8話
時間的に姫輝が帰らなければいけなくなった。
一人この場に取り残されるのは不安ではあるが、仕方がない。
あたしは姫輝を玄関まで見送った。
そこで、姫輝はもじもじと恥ずかしそうにしながら、口を開こうとした……のだが、すぐに閉じた。
「今、何か言いかけたでしょ? まだ何か説明してないことがあるなら、ちゃんと説明してよね!?」
「い、いや……なんでもないですわ」
頭をぶんぶん振り、否定する姫輝。……絶対何か隠しているだろう。
(まあ、隠し事していても、入れ替わり生活をしていれば、いずれあたしもわかることだろう。それが大事にならないことならいいんだが……)
楽観的な考えと、不安的な考えが同居し、情緒不安定になりそうだ。
「それでは、入れ替わりが治るまで、今後、家のことはお願いしますね」
姫輝はそう言うと、手を振り返っていった。あたしも手を振り返して見送った。
玄関ドアを閉めてから、ふと気づく。
『家のことはお願いします』の意味は?
不安を感じていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。姫輝が戻ってきたのか?
あたしは心細かったので、姫輝かと思い、満面の笑みを浮かべる。
そこに立っていたのは、悠橙先輩だった。
あたしは激しく動揺した。そりゃあもう、いろんな意味で!
「ただいま~。どうした姫輝? こんなところで。そう言えば、姫輝と学年の子とすれ違ったな。姫輝の友達だったのか?」
あたしは真っ白になっていた頭が我に返り、返事をする。
「お、おかえりなさい。う、うん。友達が来ていたの」
「そっか……姫輝が友達を連れてきたのか。お兄ちゃんは嬉しいよ」
おや? なんか口調がフランク? 姫輝がお堅いだけか?
そんなことを考えていると、悠橙先輩が靴を揃えつつ、声をかけてきた。
「今日の夕食は何作る?」
「へ?」
姫輝から食事に関する説明を聞いていない。どういうことだ? この会話からすると、姫輝と悠橙先輩で夕食を作るってことじゃないか?
頭の中で想像する。
元の姿のあたしと、悠橙先輩がキッチンで二人、料理という共同作業。それはもう新婚さんと言っても過言ではないのではないだろうか?
にやにやしていると、悠橙先輩が不安そうにあたしの表情を窺ってきた。
「姫輝……今日はなんかおかしいぞ? どうしたんだ?」
「い、いや、なんでもないですわよ。お兄様」
悠橙先輩の表情が曇る。
「本当におかしいぞ? いつもは『に~に』って呼んでいるじゃないか」
あのアマ! それか! 恥ずかしそうに言いたげにしつつ、結局言わなかったのはこれか!
姫輝は学校では凛としているが、家族の前では甘えん坊ということが発覚した。
いつも読んで頂きありがとうございます。
やっと恋愛シーンの開始地点に来た感じという気がします。
まあ、身体が姫輝なので、恋愛も何もない気がするんですが……。
それにしても、姫輝が兄のことを「に~に」と呼ぶ。この展開を何人の人が予想できたか?
でも、家族の呼び方って恥ずかしいと思っても、治すことも恥ずかしくて、なかなか治せなかったりしますよね。
作者も子供の頃、「パパ」「ママ」呼びしていたので、大人になってから治そうと思っても、その行為が恥ずかしくて、なかなか治すことができませんでした(笑)。
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