6 茶会での出会い 3
馬車に乗り込むと目まぐるしく変わる状況からようやく解放され、やっと人心地のついた思いで帰路に就くことができた。
帰りの馬車の中では窓から見える街の光景をぼーっと眺めていたのだが、時折感じる母様からの視線が邪魔に感じてくると、私は小さなため息を吐いてから口を開いた。
「母様。何度も私を見ているようですが、何か言いたい事でもあるのでしょうか?」
「……そうね。ないとは言えないわね」
対面に座る母様は、そう言ってから額に手を置き瞼を閉じた。
何やら思慮に耽っている様子に、母様も茶会での慌ただしい出来事に疲れているのだろうと思うと、私の言動がそうさせたと考えそれ以上は何も言えなくなる。
また車窓の外へと視線を向けると王城へと来たときの道へは進まず、右折して帰るはずの道を真っ直ぐに進んでいることに気がつく。……ん? 何だか違う方向へと向かっているけど――。
「あれ? 来たときと道が違うわ」
「えぇ、そうよ。中心街へ向かっているの。急な入り用が出来てしまったから買い物をして行くわ」
外を見ながら呟いた声を、母様が拾い返事が返っくる。
(ふーん。買い物に行くのか……か、買い物って言ったの?)
そして、母様から告げられ、私は一気に気持ちが昂った。
買い物に連れてきてもらえるなんて、滅多にない。というか、買い物に出掛けた記憶が一度もない。
この世界に転生してから、欲しい物や必要な物は買い物に出かけなくても商人が家へと持って来てくれる。今では、それが当たり前となっているので買い物に出かけるという行為すらすっかり忘れていた。
買い物に出掛けるというだけなのに嬉しくて仕方がない。だって、この世界での『お店』に入店したことすらなかったし。買い物に行けるということが、海外旅行に行くような気持ちになったのは恥ずかしいが、人生に新たな色が加わったかのような想いで胸が弾む。
だもん、車窓から見える外の光景が、先ほどまでとはガラリと変わり光り輝いて見えるのは気の所為ではないはずだ。
「そういえば、母様。王妃様が残念だと言っていたけど、何かあったのですか?」
先ほど、王宮医師の診察を終えてから帰る旨を王妃様に伝えたときのことだ。
何事もなかった私のことを安堵して下さった後で、悲しい表情を見せた王妃様は、『今日という日が待ち遠しかったのですが、とても残念な結果になってしまったわ』と言っていた。
母様は王妃様に、『その様に思って下さりありがとうございます』と返答したことで、私が倒れた事とは違うことのように思え首を傾げたのだ。
「えぇ、そうね。王妃様はウィステリアを第二王子殿下の婚約者候補にしたかったの。でも、先にバードゥイン公爵家から声が掛かってしまった事で、残念だったと仰ったのよ」
「婚約者候補になっていないの?」
「えぇ。バードゥイン公爵家と王家は、ある意味対等ですからね。ルーフェルム様へとウィステリアが返した言葉で王家は何も言えなくなってしまったのよ」
「私の……返した言葉で?」
(??? 私、不味いこと口走ってたかな?)
「そうよ。母様はビックリしたわ。貴女がルーフェルム様を受け入れるだなんて思ってもみなかったから」
「受け入れる?」
(受け入れるって? 何のことかしら?)
「分かった。だなんて、令嬢らしからぬ言葉で、ルーフェルム様に返事をしたでしょう? そんな言い方をするなんて、母様はとても恥ずかしかったわ………はっ、まさか?」
困り顔だった表情が、一転して信じられないものを見る目に変わると、こちらを見たままの母様がビシッと固まった。
「な、何? 母様、どうしたの?」
「まさか、ルーフェルム様とレイバラム第二王子殿下の二人を天秤に掛けられるとでも思っていたの?」
「……っ、ち、違うわよ。ただ、聞いてみただけよ」
母様は眉をひそめ、胡散臭いと言いたげな表情を浮かべる。
……私の方がビックリよ。急に、二人を天秤に掛けるとか言われて。人の話を良く聞いた方がいいって言われたから『分かった』って答えただけなのに。
それに、この雰囲気も困るのだけど。今日の母様の表情はコロコロとよく変わるわね。どうにかならないのかしら?
