復讐の手順
「大丈夫だった?怒られたんだろ?」
織田が声をかける。
「まぁ、問題ないよ。全力で謝ってきたから」
京本は笑って答える。教室に戻った彼の表情は明るかった。しばらくして山崎も戻ってきたが、その顔には明らかな不機嫌が浮かんでいた。
「許さない……僕に恥をかかせた」
小声でぶつぶつ言いながら席に着く。昼休みが終わり授業が始まっても、山崎は終始落ち着かない様子だった。
放課後、AI教師が係当番を発表する。
「本日は織田くんに園芸係を行ってもらいます」
「マジかよ、1ヶ月続くのかぁ」
京本と田中は「じゃあね」と軽く手を振り、寮へと帰っていった。
「植物当番って、何をすればいいんですか?」
「教室にある花瓶の花の水を取り替えてください」
振り返ると、教室後方の隅に大きめの花瓶が置かれている。織田は「はーい」と返事をし、花瓶を抱えて水汲み場へ向かった。山崎は廊下で待っており、織田の後をついて歩く。
「織田くん、僕はいま復讐を考えてる」
「え?誰にだよ」
「僕を叱ったAI教師にさ。こんな屈辱を味わうのは初めてだ」
「屈辱って、お前が靴下を……」
山崎は遮るように早口で返す。
「それは善意の行動だって訂正したじゃないか。復讐といってもヤバいことはしないよ。僕も子供じゃないんだ」
ずれた眼鏡を掛け直し、冷静な表情に戻ると、声をひそめて続けた。
「実はもう準備は整ってるんだ。あとは公開するかどうかの判断だけ」
「公開?」
「そうさ。AI教師についてコメントできる掲示板の公開だよ。誰でも匿名で書き込みができる。もう掲示板は完成させてある。後はボタン一つで公開できる」
「それが復讐ってことか?」
「ああ、もちろん。掲示板ってのは匿名であるがゆえに、罵詈雑言や秘匿性の高い情報が書かれることがある。いわゆるタレコミってやつだね」
「それってお前がAI教師に対する掲示板を作ったってこと?」
「その通り。今から寮に戻り次第、パソコンから公開してやるさ」
山崎は小さく笑みを浮かべ、織田と別れて寮へと戻って行った。
織田は水汲み場につくと、手早く花瓶の水を入れ替えた。教室に戻り、花瓶を元の場所に置いてAI教師に軽く一礼してからその場を後にした。
寮に戻ると、織田はすぐに食堂へ直行したが、山崎は部屋に戻ったきり姿を見せなかった。京本と田中はすでに食事を終えており、織田は一人で食事をとることにした。
しばらくして、食堂の奥から織田に向かって歩いてくる女子の姿が見えた。花咲薫だ。
「一緒に食べてもいいかな?」
花咲が尋ねる。
「もちろん。どうぞ座って」
織田が手招きすると、彼女は向かいに腰を下ろす。
「ごめんなさい、今日は色々と」
「え?俺は別に……山崎が変なことしちゃって悪かったね」
「いえ、山崎くんのことは怒ってないの。むしろ謝りたくて」
「謝るって?どうして花咲さんが謝るのさ。今回の件はあいつの変な行動のせいで気味悪くて泣いてたんでしょ?」
「それが……違うの」
花咲の声がさらに小さくなり、織田は耳を傾ける。辺りを伺いながらそっと聞き返す。
「まさか、誰かにそそのかされたりした?」
「うん。教師と広瀬さんに……」
花咲は小さくうなずいた。彼女はまだ一口も食事に手をつけていない。
「教師ってAI教師?広瀬はやりそうだけど、AI教師からも何か言われたのか?」
「ねぇ、このこと、他の人には絶対言わないって約束してくれる?」
「もちろん。俺、口固いから心配しないで。話してくれ」
「今朝、教室で広瀬さんに靴下の件を話したの。山崎くんが親切に部屋まで持ってきてくれたって、ちょっと共有したくて。それから広瀬さんの表情がみるみる変わって、急にAI教師に告げたの」
「広瀬がAI教師に?それで何て?」
「私の靴下を山崎くんが盗んで、いかがわしいことをしてるから罰して欲しいって……」
その言葉がこぼれた瞬間、花咲は涙を浮かべ視線を落とした。織田は拳を握る。
「告げ口か……で、AI教師はどう反応してた?」
「本人から事情を聴きますって。でも私は大袈裟にしたくなかったのに、広瀬さんがみんなの前で大声で話すから……」
「……あいつの優等生ぶった態度には本当に驚きだな。でももう泣かなくていいよ。俺が何とかするから」
花咲は首を振った。
「何もしないで欲しいの。ただ謝りたかっただけだから。それに、山崎くんには私が密告みたいなことしてごめんなさいって伝えてほしいの」
「花咲さん……」
山崎にこのことを伝えれば、彼は花咲の優しさにさらに心を寄せ、また妙な行動に出る可能性がある、と考えた織田は、胸の中でこの件を秘密にすることを誓った。
「分かった。絶対に誰にも言わないよ。山崎には花咲さんが親切心で謝ってたってだけ伝えておく」
「うん。ありがとう」
花咲は微笑み、手をつけなかった食事をトレイに戻して席を立とうとする。
「食べないの?」
「今日は、さすがに食欲がわかなくて……」
そう言って食事を返却カウンターに戻し、静かに食堂を後にした。彼女の背中を見送りながら織田も急いで食事を済ませると、すぐに山崎の部屋へと向かった。




