48 夏季休暇 3
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夏季休暇の最終日。早朝からルーチェが孤児院へと出かけたため、魔結石の採掘現場へハザードと二人で向かうことになった。
商会の前で馬車から降りると、ラグナード様の出迎えで建物の中へ通される。
ハザードが馬を預けてきたところで、先に来ていたチェンスターがスクロールを開き、私たちはウロース山まで瞬間移動した。
視界に映るジルベンタ商会の応接室がグニャリと歪み体がふらつく。
視界はすぐに正常に戻ったが、目の前の風景は鬱蒼とした木々に囲まれている鍾乳洞の入口に変わっていた。
「凄いわ! 一瞬で、ここまで来れるだなんて!」
「はぁー。分かってねーなー。本当なら、現場まで移動したいわけだ。それなのに、入口にある魔術紋に邪魔されて、俺の魔術が弾かれちまう」
感動している私の隣で、チェンスターが不貞腐れた子供のような口調でぶつくさ言う。
彼を見れば、不服そうに胸の前で腕を組み悔しそうな表情を浮かべている。
「しかし、チェンスターのお陰でこの距離を一瞬で来ることができるわけだし、中に入れば、また瞬間移動で現場まで行けるじゃないですか」
「ラグナード様、それは俺には通用しないんですよ。一度で移動できなきゃ、最高魔術師の名折れですから」
ラグナード様の言葉にチェンスターはそう返し、鍾乳洞の入口を見つめたまま首を振った。
岩の突起に鉱業権の羊皮紙を開き置くと、入口に立ちはだかる文字の壁が目で捉えられるようになる。文字が回転しだすと、「あぁ、何度見ても美しく素晴らしい紋だ」とチェンスターはうっとりと目を細める。
「はぁー。長くなりそうですね」
「魔術師じゃなくても、この素晴らしい魔術紋には見惚れるでしょう。チェンスターも、恋焦がれているみたいですし。我々は、先に進みましょう」
その姿を横目に、ラグナード様と私が先に鍾乳洞の中へ足を踏み出すと、ハザードがチェンスターの首を掴み引きずるようにして連れてくる。
「とりあえず、現場の近くに掘り出した魔結石を積んでおきました。保管場所が決まるまでは、この洞窟の中が一番安全だと思います」
「ありがとうございます。どのくらいの量が採掘できたのでしょう?」
「んー。期待以上です。見て驚くと思いますよ」
ラグナード様が爽やかな笑顔を向け、採掘した魔結石を早く見せたいといいスクロールを開く。
今度はふらつかないように足に力を入れ瞼を閉じてみるが、体が歪んだような気持ち悪い感覚に目を開いた。
洞窟に一つだけ下げられたランタンは柔らかなお日様のような光を放ち、前回と同じで洞窟内がよく見渡せるように光が広がっている。
「あれ? 今日は寒くないわね」
「あぁ、チェンスターが錬金して作ってくれたランタンのお陰なんです」
寒かった洞窟の中が、ほんのりと温かい。
作業がしやすいように常に快適な温度と湿度を保つ機能をランタンに備えてくれたのだと、ラグナード様がチェンスターを絶賛する。
「まぁ、これは商品として売り出せそうね!」
ラグナード様がランタンの素晴らしさについて語り始め、その内容に私は頷きながら目を輝かせる。
すると、チェンスターは大きく目を見開き私を見て胸の前で手を左右に振った。
「いや、無理だ。これを作るには商品にしたらかなり高額になるから金持ちしか買えないぞ」
勿体ない……すぐに誰もが欲しがるものが目の前にあるのに商品に出来ないとは……。
「ダルシュに話をしてみたら?」
「ダルシュも知ってるさ」
「残念だわ」
チェンスターにそう言われたが、諦めきれずにランタンを見ながら思考を巡らせる。
「どうにかならないかしら……」
「改良して商品を売り出すときは、是非我が商会でお願いします」
呟いた私の声をラグナード様が拾い、商売に繋げる気満々の営業スマイルを向けてきた。
「では、先に掘り出した魔結石を確認してくださいますか。少し先にありますので進みましょう」
ラグナード様に連れられて奥へと進み始めると岩壁に筒のような物が刺さっているのを発見する。
……ん? これは何かしら?
触って見ると柔らかく、くねくねと動く。
「ウィステリア様、勝手に触ってはいけません! もし、爆発でもしたら助けられませんよ!」
後ろから、ハザードが慌てて私の手を引っ張り、そのまま私を肩にポイと担ぐと瞬時に先ほど転移した場所まで後退した。
この間、一秒も経っていないと補足しておこう。
「お、降ろしなさい!」
「まだ、安全が確認出来ていませんので無理です」
「だからといって、普通ならお姫様抱っこでしょう! 私は荷物じゃないわ! ルーチェに言いつけてやるからー! ハザードのドアホ、アホンダラ、ウスラバカ……」
近づいてくる足音がする。先に進んで歩いていたラグナード様とチェンスターがハザードの声を聞き、こちらに向かってきているようだ。……けれども、私の視界にはハザードの背中しか見えない。
ハザードを叩くと、私の拳が当たった場所は彼のお尻だ。……なので、次にバタバタと足を動かして抵抗する。しかし、足を押さえられ、成す術なしだ。
「おいおい、その格好……ぷぷっ。……何があったんだ?」
「爆発したら助けられないと聞こえましたが?」
チェンスターの馬鹿にする声と、ラグナード様の心配する声がすぐ後ろから聞こえる。
……見ないで! 罰ゲームじゃないんだからー! は、恥ずかし過ぎる!
