないでくれると助かります」
「そうか……。まぁ、頑張れ。それじゃ、もう帰るよ」
そう言ってすれ違いざま、父親は娘の肩をポンと軽く叩いた。その仕草に広瀬凛は少し驚き、ふと振り返る。父親の背中に向けて心の奥に秘めていた言葉を口にした。
「私、跡継がないから。説得しても何も考え方変えるつもりもないから」
父親は歩みを止め、振り返りながら応える。
「お前の元気な顔が見れただけで十分だ。家業のことは心配するな。今は勉強に励むといい」
怒られると思っていた広瀬凛は、あまりにあっさりとした父の返事に拍子抜けしてしまう。
「……ありがとう」
「元気でな。AIのことなんてさっぱり分からんが、ここでしっかり学ぶように」
父親は振り返らず手を軽く振り上げて答える。
その背中が見えなくなるまで、広瀬凛はじっと見送っていた。肩の力が抜け、ふっと息をつく。実家の家業について抱えていた思いを吐き出したことで、胸の奥に刺さっていたトゲが抜けたようだった。
職員室へ向かう途中だったが、父親と話をしたことで用事は済んだ。寮へ戻ろうかと考えていると、背後から女性の声が聞こえる。




