京本の部屋
織田悠馬たちは寮へ戻ると、真っ先に京本の部屋へと足を運んだ。部屋の中は暗く重い空気が漂っている。織田が部屋に入ると、手探りでスイッチを押して電気を点け、カーテンを引いた。光が差し込むと机に顔を伏せた京本の姿が明らかになる。彼はまるで、その光すらも拒むように微動だにしない。
「俺、このまま学校を辞めるかもしれない」
その声は疲れ果て、諦めに満ちていた。
「そもそもなんでこんなことをしたんだよ」
「だから違うって言ってるだろ。…もう反論するのも疲れたよ」
「京本くんは汗かきだから、いつものように服の匂いを確認していただけなんだよね」
田中が京本を庇うように言葉を継ぐ。
「ああ、そうだ。やましい気持ちなんてこれっぽっちもなかったんだ」
「仕方ないよね…」
部屋の空気はどんよりと重く沈んだ。誰も声を発することができず、ただ時計の音だけが響いている。そんな中、山崎が手元のノートパソコンを操作しながら、静かに口を開く。
「一つ気になることがあるんだけどさ、みんなはおかしいと思わないかい?」
「おい、今京本のこと悪く言うのは控えろよ」
織田は山崎を睨みつけるように見て反論する。
「違う、そういう意味じゃないんだ。彼の頭がおかしいとか、そういう話をしてるんじゃなくて—」
「悪かったな、頭がおかしくて」
京本が机に伏せたまま苦笑を漏らす。
「ハハハ、山崎くんって結構ズバズバ思ったこと言うよね」
田中が気まずさを紛らわせようと笑いながら口を挟む。
「そうじゃなくて、問題は誰がこの写真を撮影したかってことだ。そして、誰がその写真を京本君の机に置いたのか」
「確かに…。でも今の時点で犯人は特定できないけど、こっそり写真を撮った奴がそのまま置いたんだろ?何の企みかは分からないけどさ」
織田は驚いた表情を浮かべながらも、納得するように頷く。
「大体の見当はついてる。こんなことするのは…広瀬凛だと俺は思ってる」
京本がようやく顔を上げ、険しい表情で答える。
「広瀬さん?その場で目撃したの?」
田中が眉を寄せ不安そうに尋ねる。
「いや、夜だったし、教室には誰もいなかった。でも、廊下からでもこっそり撮ってたんじゃないか」
その言葉に山崎が首を振った。
「そこがおかしい」
「どうしてだよ?」
織田が怪訝そうに尋ね返す。
「彼が映っていた写真はどれも教室内から撮影されていたからだよ。しかも彼以外誰もいなかったんでしょ。だとすると写真を撮影した犯人は一人しか考えられない」
「…誰?」
織田の低い声が部屋の静けさを切り裂き、彼を含む京本、田中の三人は一斉に山崎の推測に耳を傾ける。
「犯人は、AI教師だよ」
「えっ?」
その一言に全員が驚愕の声を漏らす。
山崎は小さく息をつきながら説明を続けた。
「恐らくだけど、AI教師の液晶モニターには動作撮影カメラ機能が内蔵されているんじゃないかな。夜、教室に侵入した人間を不審者として認識し、自動的に撮影したんだと思う」
「その撮影された写真がどこかに送信されたってわけか…」
織田が腕を組み考え込むように呟く。
「動作撮影カメラ?AI教師が俺を撮影してた?そんなこと、本当に可能なのか?」
京本は驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべると、椅子から勢いよく立ち上がった。
「落ち着いて、京本くん」
田中がそっと彼の袖を引き、椅子に座るよう促す。
「証拠はあるのか?」
「証拠はない。ただの仮説だ。でも、僕にはそれしか考えられない」
「もしそれが本当だとしたら…怖いな」
「最悪だ…俺、AI教師にも嫌われてるってことじゃないか」
その言葉に一瞬笑いがこぼれそうになるも、部屋の空気は再び緊張感に包まれる。
織田が口を開く。
「もしそれが本当なら、教室内で撮影された写真を広瀬が手に入れて、そしてAI教師に指示されて机に置いたってことか?」
「誰が京本くんの机に写真を置いたのかは分からない。それに、持田さんの体操服を机に入れた犯人もまだ特定できてないよ」
「絶対、広瀬の仕業だ。あいつ、俺に対していつも目の敵みたいな態度だったし」
話し合いは白熱し、いつの間にか日は暮れていた。先ほどまで差し込んでいた夕陽の光は影を潜め、部屋は薄暗い。
田中が立ち上がり、カーテンを閉めながら声をかけた。
「カーテン閉めるよ」
「おう、ありがとう」
京本は小さく頷く。
そろそろお開きにしようという空気が漂い始めたその時、山崎が突然ノート型パソコンをカタカタと操作し始めた。
「どうした?メールでも読んでるのか?」
織田が怪訝そうに声をかける。
「いや、違う。さっき掲示板に新しい投稿があったんだ」
そう言うと、パソコンを京本の机の上に置き、全員が見えるように画面を指差した。
「ほら、これだよ。オンラインコミュニティのAI掲示板に書き込まれたコメント」
クリックすると、文字が拡大され、画面には謎めいた一文が浮かび上がった。
匿名の名無しさん:『問題児の生徒一人、誰からも信頼されず去っていく。仕掛けられた犯行に驚きを隠せないのも事実。賢い生徒だけが優秀な成績を収め卒業していく』
「なんだこれ?さっぱり意味がわからない」
京本が画面を睨みつけながら声を上げる。
「問題児のくだりは京本くんのことだよね、たぶん」
「おい、それくらいのことは俺でも分かってるんだよ」
「あっ、ごめんなさい」
田中は慌てて頭を下げる。
二人のやり取りを横目に、織田は山崎に顔を向けた。
「この匿名の書き込みって、同級生の誰かが投稿したんじゃないのか?」
「その可能性が高いね。愉快犯かもしれないけど、何かを知ってる人物って線も捨てきれない。定期的にこの書き込みをチェックしてみるよ。こういう人は習慣的に投稿するものだから」
「習慣的に?どういうこと?」
田中が首を傾げながら問いかける。
「自分だけが知っている秘密を自慢したいとか、誰かに共感してほしいとか、そんな心理からだね。それも一気に話すんじゃなくて、時間をかけて慎重に少しずつ情報を出してくる」
「へぇ…そういうもんなんだな」
織田が感心したように口を開く。
「そんな人が本当にいるんだ…なんか怖いなぁ」
ここでは、それ以上の議論が進むことなく解散となった。
京本は相変わらず感情の起伏が激しく、終始落ち込んでいる様子だったが、みんなとの会話が少しだけ彼を落ち着かせたようだった。重苦しい空気の中にも、わずかなリラックスした表情が垣間見える瞬間があった。
織田たちは京本の部屋を後にすると、それぞれ自分の部屋へと戻っていく。




