体育の授業でビンタ事件
次の授業は体育だ。生徒たちは急いで体操服に着替え、グラウンドへ駆け出していく。そこには体育を担当する武田教師が、腕を組んで仁王立ちしていた。
「早く集まれー、お前ら!」
武田教師の声がグラウンドに響き渡る。
AI学校に入学してから人間の教師から教わるのは初めてのこと。生徒たちは緊張した面持ちで、言葉も交わさずに武田教師の前へ整列した。
「よろしくな。まずはグラウンドを1周してこい。その後筋力トレーニングを始める」
生徒たちは徐々にペースを上げ、グラウンドを駆け抜けていく。走りながら織田が隣の京本に声をかけた。
「人間の先生ってなんか懐かしい感じがするなぁ」
「この学校で唯一、人が担当してる授業が体育らしいぜ」
グラウンドを走る途中、生徒たちが校舎の窓越しに教室のAIモニターへ視線を向けると、そこには『体育の授業頑張ってください』と応援メッセージが表示されていた。
「抜かりないね、さすがAI教師」
山崎がつぶやき、息を切らせて走っている田中がそれに頷く。
後方では花咲薫が苦しげな表情で叫んだ。
「はぁ…もう無理ぃ!」
その声に田中がちらりと山崎を見ると、山崎は花咲をじっと観察している。
「ねぇ山崎くん、何見てるの?」
「え?いや、その…彼女は京本君の比較的近くにいる席の子だよね。ぶ、分析してるだけさ、どんな生徒なのかって…」
「集中して走りなよ」
田中は若干呆れた様子で肩をすくめた。
一方、先頭を元気よく走っていたのは広瀬凛だった。後ろを振り返りながら「みんな頑張って!最後まで走ろう!」と声をかける。
「運動もできるのかよあいつ」
京本が驚いたように言う。
「教師から真っ先に気に入られるタイプだよな」
ようやく1周を走り終えると、生徒たちは息を整えるのに必死だった。ITに強い彼らの中には運動が得意でない者も多く、その中で広瀬だけは涼しい顔で武田教師の前に立ち「ただいま戻りました!」と笑顔を見せる。
「よし、次は筋力トレーニングだ。元気出して体を動かせよ」
武田教師が声を張ると、生徒たちは緊張しつつ指示に従う。
「先生ちょっと待ってよ。休憩くらいくれたっていいじゃないですか。そうだ先生のあだ名とか趣味の話でもしましょうよ。ネット通販とか普段何買ってます?」
京本がグラウンドに立ち止まり、にやけた表情で言い放つ。
武田教師は無言で京本へ歩み寄る。
「お前…生意気だな。顔を上げて食いしばれ」
低く静かな声が響いた瞬間――
『バシッ』
大きな音がグラウンドに広がる。
「痛ってぇ…」
京本は数歩下がり、左頬を押さえる。真っ赤な手形がくっきり浮かんでいた。
「言葉遣いには気を付けろよ」
その低く沈んだ声に生徒たちは息を呑んで萎縮した。
体育の授業が終わると、生徒たちは疲れ切った足取りで教室へ戻っていく。幸い、次は昼休みだった。京本は織田、田中、山崎を誘って四人で食堂へ向かう。
「大丈夫?京本くん」
田中が赤くなった京本の頬を見て心配そうに声をかける。
「まあ問題ないよ」
「災難だったな。まさか今の時代に体罰を見るなんてな」
織田がつぶやき、山崎もため息混じりに言う。
「AIじゃない人間教師だとこういうトラブルが絶えないんだよ。全く情けないね」
「ほんとムカつくよ、あの体育教師。AI教師なら何言っても反撃されないし全然怖くないのにさ」
「まああの教師は体格がいいから敵わないけど、ネットのスキルなら僕たちの方が断然上だけどね」
山崎は笑いながら言うが、他の三人は顔を見合わせ首を傾げる。
そのとき――
「ドンッ」
隣のテーブルを叩く音が響いた。そこに立っていたのは広瀬だ。鋭い視線で京本を睨みつける。
「おい京本。あんたがクラスの秩序を乱してるって気づいてる?いい加減にしなよ」
「は?何か文句あんのかよ」
「やめなよ京本くん」
田中がなだめるが、二人の言い合いは止まらない。
「もうその辺にしとけよ。女子と喧嘩しても何も得しないだろ」
織田が呆れたように言う。
「男子と喧嘩すれば何か得られるわけ?あんたみたいな時代遅れの男が一番救いようないんだよ」
「なんだと、俺にもヘイト向ける気かよ!」
織田が声を荒げると、周りの生徒が一斉に視線を向け食堂に不穏な空気が流れた。
「二人とももう落ち着いてよ」
田中が間に入ろうとするが、その横で山崎が静かに食事を終え、
「ごちそうさまでした」
とだけ言って去っていく。
「なんだ、あいつ…」
「先生に言いつけるから」
広瀬は鋭い目で京本と織田を睨み、背を向けた。
「誰に言いつけるつもりだよ」
京本が鼻で笑い、織田も同じく鼻で笑った。
「正義感ぶってて鼻につくよな」
「…もう二人ともやめようよ。学校まだ始まったばかりなんだから」
視線が集まる中、少し冷静になった三人はお互い顔を見合わせ、静かに食堂を後にした。




