図書室での出来事
放課後の図書室は静かで、夕日が差し込む窓際にほこりが舞っていた。山崎海斗は掃除用具を片手に図書室へ足を踏み入れ、軽く咳払いを一つして周囲を見回す。
「さてと、今日の清掃係は僕だけか」
床はほとんど汚れていないように見えたが、彼は丁寧に掃き掃除を始め、本棚のあいだをゆっくり進む。
ふと、手前の棚に違和感を覚える。
棚に並ぶ本は、一冊ずつ細い金属レールの上に固定されており、表紙の端には小さなICタグが埋め込まれている。学生証をかざすことでその本のロックが解除され、金具がカシャンと開いて前へ押し出される仕組みだ。
「……やっぱりここも最新技術だらけだな」
レールの上で少し傾いている本が一冊あった。本来ならロックがかかっているため動くはずがない。山崎は指先で軽く触れてみる。
カシッ…
金具が少し揺れた。通常なら許されない微妙なガタつき。
「ロックが甘い…?」
興味が湧き、学生証をかざすと金属音がして本がゆっくり前にスライドする。まるで誰かが手を触れた直後のような、不自然な緩み方だった。
その時、図書室の中央にある大きなAIモニターが突然点灯する。
「図書室の清掃、お疲れさまです」
B組とは違うAI教師の声が落ち着いた調子で響いた。山崎は本を棚に戻しながら空を見上げるようにモニターを見る。
「……見てたのか?」
「その本棚の三段目、奥から四番目の本にロックの不具合があります。後で職員室に連絡しておきます」
「マジか、そこまで把握してるのか」
山崎は驚きながらも、本を丁寧に戻して位置を整える。金属レールがカチリと音を立てて元に戻る。
再びモニターが光り、静かな声が流れた。
「掃除はほぼ完了しています。最後に出入口付近の床にほこりが残っています」
「はいはい…了解しました」
文句を言いながらも、彼はほこりを取り除き掃除を終えた。
モニターには最後の一行が表示される。
「ご苦労さま、山崎海斗くん。清掃係は終了です」
「……ありがとうございます」
図書室を後にする山崎の胸には妙な違和感が残っていた。本棚のロックが甘くなっていたこと。そしてAI教師がそれを当然のように把握していたこと。
その疑問は、後に起きる騒動の小さな前兆でもあった。




