49 夏季休暇 4
ラグナード様に連れられて洞窟内の最奥へと歩みを進めていくと、トロッコが岩壁の前に一列に並んでいるのが見えてきた。
「蓋付きのトロッコの中には、採掘した魔結石が入っています。蓋を開けるので確かめて下さい」
そう言って、ラグナード様がニヤリとしながら蓋を開ける。
するとそこには、黒い色をした魔結石が隙間なくびっしりと並んでいて、ランタンの光に照らされ、見る者の魂を吸い込むかのように青く美しい輝きを放っていた。
「うわー。こんな量の魔結石をはじめてみたわ。全部売ったらいくらになるのかしら?」
私を見て含み笑いをしているラグナー様を横目でチラリと睨み見ると、彼は気不味そうにコホンと咳払いをしてから口を開く。
「これまでにトロッコ5台分の魔結石を採掘しました。この場所では、あと2台分が採れそうです」
「え?……合わせて7台も?」
予想を遥かに超える量に驚愕する。
嬉しい誤算だけれども。まさか、こんなにとれるとは思わなかった。
「そうです。それと、もう一つの鍾乳洞にある魔結石は、この洞窟で採掘した半分くらいの量があるとハザード様からお聞きしております」
……ちょっと待って、そんなにたくさん採れるだなんて……使いみちに困るわよ。 小説では、全部でトロッコ2台分だったと思うのだけど。
それに2台分の魔結石といえば、ウィステリアの有責で婚約破棄となったときの場面で、奪われた資産のことも書かれていたわね。確か、王妃様が奪った資産を第二王子のレイバラム殿下に渡した分は、その3割にも満たなかったはずだ。ということは、小説の中での第二王子はまんまと騙されていたのね。
レイバラム第二王子は、小説においてウィステリアの婚約者だった。
物語の内容では、第二王子のレイバラム殿下は王立学院を卒業する直前になって、ウィステリアに婚約破棄を言い渡していた。殿下にとっては、成り上がり令嬢との真実の愛を貫くためだったのだろうけど。
成り上がり令嬢はウィステリアの持つ資産が欲しくて、レイバラム殿下を籠絡しただけだった。
2人が学院で昼食を共にしているときに、彼女は毎回ほんの少量の媚薬をレイバラム殿下の食事に盛ったうえ、言葉を巧みに操り、ウィステリアとの婚約を破棄に追い込んだのだ。
……思い出してみると、レイバラム第二王子殿下も気の毒ね。母親である王妃様からはウィステリアの資産目当てで婚約を結ばされ、そのうえ成り上がり令嬢には、逆に財産を奪うためにいいように利用されただけだったなんて。
「金に換えるなんて勿体ない。採れ過ぎたのなら、俺の魔術研究に投資して欲しいよ」
後ろから聞こえてきたチェンスターの言葉の内容に、現実に引き戻されたような感覚がし、まるで錆びついた機械のようにギギギと首を軋ませながら振り返る。
何食わぬ顔で私の後ろに立っているチェンスターは、魔結石を手のひらの上に乗せて大事そうに持ち、私に笑顔を向けてきた。
その隣では、ハザードが魔結石の品定めをしていたのだろう。手を止めた先にある石を掴むと「この石は、凄いな」とマジマジと見入っている。
すると、チェンスターはハザードの掴んだ石を見て瞳を輝かせると、媚びるような口調でハザードに話しかけた。
「ハザード殿、こんなに魔力が凝縮されている魔結石は大変珍しいのです」
「そうなのか?」
「それに見て下さい。こちらの石なんかは、こんな小さいのに沢山の魔力量を保有しています」
「見れば分かるが」
「ぐ…。そ、そう……ルーチェさんに、こちらの魔結石に魔術を施してプレゼントするなんていかがでしょうか」
……何しとんじゃ? チェンスターは営業マンにでも転職するつもり? といっても、その魔結石は私の所有物なんですけどね。
私から仕入れてハザードに売るつもりなの? ハザードが買える金額ではないんじゃない?
