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不本意ですが、サイコ野郎(公爵)の嫁になります〜いっそのこと飼い慣らしてみようかと〜  作者: パル@悪役令嬢彼に別れを告げる【アンソロ発売中】
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45 星夜祭 5



 うつむく私の頭上から、ルーフェルムの消え入りそうな声が落ちてきた。


「難しく考えるな。どうして……俺自身を見ようとしないんだ」


 ルーフェルムがそう口にすると、掴んでいた私の手をくいっと引く。

 すると、地を向いていた私の視界が一変した。


 あらら? なぜルーフェルムの襟の刺繍が目の前にあるの?

 ……はっ……? ルーフェルムの胸に顔を押し当てられているみたいだけど? ……えぇ――! みたいじゃなくて……だ、抱きつかれてるわよ! 今、ぎゅっと、ぎゅぎゅっとされたぁ――。なぜ? どうしてこんな事になったの? だ、誰か教えて? それに、何でこんなに苦しいの? 私ってば、ちゃんと呼吸できてる? 生きてる? 誰かー、私の生死を確認して――!


 突然のことで、パニックになる。そんな私の頭上から、またか細い声が落とされる。


「ウィラに似合うドレスやネックレスを選び、ウィラとお揃いのイヤリングを作り、初めての二人での催しに、ウィラと一緒に踊る為にダンスを習ったんだ。お互いに望んでいないと言うが、俺はウィラとしか望んでいない。ウィラが言ったように、誘いたい相手に申し込んでいる。……これだけ言えば分かるか?」


「……えっ……え……っと」


「俺は、ウィラの感情がある程度は分かる。俺の能力で、ウィラだって分かるだろう? それならば、今の俺の感情も分かるはずだ。逸らさず、よく見てくれ」



 よく見てと言われても、勝手に流れ込んでくるルーフェルムの嬉しいという感情に、どうしていいのか分からない。


 ……な、なんてこと! こんな展開を予想出来ただろうか……いや無理でしょ。というか、私の思考回路がパンク寸前だし。だって、だって! なにこれー? もしかして、楽しみだったの? ルーフェルムはダンスを踊りたかったのー?

 もしや、それで? 私と自分の衣装を合わせて選んできたってこと? ……ということは……まさか、ルーフェルムが私とダンスを踊りたかったってこと? んー、違うな。一緒にダンスを踊れるのが私だけだと思っていたのかな? 

 そうか! ルーフェルムは、ダンスを踊りたかった。だけど、婚約者がいないと踊れない。そう思い込んでいるんだわ。たぶん、これだわ!


 嬉しい気持ちが流れてくるのは、十分理解した。


「分かってくれたみたいだな」

「――ダンスを踊りたかったのね。だから、こんなにたくさんの贈り物を……」

「はっ? 何でそうなる」

「えっ? 違うの?」

「ウィラとだからだ。ウィラと一緒だから」

「……私と一緒……だから……。えっ、え?」


 ゆっくり見上げれば、真っ赤に頬を染めたルーフェルムの潤った瞳と視線が重なる。

 そして、新たに流れてきた甘い感情に私は混乱した。


 ……今度は何なのよっ。感情は分かるっちゃ分かるけど、思っていることは全く分からないのよ? 謎解きとかそんなの無理なんですけど? ……想像の範囲を越えすぎよ! こんなの分かるわけないじゃん!

 ……私は、どうしたらいい? 帰れる雰囲気じゃなくなってるし。

 ルーフェルムの思いまでは分からないけど、とりあえず、彼とダンスを踊るしかなさそうだし。はぁー、なんかグジャグジャして訳分かんない! 自分の気持ちも分からなくなってきたわ。 



「焦らなくていい。大丈夫だ。俺は理解しているから」

「焦らなくていいって、何を? 何が大丈夫なの? 何を理解しているの?」

「ウィラのことだ」


 ……ちょっと、ちょっとー! 何のことよー! 本人だって何にも分かっていないのに、教えなさいよ……凡人にも分かるように噛み砕いた説明を求めます!


