AI教師による生徒への命令
AI教師の声が静かな教室に響く。
「京本悟くん。君には生き物係を担当してもらいます。さっそくですが水槽のメダカの水替えをお願いします」
「俺だけですか?」
京本はモニターに映るAI教師を見つめ、不思議そうに問いかける。
「いいえ、君だけではありません。田中守くんも一緒です。これは当番制で1ヶ月ごとに交代します」
教室がざわめく。AI教師から直接指示が出たことに驚きつつも、生徒たちは帰宅の準備を進め、指名された二人は教室に残った。
教室の隅には小さなメダカの水槽があり、京本は手際よく雑巾やスポンジ、洗剤を揃え、田中は寮から持ってきた『笑顔の作り方』の本を閉じて後をついていく。
「なんで俺たちが選ばれたんだろうな」
京本がぽつりとつぶやく。
「…たまたまじゃない?」
「にしてもあのAI教師って本物の人間みたいで不気味じゃないか?」
「AI教師のこと?」
「ああ。質問したらすぐ返事するし、モニターの中に誰か入ってるみたいでさ」
京本が小馬鹿にするように笑った瞬間、田中は急に京本の腕を掴み真剣な表情で言った。
「あんまりAIのこと悪く言わないほうがいいよ」
「え、なんで?」
振り向いた京本は、田中の後ろに立つ磯部教頭に気づき思わず声を上げた。田中も肩をすくめる。
「やあ君たち。新校舎はどうだい?のびのび学べて勉強も捗るんじゃないかね?」
教頭はにこやかに両手を広げて問いかける。
「はい。そう思います」
「はい。同じ気持ちです」
田中も少し畏まりながら続いた。
京本が顔を上げ質問する。
「すみません、質問があるんですが…」
「ん?何でも聞いていいよ」
「この学校はまだ設立されたばかりですが、そのせいで教師の数も少ないんですか?」
「教員の数が気になるのかい?AIプログラムから説明は受けなかったのかな」
「プログラム…ですか?」
「ああ、AI教師のことだよ。教員の数は始業式の授業で説明するようプログラムされている」
「き、聞きました」
田中が小さく答える。
「え?そうだっけ?」
「ははは、京本君は聞き逃したのかな。AI教師は全ての科目を網羅していて、あらゆる言語で質問に答えられる。だから教員の数を心配する必要はないよ」
教頭は二人の名札に目を向け優しく笑う。
「授業には問題ないと思います。ただ人間の教師が少ないと防犯上大丈夫なのかなって…」
「そうか、防犯が気になるんだね。でもこのAIデジタル高等学校は、人がAIを信頼し、AIが人を信頼する、クリーンでコミュニケーションを大切にする生徒を育てるために設立されたんだ」
「AIを信頼して、コミュニケーション…?」
京本は眉を寄せる。田中は緊張した様子で後ろに立つ。
「分からないことがあればAI教師に聞くといい。私より賢い回答が返ってくるかもしれないよ、ははは」
教頭は軽やかに笑い、京本の手のバケツに気づく。
「頼まれごとかい?早く済ませなさい」
そう促し、教頭は職員室へ戻っていった。
「AIを信頼か…」
京本は教頭の背中を見送りつぶやく。田中は「早く行こう」と促し、二人は水汲み場を探して歩き出す。
新校舎の間取りを把握していない二人は半ば探索の気分で歩いた。しばらくして彼らは気づく。AI学校には監視カメラがどこにも設置されておらず、生徒が委縮しないよう開放的な作りになっていることに。
所々に最新型の大きなAI液晶モニターがあり、画面には「こんにちは」とだけ表示されている。質問をしない限り反応しないようだ。
「誰も見てないんだし思いっきり走ってみようぜ!」
「え、ちょっと待ってよ!」
京本はバケツや洗剤を抱えたまま全力疾走し、田中は必死でついていく。その器用な走りに田中は感心した。
ほどなくして水汲み場を見つけた二人は蛇口をひねりバケツいっぱいに水を入れる。戻る途中、廊下のモニターに「廊下を走ってはいけません」と表示されていることに気づく。
「え?さっきと文字が違う…」
「走った時の音に反応したんだよ、きっと」
二人はしばらく立ち尽くした。
教室に戻ると水槽の水をポンプで抜き、スポンジで掃除し、新しい水に入れ替える。こぼれた水滴を拭き取り、京本はAI教師に向き声をかけた。
「終わりました」
「ご苦労様です。残った水は花壇のお花にあげてください。一連の作業が終わったら後片付けをして帰宅してください」
「はーい!」
二人は残った水を花壇にあげ、片付けを済ませた。
夕方、自然寮へ戻ると織田悠馬が入口で待っていた。
「お疲れ。大丈夫だった?」
心配そうに声をかける織田に、京本は明るい顔で答える。
「余裕だよ。校舎の探索もできたし楽しかったし…」
そう言いかけた時、田中が「僕レポート書かないといけないから先に戻るね」と言い残し急ぎ足で寮へ戻った。
「なんだあいつ」
「何かあったのか?」
「いや…AI教師とコミュニケーション取ってみたんだけど…」
「コミュニケーション?メダカの水替えの話だろ?」
織田は笑いながら言う。
「まぁな。ちょっと俺の部屋に来いよ。話したいことがある」
「待ちたまえ、君たち!」
山崎海斗が後ろから現れ二人を呼び止める。
「ん?何か用?」
織田が振り返る。
「あー、朝食堂でゴボウ食べてたやつだ」
京本が思い出したように言う。
「どうも…」
「今から京本の部屋に行くんだけど、何か用なの?」
「ここで話す?それとも俺の部屋に来るか?」
京本が提案すると、少し考えた山崎は「分かった、行くよ」と答えた。