あら? そういえば、ハザードって……ルーフェルムから給金をもらっているわよね? でも、今は私の護衛として働いているんだよなー……あ、不味いわ! 私からハザードに給金を支払ったことってないわ。それって、ただ働きさせていたってことになるんじゃない? ハザードが何も言わないのは、三食ルーチェ付きだから? だとしても、さっさと今までの給金を払わなくちゃよね。
「魔結石に男避けの魔術を仕込んでみてはどうでしょう? ルーチェさんには『身体強化の魔術』ってことにしておけば、喜んで受け取るんじゃないかな」
「ルーチェが? ……喜ぶ……」
おいおい。ハザードくん。勧誘に騙されちゃ駄目だろう? それに、その石はタダじゃないんだよ? そうだ! この機会に今までの給金を支払えばいいのよ。それなら、無報酬労働させていたことにならないわよね。
「私も、チェンスターが言うように、ルーチェが喜ぶと思うわ。ただ、男避けとかは駄目よ、ルーチェに知られたら嫌われるわよ。この際、ペアのアクセサリーを贈ってみたらいいと思うの」
「ペア? ルーチェと揃いのアクセサリーですか?」
「そうよ。何かのときは魔結石から魔力を供給できるし、宝石で作るよりルーチェは喜ぶと思うわ。支払いは私がハザードに渡せなかった給金が貯まっているから、そのお金を使ってちょうだい」
「給金ですか? 給金は必要ありません」
「えっ? お金がないと買えないわよ」
「バードゥイン公爵家から利用限度額に制限がないカードを配布されているのです」
ハザードは、真っ黒のカードを私に見せると、すぐにお腹の中にしまった。
……この世界も前世と同じで最強カードは黒なのね。同じと言えば、大事なものは腹巻きにってやつかしら? もしかして、ハザードも腹巻きを? まさか、……着けてないわよね。
「……そう、……だからといって、それはそれよ! だったら、この魔結石の中から好きな石を選びなさい。どうせ、ルーチェにプレゼントするのでしょう? お金が必要ないのなら変わりに魔結石で支払うわ。最高級の魔結石を選んでプレゼントしてあげなさい」
「はい。ありがとうございます」
しかし……バードゥイン公爵家って、太っ腹だわ。ハザードにカードを持たせているだなんて。それに利用限度額に制限なしとは、何とも羨ましい。
……ってことは、暗殺者の給料って……凄い金額なのでは? 一度依頼するだけでも高額なんだろうけど、それをずっと雇い続けているとなると……。ふむ、カードを持たされていても不思議じゃないわ。けれど、私はハザードを護衛にしているわけだから、護衛分の給金しか払わないけど――。
……それより、この魔結石の量だわ。どうやって、この国から外に持ち出すかよね。それに、違う大陸に持ち出せたとして置き場所がなー……困ったわね。
「チェンスター。どうしたらいいかしら?」
「……何のことだ?」
「石の保管場所よ」
「あー……それな。……考えといてやるよ」
うわー。生返事すぎるわ。……チェンスターったら、この石の持ち主が誰だか分かっているわよね? ハザードにばかり媚びているけど、あんたの雇い主はダルシュで、その雇い主は私なんだけどっ。
ジト目でチェンスターを見てため息を吐くと、ハザードが横目で私を見ていることに気づく。
「な、何よ? そんな目で見て。ハザードもルーフェルムと同じで今の私の感情とか何となく分かるの?」
「いいえ。でも、ウィステリア様の顔を見れば、大体のことは分かりますね。何でも顔に出ますから……あ、いいえ。さっぱり分かりません」
……わざと最後まで言ってから言い直したわね。無表情でそんな風に言われるとは。いつか絶対に仕返ししてやるからね! 今に見てなさい! ルーチェの前で恥ずかしい姿をさらけ出してやるわ。
「ウィステリア様。魔結石の保管場所ですが、全て持ち歩けばいいのではないでしょうか?」
「はぁ? 持ち歩く?」
どうやって? それはさすがに竜人でも無理なのでは? ハザードったら、何を考えているのやら。
「チェンスターの腕輪と同じ物を作ってもらえばいいだけですよ」
「……えっ!」 「な、なんだって!」
私とチェンスターの大きな声が、同時に洞窟内に響き渡った。その直後、チェンスターに目をやると、彼は右手で左手首を覆い隠していた――。
遅くなり申し訳ございませんでした。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。
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