 いつの間にか、ほとんどの学生達が屋外のダンス会場へと移動していなくなっているのに、こんな場所でルーフェルムから流れ込んできた気持ちに振り回されるとは――。





 ルーフェルムの言葉にぐるぐると思考を巡らせていると、我に返ったときにはダンス会場に連れ出されていた。


 夜空を見上げれば、輝く星の多さに驚く。

 今夜は1年で最も星が輝く日だ。その為、いつもは目に見えない星たちも肉眼でハッキリ見えるのだと幼い頃に両親から教えられたのを覚えている。


 確か星夜祭は……いつも人々を見守ってくれている無数の瞳に『感謝を告げる日』だったわよね。その瞳は神々の目と言われていて、夜中に悪い事をしても神様が見ているし、良い行いも見てくれていると聞かされたっけ。だから夜は怖くないって……そう思いながら一人でベッドで眠れるようになったのだ。……懐かしいわ。


「……暗闇の中にある光で救われたんだ」


 隣で夜空を見上げているルーフェルムが、そんな事を口にした。聞き間違いでなければ、『光に救われた』と、銀色の瞳を輝かせて柔らかく……笑った。


 ルーフェルムのその珍しい表情に目が釘付けになっていると、信じられない言葉が耳に届いてくる。


「私の生まれた国では、流れ星が消えるまでに3回願い事を唱えられれば叶うのよ!」


 その言葉に、私は瞬時に声のする方を見る。まさか、ここでそんな言葉を耳にするとは思いもしなかった。


 そんな事を言う人物が、この世界で私の他にいるだなんて……。どうして、知っているの? この大陸の星に関する記述にはなかった言葉なのに。


 私の視線の先では、数人の令息の中で緩やかな風に揺れるピンクゴールドの髪にエメラルド色の瞳の可愛らしい令嬢が夜空を見上げていた。





 以前、私は夜空に光る星の大きさに感動し、この大陸の風習について書き込まれている書物を漁った時期がある。しかし、星に関して書かれていた内容は全て前世での風習と違う捉え方をしていたのだ。


 前世では、神が天界と下界を結ぶ一瞬に流れ星が落ちてくるとか、霊魂がさまよっている姿であるという考えが由来となり、願い事を3回唱えられれば願いが叶うと言われていたが。一方、この大陸全土の書物で記述されていたのは、星は神々の瞳であり流れ星は神々が流した涙だということだ。神々が人々を憂い流す涙とされていることから、神は人を見放さずいつまでも見守って下さっていると伝えられている。そこから、星が最も大きく見える日が神々が人に近づく日であり、感謝を告げる日という今がある。


 そこから導き出されるのは、自ずと決まっている。『私が生まれた国では……』と彼女は言っていた。それならば、彼女も私と同じ転生者だということだろう――。


 ……なんてこと! 自分の出した答えだというのに、私にとっては予想外すぎる。この、まさかの事態に慌てふためくことも忘れ驚愕するばかりだ。


(まさかのまさかだわ―――)


 今日は、なんて日なの。星夜祭に来たばかりだというのに……色々な事が一気にありすぎて、頭の中がパンクしそう。


 今日までこの世界で試行錯誤しながら生きてきて……それなのに、全てが覆されたって……そんな気分だわ。


 でも、そう言われてみれば、納得できる事が多い。

 ……だからだったのか。小説と似てる内容だけど違う内容の出来事が多かったのは。成り上がり令嬢も、小説とは違う未来を目指してきたのかも知れないし、逆に小説の結末を急ぐように行動してきたのかも知れない。


 私なんか全く違う人生を作って行こうと、内容から逸脱した事ばかりしてきたんだもん。もしかしたら、彼女だって――。


 成り上がり令嬢を見ながら今までの私を振り返っていると、ルーフェルムが私の腰を手繰り寄せた。


「考え事は後にしろ。先ずはダンスだ」

「えっ? あっ? ちょっと……」


 手を引かれ、ダンスを踊る集団の中へと連れ出されると、皆が私たちの為に開けてくれた場所で繋がれた手を離さずお辞儀をし合う。手を引き戻された私は、一度ルーフェルムの胸に包まれると、「ウィラ。綺麗だ」頭上から落ちてきた言葉に彼をゆっくり見上げた。


