5 茶会での出会い 2
◆◆◆
『銀の悪神に嫁がされたのが運の尽きだったな』
『竜の子孫は、もうこの国には必要なくなったようだ』
『……りゅ、竜の子孫?』
『可哀想だが竜の番ならばあんたも同類だから仕方がないんだ――』
『番? 何のことですか? 意味が分かりません。貴方達、私を誰かと間違えているわ』
『いや、間違えていないさ。ウィステリア・バードゥイン。バードゥイン公爵夫人とお呼びした方がいいかな?』
『……だ、誰の差し金なのですか?』
『これから、とても高貴なお方になる人だ。あんたが居なくなれば、銀の悪神を使役できるようになるんだと』
『何? それって――』
『竜の番は一生の内に一人だけだからな。番が居なくなれば、番紛いの効果も表れるだろう』
『おい! 喋りすぎだ』
『冥土の土産に、死ぬ理由くらいは教えてやったっていいだろう?』
『だからといって、依頼主にバレたらどうすんだ』
『分かった、分かった……バキュン』
『……うっ……い、痛い。……お腹から血が……』
『直ぐに痛みは無くなるさ。悪いな。恨まないでくれよ。恨むなら、お前を番にした奴にしてくれ』
『……さぁ、依頼された品はどこにあるかな? それを持って帰らなければ、大金が手に入らないからな。……首元か? それとも……ザシュッ。無いなー……ここかな―――』
◆◆◆
「はぁ、はぁ……お、お腹が……」
「ウィステリア。どうしたの? お腹が痛いの?」
「……か、母様?」
「ウィステリア、貴女はお茶会の席で突然倒れたのよ。顔が真っ青だわ。お医者様を呼んでいただいたから、直ぐに来てくださるわ」
(……夢?……夢を見ていたのね)
そういえば、小説の中でウィステリアが殺されるシーンでは、彼女の前に二人の刺客が現れ……お腹を銃で撃たれたんだ。その後で何度も短剣で体をえぐられ、最後に首を切り落とされたと書かれていたのだった。
……今見た夢は、そのときの会話だ。
こんなのない。こんなの酷すぎる――。
ルーフェルムは、『銀の悪神』と恐れられていた。
それと、……竜……竜の番……番紛い。
当時はサイドストーリーなどはサラリと読み流していたけれど。そういえば、最終章の手前で少しだけ書かれていたわ。そうだ、確か……竜から生まれた子供と言われていたのが2代目のバードゥイン公爵家の当主だったと……。そして、9代目当主がルーフェルムだった。
彼が竜の子孫だから……番って、彼と結婚したウィステリアのことよね。それに、『依頼された品……それを持って帰らなければ』とは? 何かを探していたようだった。それもウィステリアの体を抉りながらだ。――めちゃくちゃ怖いわ。考えただけで、悍ましい。
でも今はそれよりも、茶会で私が倒れた後の事が知りたい。私はレイバラム第二王子殿下の婚約者候補に選ばれたのか、それともルーフェルムの婚約者になるのか。
「起きてからもだんまりなのですわ。頭を打ったのかも知れません」
頭上から降ってきた声で我に返り見上げてみれば、母様が心配そうに私を見下ろしている。
その隣に立つ、髭を生やした白髪交じりの中年の男性が私の顔を覗き込んだ。
「なるほど。では、直ぐに診察を始めましょう」
……忘れていたわ。医師を呼んだと母様が言っていたんだっけ。でも、どこも悪くないし。前世を思い出して、恐怖で倒れたと言ったら変人扱いされるわよね。
「お嬢様。倒れたときのことは覚えているかな?」
(どうしよう……)
「……はい」
「どうして倒れたのか、教えてくれるかな? 体調が悪かったのかな?」
(なんて答えればいいかしら……)
「……と、突然……」
「突然? 何かありましたか?」
「……男の子の……美しさに」
「美しさ?」
「は、はい。神々しさに耐えられなくてです!」
「……そ、そうでしたか」
駄目だわ。これは、不味かったな。
医師や母様だけじゃなく、この部屋にいる誰もが時を止めたかのように怪訝な表情を浮かべている。
納得出来ないの前に、頭がイカれてると思われてしまったに違いない。
(あーやっぱり、変人確定じゃーん)
だって、しょうがないじゃない……咄嗟に浮かんだのがこれだったんだもん。急に聞かれても、良い案なんか浮かばないって!
医師が扉から出ていくと、入れ替わるようにバードゥイン公爵夫人とルーフェルムが入室してきた。
「ウィステリアちゃん。お怪我はなかったのですね。良かったわ。ルーフェルムが、しっかり支える事が出来くてごめんなさいね」
「ウィステリアは、俺の容姿が好きなのか?」
「好きって言ってないわ。神様みたいって言ったのよ」
「俺は神ではない」
「だから、神様みたいにっことよ」
「お前と――したことだし」
「お前じゃないわ。ウィステリアよ」
『……ウィステリア……―――』
人を労る気持ちなど持ち合わせていないのは、子供の頃からなのだろう。心配する言葉もなきゃ謝る気配もない。
そもそも、人の気持ちに寄り添うことができるのなら、サイコパスとは言わないだろうが――。
呼び捨てされるような間柄じゃないし、赤面しながらゴニョゴニョと小声でぶつくさ言われても聞こえない。
「おい、聞いているのか」
……あら? この部屋にいる誰もがさっきと同じで時を止めたかのようにルーフェルムを見ているわ。
「……き、聞いているわよ。呼び捨てで呼ばれる仲ではありません」
「あぁ、だから……そんな仲になろうと言ったではないか。はぁー」
呆れ顔の次にはため息まで吐き出すし、どうして私がぞんざいに扱われなきゃならないのよ。こっちは言いたいことも我慢しているというのに。
「人の話は最後まで良く聞いた方がいいぞ」
「聞いているわよ」
「じゃぁ、分かったな」
「わ、分かったわよ」
せっかく、茶会の席では目立たぬようにしていたのに。呼び捨てにされるし、そんな仲って何なわけ? ウィステリアが殺されたのがルーフェルムの所為だと思うと、彼に楯突くような態度をとってしまう。
「あらまぁ! ラジェリット夫人。明日、侯爵邸へお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか」
「は、はい。お待ちしておりますわ」
母様達の会話がふと耳に入ってくれば、私の様子を見に公爵夫人が見舞いに来るのだろうか。我が家まで来るような話がされている。
……ということは、ルーフェルムも来るのか。出来れば、もう会いたくないのだけれど――。
「じゃぁ、明日行くからな」
(やっぱり、来るのか)
「怪我もしてないし来なくてもいいのに」
「何か欲しい物があれば言えよ」
「何も要らないわ」
「そんな訳にはいかない。じゃぁ、ウィステリアは何色が好きなんだ」
「色? 全ての色が好きよ」
「分かった。何色でもいいんだな」
「あっ、せっかくだからチョコレートが食べたいわ」
「……チョコレート? それも持っていく」
お見舞い=高級菓子って決まってるでしょうに。せっかく答えてあげたのに、不貞腐れたような顔をして何なわけ? 自分から何がいいのか聞いてきたんじゃない。公爵家の令息のくせに、結構ケチ臭いのね。
そうして、嵐のような時間も過ぎ去ると、母様と一緒に王妃様へ挨拶をした後でやっと帰路に就くことが出来たのだ――。