44 星夜祭 4
……あの、珍しいピンクゴールドの髪色……きっと、あの令嬢が成り上がり令嬢だわ。
彼女が振り返りエメラルド色の瞳と私の視線が重なる。やはり、瞳の色からして成り上がり令嬢に間違いない。
そう思うと同時に、彼女の視線に捕らえられたかのように私の全身が静止し固まった。
その後で、どうにか彼女から視線を反らすことはできたが体がぶるぶると震え出す。
頭から体に指令が出ていないのに勝手に小刻みに動いているような変な感覚がする。
この違和感はなにかしら?……震えているのは私であって私じゃないような。転生した私はなんともなくても、ウィステリアの体が彼女の視線に対して過敏に反応し、恐怖や不安を感じて震えているように思われる。
小説の主人公である彼女と出会うことで、何らかの反応があるのではないかと予め予想はしていたことだ。けど、こんな風になるとは思わなかった。
……小説の内容では、成り上がり令嬢の手によって直接殺されたわけでもないし、その場所にも彼女の姿はなかったはずだ。
それなのに? ……血の気が引いて震えている。これって、どういうこと?
ならば、この震えは……小説には書かれていない何かがあったからか。それとも、私が読んでいなかった最終章にでも書かれていたのか。何かしらないと、こんな風にはならないと思うのだけど。
考えたところで、答えはでそうにない。
どっちみち私がレイバラム王子殿下の婚約者ではないことで、今の成り上がり令嬢はどんな人生を歩んでいるのかも分からない。
だけど、彼女は物語の中でウィステリアを殺すようにと依頼した人物なのは確かだし。
私はこの先、また彼女に殺されることになるのだろうか――。
「ウィラ、どうした?」
(ヒィッ!)
ルーフェルムの腕に絡められた手から震えが伝わったのだろう。私の手に彼の空いている方の手が重ねられた。
突然のことで驚くと、ルーフェルムが重ねてきた手に目が引きつけられる。重なる手をじっと見れば、また胸の中にグルグルと嫌な感じの渦が巻き始めてきた。
こんな時でも……彼女の前で良い人振りたいの?
そんなことを思うと、彼女が私を殺したとしても何とも思わないくせにとため息が出る。
彼の愛する人は彼女であり、愛する人の行ないは彼の中では自ずと許される行為なのだろうから。といっても、人の生死を何とも思わぬルーフェルムのことだから私が殺されたところで、『そうか、死んだのか』くらいにしか思わない程度のことだろうが。
小説とは違い、今までの彼を知っている私としては……ちょっと辛い。
……はぁ―。こんなんじゃ駄目だわ。なんだかなー。今日の私は、なんか違う。
ルーフェルムのちょっとした行動のひとつひとつがやけに気になる。……あー、モヤモヤする――!
「ウィラ。あちらに移動しよう」
「えっ?」
物思いに耽っている私を引いて、ルーフェルムは彼女のいる方へは進まず、反対側へと誘導する。
えっと……、あちらって何処へ? どうして成り上がり令嬢から離れていくわけ? 私をどこに連れてく気?
こっちじゃないでしょー! ルーフェルムも成り上がり令嬢を見たわよね? それなのに、彼女の視界に入るくらいの場所にいなきゃ駄目なんじゃないの? なのに……なんでこんなにグイグイ引っ張って行くのよ!
……ちょっと、ちょっとー! 引っ張る前に理由を教えてくれないかなー。ルーフェルムの考えている作戦が全く想像出来ないんですけど! だからといって、参戦するつもりも勿論ないけど。凡人にも分かるように詳しく説明して下さーい!
どういう訳か、私たちの進む先にスルスルと道が出来ていく。人でごった返していたはずなのに。皆我先にと前へ後ろへズレて道を作ってくれるのだ。
……あー、そうだった。ルーフェルムは学院でも怖がられている人物だったわ。わざわざ殺気を放たなくても、こうなるのね。
あっと言う間に会場の隅まで連れて来られると、ルーフェルムは彼の背に私を隠すかのような素振りをする。
……何、何? 何かあったの? そう思い彼の脇腹からこっそり頭を出す。キョロキョロと見回して見るが、私の見える範囲では何事もないみたいだ。ふぅー、大丈夫そうだけど?