 目の前に彼の喉仏が見え、次に口角の上がった口、スッとした鼻筋を辿ると細められた銀色の瞳が私をじっと見つめている。


 バクバクと煩い心臓は今にも爆発寸前で、これ以上ルーフェルムの顔を至近距離で見ていたら……死ぬ。

 直ぐに顎を引き彼の視線から逃げると、周囲がざわざわと騒ぎ出した。

 周りから上げられる黄色い声に首を傾げ、ルーフェルムの顔をまた見上げれば、真っ赤になっている彼の顔にまた首を捻る。


「どうしたの?」

「あっ、曲が始まるぞ」


 そう答えた彼の美しい顔が、なぜか恥ずかしがり屋のわんコのように可愛らしい表情に変わる。


 話を逸らされたように思ったが、次にルーフェルムから勝手に流れてきた感覚に私は眉をひそめた。

 こ、この感覚は……ルーフェルム! 皆の前で何かしたのね?

 問いただそうとすれば、ダンスの曲が流れ出し。ステップを踏みだせば、彼の緊張が伝わってくる。それに合わせるかのかのように、私も緊張し彼の足を踏まない事を祈り、今はダンスに集中した。


 ルーフェルムとのダンスはとても楽しく、ダンス中は何度も笑顔を見せてくれた。

 彼と目が合う度に心臓が止まりそうになったけど。美形の破顔も死期を早めるのだと勉強になった。




 ダンスを3曲も踊らされると、会場に設置された簡易テントの下で休憩する。

 ライトアップされた屋外会場の中で、着飾ったペアがダンスを踊る度に衣装やアクセサリーが揺れキラキラと輝きを放つ。


 皆楽しそうに笑顔で踊る姿にほっこりしていると、その中に一際目立っているピンクゴールドの髪色をした成り上がり令嬢の姿を発見した。


 じっと彼女を観察しているところに、 ドリンクを取りに行ったルーフェルムが戻ってくる。


「ウィラは、あの女を知っているのか?」


 彼は、そう尋ねながら私の隣に腰を下ろす。


「あの女とは、どの方を指しているのでしょう?」


 ルーフェルムからドリンクを受け取り首を傾げる。


「ピンク髪の女だ。ウィラを紹介しろと言われた事がある」


(……なぜ?)


 しかし、私を紹介して欲しいとは……どんな意図があってのことだろう。


「なんて返事をしたの?」

「していないし、する必要がない」

「えっ?」

「たまに声をかけてくるが、話したこともない」


(……全く……小説の内容と違う?)


「あの女を気にしているようだが、あれには近づくな。オーラがドス黒い」


(……私が成り上がり令嬢を気になっていることまで彼には分かってしまうのか)


「あの女とは関わるなと俺の勘がそう警告している」

「……勘って? ……分かったわ」


 勘……とは? 具体的な答えはないのだろう。でも、竜人の勘なら当たりそうだし。

 それにしても、ルーフェルムの言葉を聞いて彼女との関係に進展がないことに驚いた。……が、逆に彼のことも分からなくなった。


 小説の中でのルーフェルムは、彼女を慕っていたはずなのに? でも、慕っているにしては彼の行動は行き過ぎていたような。


 そして今、竜人である彼が彼女の『オーラがドス黒い』と言ったのだ。小説の中でもルーフェルムはそれを分かっていて、彼女の言いなりになっていたのだろうか……でも、違っていたら? 言いなりになるしかなかったのだったら?


 いくら考えたところでだ。今まで考え抜いていたことが、今日という日に全て無駄だったと思い知らされたばかりだ。


 それなら今は、分からないことまで考えなくても……いいかと思う。だって、今日の私は色々とあり過ぎたから。

 




 星夜祭の会場を後にした私達は、馬車が来るまで夜空を見上げ星を観察する。


「ねぇ、さっきルーフェルムが言っていた『暗闇の中にある光で救われた』って言葉だけど、戦場での夜のこと?」

「戦場ではない」

「どんな光だったの?」

「目の前にある眩し過ぎる温かな光だ」

「ふーん。あっ、あれかもしれないわね」

「あれか?」


 一番大きな赤みを帯びた星を指差すと、彼はその星を見て銀色の瞳を輝かせた。


 ダンス会場から出る際に繋がれた手は、今もまだ繋がれたままだ。手から伝わってくるルーフェルムの温かな感情はとても心地良い。

 今はまだ手を離したくないと想う自分の気持ちが、繋がれた手から彼に伝わらないようにと見上げた先の星々に祈った。



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