ハザードが私を肩に乗せたまま、二人に先ほど見た岩壁に刺さっていた筒の話をすると、二人の笑い声が洞窟内に響き渡った。
その正体は、岩に付けられた蛇口だと二人から言われ、ハザードはばつが悪そうに抱えていた私を下ろす。
筒に書かれている魔術紋の半分と岩に書かれている半分を回転して合わせることで、山の水分を集め筒穴から水が出てくる仕組みになっているらしい。
「これは、俺が作った作品じゃないからな。山で作業する現場なら何処にでもあるぞ」
「じゃぁ、ここの山水が今すぐ飲めるってことよね! 飲みたいわ!」
「あぁ。……山の水が飲めると喜ぶ貴族の令嬢はウィステリア以外いないだろうな」
そう言って、チェンスターは私を小馬鹿にしながらも筒を岩の魔術紋と合わせてくれる。なんだかんだ言っているが、優しいところもある。
ちょろちょろと水が出てきたところで、「わぁー」と手を出そうとすれば、腕を掴まれ手が水まで届かない。
「待って下さい」
私の手を掴んで止めたのは、またしてもハザードだ。
毒見だといってハザードが先に水を一口飲むと、続けてまた一口飲む。
「まろやかで美味しい水ですが、時間が経たってから腹痛になるかも知れないので、ウィステリア様は私の様子を見てからお飲みになられた方が――」
「ハザードだけずるいわよ!」
……なんなのよ! この頃やけに口を出してくるのよね。なんでだろう。こんなに小うるさい人なのに……よく何年もの間、影なんかしていられたわね。国立学院に通うことになったからといって、護衛にしなければよかったかしら?
「ハハッ。ハザード様の言う通りです。侯爵家のご令嬢であるウィステリア様は平民とは違いますからね。先ほど担がれた事もそうですが、護衛が付いているということは、危険が伴う事が多いからでしょう? 何かあってからでは遅い。それだけ尊い方だということではないでしょうか?」
「尊い……」
「はい。侍女や護衛と仲睦まじい姿はウィステリア様らしさとすれば、私はそんな貴女らしいところがとても好きです。 しかし、侍女や護衛は友達ではありません。ハザード様は護衛として多種多様なことからウィステリア様を護るのが仕事ですからね」
そうかも知れないけど、担ぐのは良くないでしょう。それに、山水は関係ないと思う。
でも、ラグナード様の言葉を聞いて考えさせられた。
ハザードは、私の一挙一動を見逃さないよう護衛をしてくれている。ということは、これからの未来のことを思えば、彼は頼もしい助っ人だ。
だって、この世界で実際に生きている登場人物たちは、物語で書かれている彼らとあまりにも違いすぎるから。
そのため、彼らが何を思い、どう考え、どんな行動をするのか……全く分からない。この先の予想がつかなくなってしまったのだ。
そう思うと、最も最悪な事態を想像して対応するとなれば、ハザードの存在は大きい。
それに気になるのは、成り上がり令嬢が私のことをルーフェルムに聞いてきたってことだ。なら、尚更余計に気を引き締めたほうがいいだろう。
日本人の記憶を持ち合わせている私にとって、ルーチェとハザードは友人というより親友のような存在になっている。
要は、考え方が違うってことだけど、こればかりは直せないな。
皆はこの世界の理の中で生きているのであって、私は全く違う理を持ち合わせている異端者なのだから仕方がない。
そう思っていたが……根本的な問題はそれ以前に私の在り方なのでは?
……この世界での私は、紛れもなく侯爵家の令嬢なんだよねー。そうそう、問題はココにあるのでは? 今更だけど、私ってば貴族令嬢としての持ち合わせもへったくれもない……私って、ダメダメ令嬢ってことで合ってますか? ……まぁ、私からしてみれば、私らしくていいんじゃん? って、感じだけどっ。
だからかー。ハザードが小煩いのは。……いちいち干渉してきてやかましいうとしか思えなかったわ。
んー、でも……違うわね。それなら、ハザードが早朝練習で、人ならぬものとしての教えをするはずがないし。……あぁ――。 頭が混乱してきた。
まぁ、せっかく気がついたことだし、貴族令嬢らしくちょっとは頑張ってみようかな。今からでも、どうにかなるかな? うーん。……成り行きに任せるってことで……ダメだよねー。
頭を抱えていると、私の前でチェンスターが濡れた手を振った。
「つ、冷たい! 顔に向かって水を飛ばすとか信じられないんですけど!」
「ハハッ! 言い方は違うが、自分らしく生きていくために俺を雇ったんだろう? ラグナード様のいう貴族令嬢は一般的なものであって、全てがそうでなくてもいいだろう?」
「……心配してくれたわけ?」
「普通の魔術師ならゴロゴロいるが、俺は最高魔術師だから普通じゃない。そんなことより、早く魔結石を拝もうぜ」
……普通じゃないってか。それもそうね。
まさか、チェンスターから慰めのような言葉を聞くとは……思いもしなかったけど。
「チェンスターって、男前だったのね」
「今更かよ」
今のウィステリアは、小説に登場していなかった沢山の人物とも交流しているわけで、物語のウィステリアではない。
……それならば、チェンスターが言うように、変わった貴族令嬢のウィステリアのままでいいか。
死にたくないために、小説にはなかった物語を進めているのだし。そして、小説の中でウィステリアを殺す原因の一つとなった財産を、奪われる前に今から手にすることができるのだから。
それならば、気を取り直して……。
ふ・ふ・ふ……。さっさと大金になる魔結石を手に入れちゃいますか――。
誤字脱字がありましたらごめんなさい。
次話の投稿も遅れます。
ご迷惑お掛けします。m(_ _;)m