チラリと見上げれば、母様は何でも見透かしていそうな表情で私を見ている。強いて言えば、向けられている視線はとても冷ややかなものだ。
「でも……まさか、婚約じゃなくて求婚されるとは思わなかったわ。貴方達の年齢では無理だけど、ウィステリアが了承するだなんて驚いたわ」
「……求婚された……って?」
「はぁー。まったく、誰に似たのかしら? 会話中の話はきちんと聞きなさいと、母様は何度もウィステリアに教えていましたよ」
「きちんと聞いていましたわ」
「そう。それならば、自分で返事をした言葉に責任を持てるわね」
「勿論ですわ」
「……頑固なところは私に似たのね。はぁー」
……驚いたのは、私の方よ! バカ、バカ、バカ! 私はなんてことをしちゃったのよ! いつの間に了承なんかしちゃったのー? 全く記憶にない……というか、そんな会話してなかったよね? あー、ちゃんとルーフェルムの話を聞いてなかったときかも。私の大バカ! あーん、どーしよー。私の未来がお先真っ暗になっちゃったじゃない!
私の様子に母様がこめかみを押さえ、ため息を吐く。そんなに困るなら、私を連れて行かなきゃよかったのに。母様は、自分で私を無理矢理引っ張って連れて行ったのも忘れたのかしら? 頭を抱えたくなるようなことになるなんて、私を連れて行く前の時点で分かっているでしょうに。貴女の娘は、そんなに優秀じゃありませんよ。
でも、こんなことになるなら、なんとしてでも行かなきゃよかった。
母様との会話の後で、後悔に後悔を重ねしょんぼりとする。
今すぐ、時間が巻き戻ったらいいのに……。小説の中に転生するだなんてあり得ない事が実際に起きているわけだから、時間の巻き戻しも簡単に出来そうだけど――。などと、憂鬱な気分で考えていると、馬車は目的地に到着した。
大きな煉瓦色の建物の前で馬車を降りると、扉脇の『ペストリー』と書かれている看板が目に入る。
ここのケーキは……お祝い事や我が家で開く茶会でしか食べることの出来ない超高級菓子店ではないか!
だからといって、我が家は貧乏侯爵家ではない。なのに、滅多に食べることが出来ないのは、贅沢は必要なときだけという母様の心持ちから来るものだ。
扉が内側から開かれるとふんわり漂う甘い香りが鼻をくすぐる。中に入れば、ショーケースにずらりと並んでいる焼き菓子に目を奪われ、見ているだけで幸せな気分に酔いしれる。
「わぁー。可愛らしいお菓子がたくさんあるわ」
「本当ね。色々なお菓子がたくさん並んでいるわね」
母様がそう言った後で、店員さんに奥の一室へと案内される。
店員さんに付いて行く母様の後について行かなければならないのだけど、ショーケースから遠ざかる名残り惜しさに私の足は動こうとしない。
初めての買い物なんだから店内をゆっくり見て回り、ウィンドウショッピングも楽しみたい。どうせ店の中にいるんだし、せっかくだから呼ばれるまでは店内を見て回っちゃえ。
そう思った私は、ウキウキしながら陳列されたケーキを見始めるとよだれが出そうになってきた。
「奥でお菓子を食べましょう」
隣からそう声を掛けられ視線を向ければ、いつの間にか私の目線の高さまで腰を落としたダンディな店員さんが優しく微笑んでいる。
ちょっと気恥ずかしさに頬が染まるが、お礼を告げてニコリと微笑むと、店員さんは目を丸くしながらも手を差し出してきた。
ダンディな店員さんに連れられ案内された部屋では、沢山の種類のスイーツを載せているワゴンが目に入る。
ソファーへと促され母様の隣に腰を下ろすと、数種類の一口大のケーキが目の前に置かれた。
「ウィステリアが食べたケーキの中から、お父様と兄様の御土産にするケーキを選びましょう」
「えっ? 今日は特別な日じゃないのに?」
「ふふっ。今日は、特別な日の前祝いよ。母様は、明日我が家を訪れるお客様用のお菓子を選ぶわ」
お腹がケーキで満たされるほど味見をした私は、結局その中から御土産を選ぶことが出来なかった。
……だって、美味しすぎて、この中から二品しか選べないだなんて私には無理。
結局、母様が選んだケーキを箱に包んでいただき私達は店を後にした。
お読み下さりありがとうございます。
※作品タイトル名変更しました。m(_ _;)m
前タイトル)不本意ですが、キレッキレのサイコ野郎(公爵)の嫁になります〜いっそのこと飼い慣らしてみようかと〜
誤字脱字がありましたら
ごめんなさいm(_ _;)m




