7 茶会での出会い 4
買い物を済ませ家に戻ってくると、部屋で着替えを終えたところで談話室へと向かう。
ゼフォル兄様が中等学院から戻ってくると我が家の談話室には家族が全員集まることとなった。
「やはり、ウィラが第二王子殿下の婚約者候補に選ばれたのですね?」
扉から入ってくるなり、ゼフォル兄様がそう言いながら入室してくるとソファーへと腰を下ろす。
「……いいえ。ウィステリアは第二王子の婚約者候補にはなりませんでした」
ゼフォル兄様の言動に呆れ顔を向けながら母様が言葉を返すと、兄様は手に持ったばかりのカップをソーサーに戻した。
「ウィラの何が駄目だったのですか? 容姿も悪くないし、礼儀作法も完璧です。頭が良すぎるからか? ……もしや、またウィラは何かやらかしたの?」
なんつーこと言うの? 可愛い妹に向かって、それはあんまりでしょう。それに、その言い方よ、言い方! 私が毎回何かやらかしているかのように聞こえるわ。
「やらかしてなんかないわよ!」
「二人して、お父様が話をする前に話を先に進めないでちょうだい」
呆れ顔から鬼の形相へと変わった母様の顔に私とゼフォル兄様が縮こまると、私達を見かねたように父様が咳払いをしてから口を開く。
「そうだな。ウィステリアは第二王子殿下の婚約者となると思っていたから、ゼフォルリーグも驚いただろうが。ウィステリアはバードゥイン公爵家の令息と婚約になりそうだ」
「はっ? 父様、今バードゥイン公爵家と聞こえたのですが?」
「あぁ。そう言ったよ」
「正気ですか? 俺は反対です」
ゼフォル兄様が信じられないものを見るかのような表情を浮かべると、バードゥイン公爵家との婚約に異を唱えた。
「今更、私達やゼフォルリーグが反対したところでだ。明日、バードゥイン公爵家が婚約を結びに我が家を訪れることになっている」
「明日!?」
父様の言葉に驚きすぎて、大声で聞き返してしまった。急いで口に手を当ててはみたものの……両親からの痛い視線が向けられる。
母様が言っていた、『前祝い』とはこのことだったのか。
「あ、明日ですか? ……ウィラ、明日は何が何でも断れよ! あんな野蛮なところに嫁がなくていいからな」
「ゼフォルリーグ! 言葉を選びなさい。それに、バードゥイン公爵家との婚約に返事をしたのはウィステリアですわ。分かったと。……ね、ウィステリア」
「……な、何だって? ウィラ、どうして?」
ゼフォル兄様の大きく見開かれた目が私に向けられる。揺れている瞳は困惑しているのだろう。
心配してくれているのが、手に取るように分かる。分かるのだけど……もう遅いんだよ。私だって、今知ったばかりよ。ゼフォル兄様より困惑してるんだけど。馬車の中で母様から聞かされ、了承の返事をしていたとは聞いたけど……覚えてないって、言えないわ。それに、ゼフォル兄様が言う以上に、私だって嫌なわけ。でも、目の前に座る母様を見てご覧なさい! 責任を取るのは自分自身だという視線がめっちゃ痛すぎる。あれを目の前にして、ゼフォル兄様は言える? 言えるの? やっぱり無かったことにって……私は言えない。言ったら最後、どうなるか分ったもんじゃないわ。
「どうしてと言われましても……もう返事をしたことだし、自分で返事をした言葉には責任を持っていますので」
そうゼフォル兄様に返した言葉に、母様がじろりと私を見ると一つため息を吐く。
「ふぅ。簡単に言葉にしてはいけないことを学んだようですね」
「しかし、考えもしなかったよ。ウィステリアが、バードゥイン公爵家の令息と婚約することになるとは」
「えぇ。全くですわ」
「貴族達の間でも、ウィステリアが第二王子の婚約者に選ばれると信じて疑わなかったが、茶会での王家の反応はどうだったのだ?」
「それが、帰るときに王妃殿下に挨拶をしましたが、残念だと言われましたわ」
「なるほど。中立を維持してきた我がラジェリット侯爵家が、王家側に就くのかと噂になっていたからな」
父様の言葉に、ゼフォル兄様は眉間にシワを寄せたのを見るに、派閥の事までは考えていなかったのだろう。まぁ、まだ年齢的に仕方がないけど。それに、私もそこまでは考えてもいなかったわ。
あれ?……それならば、どうして小説の中では王命で私をバードゥイン公爵家に嫁がせたのかしら? モブ以下の私の事に関しては、そんな事まで書かれていなかった。
「父上は、ウィステリアが第二王子殿下の婚約者候補になったなら、王家側に就くつもりだったのでしょうか?」
「……婚姻するまでは中立の立場のままでと思ってはいたが、難しかっただろうな。しかし、バードゥイン公爵家の令息と婚約したとなると話は別だ」
「……と、言いますと?」
「いつまでも中立の立場のままでは居られないだろうし、貴族の間でもそう思われることになる。ならばだが、早い段階で手を打つ方が利口だ」
「それは、予想される事態に対して、先に対策を講じるということですわね」
「あぁ。……まだ中等学院に通っている若いゼフォルリーグには申し訳ないが、次期ラジェリット侯爵家の当主となる頃には、もしかしたら王家と敵対するようになっているかも知れん」
「……分かりました。これからは、様子を見ながら友人達と接するようにしていきます」
「それと、まだ幼いウィステリアには理解できないことかも知れないが、今回のウィステリアの言葉一つで我がラジェリット侯爵家の未来が変わると言う事だ。ウィラ、将来はゼフォルリーグの力になれるような存在になりなさい」
「はい。お父様」
……今の父様の話から察するに、小説での内容を考えて見れば……国王陛下は我が家を王家と敵対させる目論見があったのかも知れないわ。理由は分からないけど……。それならば、私はこれから先の未来に私の死を回避するだけじゃなくて、家族に訪れるかも知れない暗い未来も回避できるようにしなければならないってことね。
「俺の妹は、賢いからな。将来、ウィラが力になってくれるのを楽しみにしているよ」
「ラジェリット侯爵家の行く先が決まったところで、そろそろお茶にしましょう」
呼び鈴を母様が鳴らすと『ペストリー』で買ってきた御土産のケーキが運ばれてきた。
「母様、私も食べていいのですか?」
「ふふっ。夕食をきちんと食べれるのならばね」
柔らかに微笑みながら、母様は私好みのケーキを皿に取り、私の前に置く。
「このオレンジケーキは、試食にはなかったものよ」
こんなときに感じるのが母様の優しさだと思う。見ていないようで見てくれているし。なんだかんだ言って、道を誤る手前で正してくれる。
……あれ? それならば、もしかして?
今日の事も……そうなのかも知れない。母様だったら、私が返事をするより早く言動に移していたはずだもの。それなのに――。
「これは懐かしい味だ。ペストリーのブランデーケーキだね。昔を思い出すよ」
「えぇ。ブランデーを後からたっぷり染み込ませたケーキは最高に美味しいわよね」
「あっ、俺も父上のケーキが食べてみたい」
やはり、もしかしなくても……かも。何だかんだと言いながらも、家の家族は母様の手のひらで転がされているのだろう。
それに、今はそういう事にしといた方がルーフェルムと勝手に婚約の約束をしたと言われるよりも気が楽だし――。