入寮する生徒達
東京・豊洲に新しく設立されたAIデジタル高等学校。この学校には未来への希望と技術革新の夢を抱く若者たちが集まっていた。それぞれの想いを胸に、彼らの新たな物語が今まさに始まろうとしている。
AIデジタル高等学校では全校生徒60名のうち13名が寮で生活することになっていた。門限は21時、就寝時間は23時。未来のリーダーを育てるために設計されたこの学校は、最新のテクノロジーが日々の生活を支え、新しい時代の教育を進める試みの場でもある。
4月6日。始業式を翌日に控え、男女13名の生徒が学校近くの寮に集まった。男子10名、女子3名がこの日から新生活を始める。寮の入り口には『自然寮』と書かれた看板が掲げられ、すべての扉は指紋認証や電子カードキーで開閉される仕組みだ。防犯システムも万全で、エントランスや食堂、各部屋には最新のIT機器が設置されていた。
織田悠馬は寮の玄関をくぐると、まず目に入ったのは管理室だった。小さな窓が切られたその部屋の奥には管理人の酒井さんが座っていた。
酒井さんは五十代後半くらいの、少し強面のおじさんだ。短く刈り上げた髪に無駄のない体つき。無表情気味だが、目だけは妙に鋭くて、初見ではほぼ全員が『怒ってる?』と勘違いするタイプ。
「名前とクラスを言ってくれ。鍵を渡すから」
酒井さんは書類をめくりながら短く言う。
「えっと……1年B組、織田悠馬です」
「1Bね。ここが君の鍵だ。寮内で問題を起こすなよ。夜間は見回りもするから」
淡々としているが、どこか優しさを含んだ声だった。
管理室の壁には古い監視モニターがいくつも並び、寮内の廊下や玄関が映し出されている。鍵を受け取った織田が礼を言って部屋へ向かうと、酒井さんは「忘れ物するなよ」とだけ静かに呟く。
織田悠馬は自分の部屋に入ると持参したカバンを床に置き、備え付けの椅子に腰を下ろす。実家から送られてきた荷物はすでに段ボールにまとめられ部屋に届いており、最小限の荷物だけを持って寮へやってきた。机の上には入出カードキーと学校から支給されたパソコンが置かれている。インターネットは自由に使え、体調不良などで欠席する際はこのパソコンから簡単に報告できる仕組みだ。
織田はパソコンの簡単な説明書に軽く目を通すと、マウスを握って電源を入れた。画面が青く光り「ようこそ、AIデジタル高等学校へ」と白い太字のメッセージが浮かぶ。生徒手帳の認証番号を入力しログインが完了した。ネットワークも問題なく接続され、織田はニュースをざっと流し読みし、お気に入りのアイドルグループの動画を観て「ダンス頑張って、今日も世界一かわいいね」とコメントを残す。
動画を閉じたあと、彼はそのままプログラミングの勉強に取りかかった。夢中でコードを書き続け、気づけば5時間が経過していた。時計を見ると食堂が開く時間だ。織田はベッドの上に置いてあったジャージに着替え、静かに部屋を出て食堂へ向かう。
入寮して最初の夜。食堂には見知らぬ顔ぶれの生徒たちが静かに食事をしていた。織田もその一人で、黙々と食事をとっていたが、その背後から突然二人の男が声をかけてきた。
「隣、座ってもいい?」
明るく話しかけてきたのは京本悟だった。
「…よかったら一緒にご飯どう?」
少しおどおどしながら、もう一人の少年、田中守も声をかけてきた。二人のトレーにはハンバーグ定食が載っている。
「いいよ。一緒に食べよう」
織田悠馬は軽くうなずく。
こうして三人は食堂で一緒に食事をするようになった。京本は明るく話しやすい性格で、織田もすぐに打ち解けた。入寮初日に友人ができたのは、織田にとって幸運だったのかもしれない。
田中は少し内気なところもあったが、会話にはよく相槌を打ち自然と話が弾むため、織田も気楽に感じていた。
この日の食事は京本と田中がハンバーグ定食を選び、織田はエビフライ定食を頼んでいた。
「二人はどうしてAI学校に進学したの?」
織田が尋ねる。
「親がうるさくてさ、ここに行けって言われたんだ。他に行きたいとこもなかったし、それで決めたんだよ」
京本は笑いながら答える。
「それは…」田中が笑みを浮かべてハンバーグを口に運ぶ。「何笑ってんだよ」と京本が少しむっとして言うと、田中は控えめに笑いながら答えた。
「いや…ただ、京本くんのご両親の本音は、お金目的じゃないかなって」
「お金目的?どういうこと?」
織田が首をかしげる。
「ここはAI特区の新設校だから、入学すると政府から教育助成金が出るんだよ」
「マジかよ?知らなかった…だから親がうるさく言ってたんだな!」
京本が頭を抱えて嘆く姿に、二人は思わず笑ってしまう。
「何笑ってんだよ二人とも。あ~、なんか汗かいてきた!」京本は急いで食事を済ませると「風呂に入ってくる」と立ち上がり、汗っかきの彼は「臭くない?汗、匂ってないか?」と異様なほど体臭を気にしながら去っていく。
「男のくせに意外と気にするんだな」
京本が去り、二人きりになった瞬間、田中は少し大人しくなり、上目遣いで静かに織田を見つめた。
「…織田くんは、どうしてAI学校に来たの?」
その表情にわずかな違和感を覚えつつも、織田は答える。
「最新のAI技術に興味があってさ。パンフレットに『最新のAI技術が学べる』って書いてあったから、それに惹かれたんだ」
「そっか…みんなで楽しく勉強して無事に卒業できるといいね」
田中は視線を落としながら呟くように言った。
二人は食事を終え、食堂を出てそれぞれの部屋へ戻っていく。途中、エントランスの天井から吊るされたモニターには淡い光が揺れており「リラックスしてください」と繰り返し文字が映し出されていた。
部屋に戻った織田はベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちる。
夜中0時過ぎ。
「ドンドン、ドンドン」
扉を叩く音で織田は目を覚ます。半分眠ったままふらふらとドアを開けると、興奮した様子のメガネをかけた少年が立っていた。