彼を見上げれば、私を見下ろしていたルーフェルムの銀色の瞳とガッチリ目が合う。
おや? 気がついていらっしゃったのね……。だからといって、何も悪い事をしていた訳でもないし、気不味くなんかないわ。
「さっきから、なんなんです? 言いたいことがあるのならば、おっしゃって下さい」
「……あ……あぁ」
なんだ、なんだ? その生返事は!
「目的は達成されたのですね? 良かったですわ。そろそろ、帰ってもよろしいでしょうか」
「まだ、駄目だ。……しかし、目的を達成したとは、何のことだ?」
あら? 余計な事まで言ってしまったわ。
成り上がり令嬢がルーフェルムと一緒にいる私を認識したのだから、作戦1くらいはクリアしたはずでしょ? 作戦がいくつあるのか分からないが、残りは一人で何とかクリアしなさいよね。
「ウィラ? 聞いているのか?」
聞いてるっつーの。人の気も知らずに、これ以上振り回すのは勘弁して欲しい。
……もういいか。だって、ルーフェルムも王立学院へ通っているのだし、私の下から去って行く彼のために行動したところでだ。今後の彼の言動を考えると、そろそろはっきりした方がお互いの為になると思う。
彼は愛する彼女と……だろうが。私は死のない人生を歩んで行きたいのだ。
そう考えをまとめたところで、ルーフェルムをキッと見据える。
「ウィラ?」
……自分から……この歪な関係の終わりを告げるだなんて選択をするとは思わなかったな。もう少し、ルーフェルムの戦闘ストレスを取り除いてあげたかったけど。もう私の心が無理だと告げているようで……。
「私たちの婚約がこのまま続き予定通り結婚することになっても、貴方の愛する人との邪魔をするつもりはないです。ですが、今日のように私をダシに使うのはどうかと思われますわ」
「ダシに使う?」
「そうです。今日は、貴方の恋愛事情に加担するような形にして差し上げましたが、今後は一切私を巻き込むのをやめて下さい。貴方が誰を好きになろうと、私も一切関わらないようにいたしますので……」
「巻き込むとか、関わらないとか……何を言っているのか分からないが。ウィラは、何か誤解しているようだな」
「私が言いたかったことは以上ですわ。それでは、当て馬は先に失礼いたします」
軽く頭を下げてその場から去ろうとすれば、またしても腕を掴まれる。
はぁー、今日は何度も腕を掴まれるわね。もう、いいでしょうに……今日の私は、他の女のために頑張ってるルーフェルムを応援する気にはなれないの。……もう無理なの。早く手を離してよ。そんな気分じゃないんだってばー。
「手を……離して下さい」
「逃げるな」
「ふふっ。私は敵ってことかしら? 逃げるのではなく、帰るだけなのですが」
「ダンスを踊ってない」
「ダンス? ……それならば、誘いたい相手に申し込めばいいでしょう?」
「ファーストダンスは、婚約者とだろう?」
「この場に婚約者がいなければ、そんなことは関係ありませんし。……ましてやお互いに望んでいないのですから、そんな事を気にしなくても大丈夫ですわ。では、手を離して下さい」
いつもなら、彼が手を離すまで待つのだが、今は待つ余裕もなかったのだと手を振り払う行動をした自分に内心驚く。
腕を大きく力いっぱい振り払ったのだ。それでも、……私の腕は彼に掴まれたままである。
「気にするなだと?」
ギロリと睨まれ低い声が私を静止させる。
ビクッと肩が跳ね一瞬で血の気が引く。
怖くて顔を上げられない私は、体が強張り彼の履いている靴から目が離せなくなると、その場から動くこともできなくなった。




